第7話 『明日』④
「うぅーん……」
「おーいユーノぉ、起きろぉ〜」
「ひゃいん!」
二人用の少し狭いテントの中で、苦しそうに唸り声を上げながら、何かにひどくうなされている様子のユーノの白い首筋に、ルームメイトであるヘザーは悪戯な表情でそう言いながら冷たい手をピタリと当てると、それと同時にユーノは奇声を発しながら飛び起きる。
その間抜け声にヘザーは笑うと、それからしばらくしてテントから外へと出て行き、その足音は段々と遠ざかって行く。
「うぅん…もう朝か」
「昨日のことがよく思い出せないや」
ぼんやりとしながら、寝癖の付いた自身の肩くらいまで伸びているそのサラサラの黒髪を手で梳かすと、ユーノははっきりとしない昨晩の出来事を順番に振り返っていく。
(確か僕は、移動中に気を失って…師匠にここまで運んで貰って、アンナに怒られて…)
(ダメだ、それからの事がよく思い出せない)
アンナに怒られてからの出来事を必死に思い出そうとすると、それと同時に何故かブルブルと身体が勝手に震えだし、さらに徐々に速まって行く心臓の鼓動に、ユーノはなんとなく危険な物を感じると、ひとまず考えることをやめて、ゆっくりと立ち上がる。
いつもより渇いている喉を潤すのと、謎の液体がシミになってしまっている服をひとまず洗おうと、ユーノはふらふらとテントから外へ出て行き、やがて川へと向かって歩みを進め始めた。
それからしばらくとぼとぼと山道を歩き続けて、やがてさらさらと綺麗な水が流れている川へと辿り着くと、すぐさま水に顔をつけ、程よく冷えている水で喉を潤してから、ぷは、と少し息継ぎをして、次はバシャバシャと顔と髪を洗い始める。
ふぅ、とため息を吐きながら岩へと座り、鳥の囀りと、新鮮な空気に囲まれながら気持ちよさそうに伸びをすると、ユーノはそうだ、と何かを思い出したような表情で、すぐさまローブを脱ぐと、川で汚れを落とし始めた。
それからしばらくして、あらかた汚れが落ちたのを確かめると、ユーノはこれで良し、と言うような満足げな顔で、その場を後にするのだった。
来た道を辿りながら、ようやくテントへ到着すると同時に、ユーノはすぐさま自身のテントへと足を運んで、入口前に置かれた小さな木のテーブルにびしょびしょに濡れたローブを置くと、すぐ横に積まれた松明を持ち出し、少し遠くで燃えている焚き火へと近づいて、右手に持っていた松明に火をつける。
メラメラと燃え盛る火に気をつけながら、びっちょりと濡れたローブの元へと戻ると、ユーノは松明を翳しながら左手で魔法陣を展開し、詠唱をしながら構築を始める。
「えっと、求めるは…精霊の息吹…」
「突風」
魔力を限界まで抑えながら術の発動をさせると、展開された魔法陣からそよ風が吹き始める。
ユーノはそれを確かめてから、右手に持っている松明で魔法陣を温めると、それと同時に風は段々と温風になっていき、濡れた服を素早く乾かし始める。
手を風に当てて、確かに暖かくなったのを確かめると、ユーノは水の入った桶に松明を入れ、しっかりと火を消してから、机へと腰掛けて、服のついでだと言わんばかりに、濡れた髪を手で触りながら乾かし始める。
すると、しばらくして、誰かの足音が段々とこちらへ近づいてきている事に気がつく。
音のする方向へとユーノは振り向くと、そこにいたのは、マグカップを二つ手に持ったアンナだった。
「はい、これ…良かったらどうぞ」
アンナが温かいスープの入ったカップを一つ差し出しながらそう言うと、ユーノはそれを受け取ってから軽く会釈をして、にっこりと微笑む。
「ありがとう、アンナはやっぱり優しいね」
「知ってる」
当然だ、と言わんばかりに満足げな顔で微笑みながら、それと同時にアンナはユーノの横へとちょこんと座り、恐る恐るユーノへと話しかける。
「昨日…ちょっとキツく当たっちゃって…ごめんね」
「別に、ユーノの事が嫌い…とかじゃなくて! ただ、あのアホ共に揶揄われてちょっとムカついたと言うか……嫌な気持ちにさせちゃった…よね」
「言い訳ばっかでごめんね、その事だけ…謝りたかったの」
短く綺麗に整えられたその赤い髪を指先でくるくると丸めるようにしながら、照れ臭そうな顔でアンナはそう言うと、やがて恥ずかしそうに俯いて、少しジタバタとしてから、両手で顔を隠し始める。
ユーノはその言葉に微笑んでから、白い肌を真っ赤にしている彼女を見つめて、
「やっぱり、アンナは優しいね」
とだけ言うと、スープに口を付けるのだった。
「あっつぅぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!???」
「ユーノ!?」
◆
「おーいユーノ、アンナ! そろそろ出発だぞ! 荷造りしとけよ!」
「はい! …ほら、行こうユーノ」
「ふん、ひょっほまっへへね…ハンア…」
腫れ上がった唇を氷魔法で冷やしながら、必死に言葉を喋っているユーノに、アンナは心配そうな表情で、「大丈夫?」と声をかけると、ユーノは精一杯の笑顔で、「ひたふも、はゆふもなひよ!」と強がる。
その言葉にアンナはくすくすと微笑むと、「また後でね」とだけ言ってから、自身のテントへと戻っていく。
ユーノはその光景を見届けてから、やがてのろのろと荷造りを始めていき、それが終わると同時に、腫れは少し引いて、痛みも大分和らいでいた。
不幸だ、と言わんばかりにユーノは溜め息を吐くと、後ろから誰かに肩を叩かれる。
それに振り向くと同時に、肩に置かれた手からピンと立てられた人差し指で頬をぷにっと突かれ、ユーノは少し困惑していると、いたずらな顔で、少しにやにやしているヘザーへと声をかける。
「ヘザー、どうしたの?」
「ユーノよぉ…俺、見ちまったんだよ」
「見たって…何を?」
「聞いて驚くなよ……」
そのまま耳打ちをしようと、周りをチラチラ警戒しながら左手を口に添えているヘザーへとユーノは左耳を差し出すと、ヘザーの口から発せられたのは言葉ではなく、ふぅ、と勢いよく吹き出された吐息だった。
「ひゃあああぁん!」
「ひゃっはっはっはっは!!」
「もぉぉ〜!」
「悪りぃ悪りぃ、ほら、手貸すぜ」
1mほど飛び跳ねてから、そのまま尻餅をついたユーノへとヘザーは手を差し伸べ、そのまま引っ張って立ち上がらせると、ユーノの服についた雑草やらを払い始める。
すると、ヘザーはいきなり真剣な表情で、ユーノへと話し始めた。
「ユーノ…次の戦場は…分かってんな」
「うん…フィンネル王国、だよね」
「そうだ」
「まず間違いなく、俺たちは多勢に無勢になる」
「はっきり言って…お前とかは特に、体力には自信があります! ってタチじゃねぇ」
「なるべくさ、俺はこの戦争でお前に死んで欲しくねぇんだよ」
「もちろんお前だけじゃねぇ、他のみんなにもだ」
「えと……つまり…心配、してくれてるの?」
「ま、そゆこと!」
「なぁユーノよぉ…今なら間に合うぜ? お前は実力はあるけど…はっきり言って戦いとか、向いてねぇよ」
「間に合うって?」
「今なら…ここから逃げ出せるってことだ」
「俺は…今から敵地に行って、降伏しようと思ってる」
「え!?」
イタズラな性格には似合わない、いつになく真剣な顔で、そう言いながらがっしりとユーノの両肩に手を置くと、ヘザーはどこか悲しげな顔で続けた。
「俺は元々孤児でな…アンナとカインとは同じ場所で育ったんだけどさ」
「うん、知ってるよ…」
「俺たちの故郷は、ヴァナ王国の隣にある、小さな集落でさ……フローラの里って所なんだけど、そこで三人仲良く暮らしてたわけ」
「フローラの…里」
「そ、フローラの里。変な名前だろ? 俺もそう思う」
「いや、いい名前だと思う」
「そうか…嬉しいねぇ」
「ま…話の続きだ。ところがある日、村に一通の手紙が届いたんだよ」
「それは…フィンネル王国に捕らえられてた俺たち三人を、命からがら助け出してくれた…ルシカって名前の、里一番の騎士が帰ってきたって言う知らせだった」
「憧れの人だったんだね」
「あぁ…」
「本当に、優しくて…暖かい人でさ」
そう言いながらにこにこと笑うユーノの頭をポンポンと撫でると、ヘザーは暗い表情で俯き、やがて顔を上げて、少し怒り混じりの表情で、語気を少し強めながら続けて語り始める。
「久々に会ったらまずは何しよう! って思ってさ…ヴァナ王国まで、フローラって言う親代わりの人と、アンナとカインの四人で会いにいったんだよ」
「でもさ……そこにいたのは、かろうじて人の形を保っていた肉塊だったんだ」
「フィンネルのクズ野郎どもに捕まって、ひどい拷問をされたのか…久々に会ったルシカは左腕以外の手足を切断されててさ。目も抉られてて、ほとんど息もしてなかったんだ」
「そんな……!!」
「そんでさ、ルシカが死ぬ間際に、なんかぶつぶつ呟いてたんだよ」
「よーく耳を澄ますとさ…か細い声で、助けてください、助けて、許してください、ごめんなさい、ってずっと言ってるんだ」
「ルシカ! 俺たちだよ! って叫んでもさ…もう耳は聞こえてないみたいで」
「俺たちがそこにいる事にも気付かないまま、1日も経たずに一人苦しんで死んでいった」
「そんな…!! そんなのって…!」
目に涙を浮かべながら、自分の事のように悲しむユーノの頭をポンポンと叩くと、ヘザーはさらに口調を強めて、涙ながらに続ける。
「ルシカが…一体何をしたってんだろうな?」
「理不尽に未来を奪われて、奪った奴らはほくそ笑んでやがるんだぜ?」
「ルシカには、未来を約束した相手だっていたんだ」
「だけど結局…婚約者だったルネって人は……耐えきれずに首を吊って死んだ」
「戦争ってのは、結局悲しみしか生み出さねぇ」
「負けた奴の未来は…悲劇しか待ってねぇ」
「お前らには、そうなって欲しくねぇんだよ」
「俺たち400人だけで、王国直属の兵隊なんざ相手どれる訳がねぇ!」
「だから…俺は今から一人でフィンネルに降伏して、人質になる代わりにお前らを撤退させるよう頼み込むつもりだ」
「そんなの…できるわけがないよ」
「いや…俺には、敵がそうするだけの価値がある」
「俺は…この身体に封印石の欠片を埋め込まれた、封印柱だからな」
「この命と引き換えになら、お前らを無事に送り返すことができると思ってる」
「それに…俺は同期のお前やカイン、そしてアンナや、隊の仲間が捕まって、ルシカみたいにされるのを想像しただけで怖いんだ」
「死ぬのは、俺だけでいい」
「それに…俺一人の命で、この戦いが終わるって言う確信は…ねぇんだ」
「だから…お前だけでも…先に逃げてくれ」
「カイン! ……お前もな」
涙を流しながら精一杯の笑みを浮かべて、ユーノへとそう頼み込んでから、ヘザーは後ろに向かってそう言うと、カインは気づかれてたか、と言わんばかりの顔で、テントの死角から顔を見せると、それと同時にヘザーに向かって走り出し、強烈な右ストレートを頬に喰らわせる。
テントを巻き込みながら軽く吹っ飛んだ後に、突然の出来事に戸惑っているのか、ヘザーは頬を抑えながらしばらく唖然としていると、カインは胸ぐらを掴みながら、ヘザーを無理やり立たせる。
「ヘザー…てめぇ」
「ってぇ…いきなり何すんだよ!!」
「ふざけんじゃねぇぞ!!!!!」
「……!!」
「みんなに死んでほしくないから? 自分一人の命でけじめをつけるだぁ?」
「甘え事言ってんじゃねぇぞ!!」
「お前はただ逃げてるだけだ!」
「これ以上目の前で大切な何かを失うのが怖いから、ビビって諦めようとしてるだけだろうが!!」
カインはそう怒鳴りつけると、ヘザーは胸ぐらを掴んでいるその手を振り払ってから、お返しだと言わんばかりにカインの頬を殴りつけた。
「当たり前だろ!!!!」
「俺はな!! お前も、ユーノも、アンナも、みんなも…大好きなんだよ!! かけがえのない大切な仲間なんだよ!!」
「そいつらの命を俺一人の命で救えるなら、俺は死ぬのだって怖かねぇ!!」
「喧嘩はやめなよ、二人とも!」
揉み合いに発展していく喧嘩を、ユーノはあたふたとしながら止めに入るも、二人はさらにヒートアップしていく。
やがてユーノは地べたに座り込んで、どうしようもない状況に一人泣いていると、騒ぎを聞きつけた仲間たちがその場に駆けつけ、殴り合いをしている二人を静止する。
それからしばらくしてアルシエラがその場に駆けつけると、騒ぎを起こした張本人たちであるユーノ、ヘザー、カインは名指しで呼び出され、魔法で腕を拘束されながら団長のテントへと招き入れられると、一人一人問い詰められる。
「さて…まず何が起こったのか、納得いくように私に説明してもらおうじゃないか」
「まずはカイン、君からだ」
普段の、温厚で優しげなその雰囲気が少しピリついているのを三人は感じると、その威圧感にそれぞれが額に冷や汗を流す。
そしてしばらくの沈黙が流れた後に、口を開こうとしたカインを遮るように、ユーノは話し始めた。
「師匠、すみません! 全部僕が悪いんです!」
「ほう…それはなんでだ?」
「それは…僕が…頼りない…から…」
「いい加減泣くのを止めろ、殺すぞ」
「ごめんなさい……!」
「もういい、お前では話にならん…」
「ヘザー、君が説明してくれ」
「…はい」
ヘザーは俯きながら深呼吸をすると、一から説明を始めた。
この身体に埋め込まれた封印石と引き換えに、敵と取引をしようとしていた事。
みんなを死なせまいと、一人犠牲になろうとしていた事。
全てを洗いざらい話したヘザーが、「それだけです」と言うと、アルシエラは呆れた表情で、おでこに手を当てながらため息を吐き、一人一人の頭を撫で始める。
「愛すべき馬鹿たちだな、お前らは」
「私たちがいる限り、若い見習い騎士のお前たちを死なせたりするわけないだろ……」
「特にヘザー、貴重な封印柱である君は、こちらとしても失う訳にはいかない」
「安心しろ。次の戦、我々が必ず勝つ。…何より、戦うのは我々、流葬の騎士団だけじゃない」
「え? じゃあ…」
「もしかして、増援が?」
「ああ。『太陽』のバーン、『月影』のルーン、
『万魔』のカルラの三人が率いる、星の騎士団本隊が、もうすぐ私たち別働隊と合流する手筈になっている」
「そんな…神星騎士が…さらに三人も?」
「それだけ、本気って事ですか……?」
カインとヘザーのその問いに、アルシエラは軽く頷くと、制服の右袖を肘まで捲り、細いながらも、しっかりと筋肉のついた右腕に刻まれた、眩いばかりに光っている、その五芒星の紋様を見せると、静かに語り始めた。
「この印は…星印って言ってな」
「神星騎士として選ばれた者にだけ現れる、証みたいなものだ」
「それが、どうかしたんですか?」
「ああ。基本的にこの印には、不吉な未来を予測する力があるんだ」
「この輝きが増せば増すほど、不吉な未来はより最悪なものとなる」
「私たち神星騎士がヴァナ王国に身を置きながら、世界の均衡を保っていられるのも、その予知の力による所が大きい…」
「つまり……それが輝いてるって事は、この戦いで何かが起こるかもしれないっていう事ですか?」
「ああ、そういうことになる」
「じゃあやっぱり、誰かが死ぬって事じゃないですか!!」
その説明を遮るように、ヘザーは机を叩きながらそう怒鳴ると、アルシエラは「話は最後まで聞け」とだけ行って、気にせず話を続ける。
「肝心なのはここからだ」
「星印の面白いところはもう一つあってな…」
「これが輝いている間、私たちシリウスはさらに上位の魔力を扱うことができるようになるんだ」
「さらに…上位の?」
「そうだ。その名も、神魔法」
「その威力は、大陸の3割を滅ぼすことも可能とされているほど大きなものだ」
「それじゃあ、今からそれを発動すれば…!」
「そうはいかん。発動するためには、少なくとも神星騎士があと三人ほど必要だし、何より発動をしてしまうと、俺たちはしばらく魔法が使えなくなるからな」
「一かばちか…ってとこですね」
「いや、そうでもないさ。この作戦は必ず成功する」
「なんで、なんでそんな事が確証も無しに言い切れるんですか!?」
「予言だよ。『月英』のルーンは、7日後までに起こる未来を、全て予知する事ができるんだ」
「だからこうしてここで会話をしている事さえ、奴の計画には既に全て織り込み済ってわけだ」
「未来が簡単に変えられるんだとしたら、そんなの確実とは言えないじゃないですか」
「まぁな…だが、君が一人で人質になるよりはまだ成功率の高い作戦だと私は思っている」
「…!」
「私たち神星騎士は、魔法が使えずとも、一人で国くらいは滅ぼせる程の力を持っている」
「それが私合わせて四人、しかも7万人ほどの本隊付きだ」
「相手は、どれだけ多く見積もっても13万人ほどの兵隊を用意するのが関の山だろう」
「これでも未来は変わらないと思うか?」
淡々と正論だけを繰り出していくアルシエラに対して、目の前の三人は何も言い返せなくなり俯くと、ヘザーはやがてその場に尻餅をついて、やれやれと言ったような清々しい顔で、テントの屋根を見上げてから、話し始める。
「団長…俺が間違ってたみたいです」
「やっぱり、あなたに着いてきてよかった」
「お褒めに預かり光栄だ」
「と•こ•ろ•で…」
先程まで暗かった雰囲気が明るくなると同時に、アルシエラは何かを思い出したかのようにそう切り出すと、先ほどまで真剣な表情をしていた顔が、なにやら悪魔のような笑みに変貌しており、やがてテントの荷物カゴの中から何かの液体を取り出すと、薄いガラスの瓶同士をチン、と叩き合わせ始める。
何やら嫌な予感がしたカインとヘザーは、ユーノを盾にするように、瓶を持っているアルシエラの方へと突き飛ばしながら逃げようとするも、布であるはずのテントの入り口は何故か固く閉ざされており、逃げられない事を悟った二人は絶望の表情で振り返ると、既にユーノは床で泡を吹きながら痙攣を繰り返していた。
「仲間同士の喧嘩は、御法度だったよな?」
「それにやっぱり…何事もけじめってのは大事だと思うんだ。な、ヘザーくん、カインくん?」
「みんなにも迷惑かけた事だし、ここは私の新作、『君も神星騎士になれるさ』ポーションの実験台になるべきだとは思わないか?」
「はっ! 思いません!」
「右に同じです!」
ヘザーとカインは開き直った顔で、敬礼をしながら一か八かの賭けに出るも、アルシエラは既に人の言語を理解しようとしていないのか、問答無用といったような表情で、やがて二人の口から胃袋へと謎の液体が注ぎ込まれると、阿鼻叫喚の嵐が巻き起こる。
「くっせぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「ぐわはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「••••••」
「!? おい! ユーノ! 死ぬな! ユーノぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ヘザー、あとは…任せた……ぜ」
「カイン!? カインんんんんんん!!!!!」
「おやおや、君たち…倒れるにはまだ早いぞ」
「あと3本用意してあるんだから、ほら、起きた起きた」
紫色の液体の次は、灰色に濁った液体を取り出すと、意識を失っている二人を回復魔法で叩き起こしてから、またもや液体を流し込ませる。
「「「んぎゃあああああああああああああああああああああいあああああ!!!!!!!!!!」」」
その声が辺りに響き渡ると、団長たちを待っている外の仲間たちは、やはり涙を流しながら敬礼をするのだった。
◆
「バーン隊長! クレス山で、最近のものと思われる味方の魔力信号を感知致しました!」
「おぉそうか!! いや、アルシエラ殿と会うのも久々であるなぁ!!!」
筋骨隆々の立派な体躯で、オレンジ色に光るその綺麗に整えられた髪を風に揺らしながら、『太陽』を司る神星騎士、バーン=ライジングはその報告に嬉しそうに微笑むと、少し老けた喋り方とは裏腹に、まだ20代前半のようにも見えるその顔をくしゃりと歪めてガハハと笑いながら、その隣を歩いている男の肩を叩こうと手を振りかぶる。
男はそれを見もせずに、身を躱してサッと避けると、続けてやれやれと言ったような呆れ顔で、バーンへと話しかけた。
「おい馬鹿力、加減ってもんをしらねぇのかテメェは」
「なぬ!? 我はただ、喜びを共に分かち合おうとだな…」
「余計なお世話だっつーの」
「なんだと!?」
「はいはーい、そこ…喧嘩しなーい」
水色に輝く、少し長めの髪を掻きながら、バーンへと悪態を吐いている男、『月影』を司る神星騎士、ルーン=オートランドは、少しうんざりとした顔で心底めんどくさそうに溜息を吐くと、後ろからそれを止めに入った、赤色の髪を後ろに束ねている女…『万魔』を司る神星騎士、カルラ=ベルリットの方を向いて、やれやれと言ったジェスチャーをしてから、バーンを指差した後に、続けて自分の頭を指差すと、その指をくるくると回し始め、しばらくすると手を開いてから、それと同時に目と口を限界まで開く。
その一連の動きの意味を汲み取ったカルラはくすくすと微笑むと、静かに、と言うように、唇にチャックをするようなジェスチャーで応えると、ルーンは悪びれた顔でニヤリと微笑む。
それからしばらくして、部隊が山の麓あたりまで差し掛かったと同時に、頂上の方角から謎の悲鳴が響きわたる。
突然の出来事に、騎士たちが少しパニックを起こしていると、神星騎士である三人だけは、まさか…と言うような顔でお互い見つめ合っていた。
「…っせぇぇえ……ぎゃあ…….」
「はっはっ……」
「……ノぉ! おまえ…もう…本追…だ」
「…めぇぇぇ……ぇ」
その声に、原因は間違いなく『流葬』を司る神星騎士、アルシエラ=ルミナであると確信した三人は、何かを思い出したのか、少し気分が悪そうな顔をしてから、
「変わらねぇな…」
「変わらぬな…」
「変わらないわね…」
と、同時に呆れ返るのだった。
次回 第8話 『明日』⑤