第5話 『明日』②
『来なさい』
そう言うかのように、余裕の笑顔でこちらに手招きをする男をしっかりと見つめながら、フィストとアネモネは次の一手を考えていた。
(生半可な攻撃じゃ、恐らくアイツには傷ひとつ付けられねぇ……)
(かと言って、俺らに強力な合体技があるかって言われたら、それも無ぇ…)
(あのフィストがここまで手こずる相手……しかも私の蹴りを食らっても無傷…なら、こっちももう手加減する必要はなさそうね)
『アネモネ、あれ…いけるか?』
『アンタと同じ事考えてたのは癪に障るけど…ま、やるしかないか』
『後ろから援護は任せたわよ!』
『わかってらぁ! よっしゃあ行くぞぉぉぉぉぉぉ!!!』
その叫び声を合図に、アネモネは男へと向かって全力疾走をしながら魔法陣を展開し、即座に呪文の詠唱に取り掛かる。
『万物を照らす光の導き、今ここに交わりて、悪しき力を打ち滅ぼす剣とならん』
『超加速!!!』
その掛け声と共に魔法が発動し、そしてアネモネの身体は魔法陣から溢れ出した眩い光によって足元から頭へと向かって包まれてゆく。
やがて光が全身を包み込むと、その身体には次第に蜃気楼のようなもやがかかり始め、次の瞬間には横へと拡散するようにその光は分裂し、やがては6人の分身体が出来上がってゆく。
それを後ろから見ていたフィストは、近くの瓦礫の山から手頃な岩を左手で持ち上げると、バレーボールのサーブをするかのように、高く上空へとその岩を放り投げてからバックステップをして、まるで大砲を発射するかのように助走の勢いを付けながら、右ストレートで岩を殴りつける。
『攪乱弾!!!』
その雄叫びと共に発射された弾岩は、前方を走るアネモネの分身たちの頭の間をすり抜けたと同時に細かく砕けて、やがてその礫の一つ一つに回転の力が加わると、その加速はさらに勢いを増して、緩急と不規則な動きをとりながら、ヒュルヒュルと音を立てて男へと襲いかかる。
男は自身の前方まで迫り来る大量の礫を見ながら、おお、とわざとらしく驚いた顔をしてみせると、やはり余裕の笑みで即座に右手を前に翳しながら魔法の発動を行う。
『修復』
それと共に、砕け散った弾岩が男の翳した掌の前方へ、まるで磁石に引っ張られるかのように集まって行く。
そして、それは元の岩の形を完全に取り戻すにつれて段々とその勢いを落とし、やがては重力に引っ張られるかのように、へなへなと地面に落ちて行くのだった。
男は、それをすかさず右脚で高く上空へと蹴り上げてから、それに続くように自身も高く飛翔すると、遥か上空から岩に強烈なボレーシュートを叩き込み、お返しだと言わんばかりの顔で、フィストへと向かって砲撃をお見舞いする。
『僕からもお土産……だよっ!!!!!』
炸裂音と共に凄まじい速度で発射されたその弾岩は、風を切り裂きながら更に一直線に加速をし始め、やがて辺りの砂埃をその身に纏うと、1秒もかからずに、既に100mほど先のフィストの顔へと着弾しようとしていた。
『おいおい…嘘だろぉぉぉおお!?』
『あっぶねぇ!! ……何ぃ!?』
人並外れた反射神経を頼りに、紙一重のタイミングでその隕石を躱したかと思えた次の瞬間、岩はその場で砕け散りながらも、その破片が大量の弾岩となって、逆回転をしながら再加速を始めて、体勢の崩れているフィストの肉体へと目掛けて襲いかかり、やがてその体へと次々にめり込んでゆく。
『どうなって…!? しまっ…! ぐあああぁぁぁ!!!』
仰け反った体勢からは回避も間に合わず、全身に強烈なダメージを喰らったフィストは呼吸困難へと陥り、地上なのにも関わらず、まるで水中で溺れながら酸素を求めるかのように踠き、その場へと倒れ込む。
そしてその様子を落下しながら観察すると、男はこちらに向かって来ていたもう一人のターゲットを探すかの様に、その視線を下へと向ける。
だが、それと同時にその余裕の表情は若干の翳りを見せた。
なぜなら、先ほど技を受けた際に起きた衝撃派で、隠れる場所など全て消え去った筈の街から、6人いたはずの少女たちが全て消え去っていたからだ。
(どこに行ったのかな?)
(もしかして逃げ…いや……違う!! 上か!!!!)
男は慌てながら上空へと振り向くも、時すでに遅く、既に6人の少女たちは、その腰にぶら下げていた短剣を抜いて、落下しながらも攻撃の準備を整えていた。
『ナイス援護よ!! フィスト!』
『あんたの作ったこの隙は…絶対に無駄にはしない!!!!!!!』
フィストを気遣うようにそう叫ぶと、アネモネは空中を蹴りながら更にその動きに加速をつけて、6人の分身体での一斉攻撃を仕掛ける。
『流星群!!!!』
その掛け声と共に、とてつもない速さで加速した6人の分身体による斬撃が光の矢となった瞬間、それが男へと降り注ぐと、その身体は思い出したかのように、時間差を置いて徐々に切り裂けてゆく。
そのままの勢いで地面へと着地したアネモネの体に分身たちが集まると、それと同時に肩で息をしながらゆっくりと立ち上がり、少し遅れて落ちてきた男の意識が無いのを確かめると、その短剣を鞘へと収める。
『運が良ければ、死にはしないわ…』
『ぐっ…! はぁ…はぁ……でも、やっぱり…まだ完璧には…扱いきれないわね……』
魔術の反動により、全身へと襲い来る激しい痛みに震えながらも、アネモネは何とか歩みを進めて、不安な表情でフィストの元へと急ぐ。
『フィスト…無事でいて……』
『アンタは……こんなとこで…ぐっ!』
ズキリ、と更に激しい痛みが脚へと走り、ひざから崩れ落ちるように後ろへと倒れかけたアネモネの身体を、謎の腕が支えた。
意識が朦朧としながらも、アネモネは自身を支える腕の主へと視線を向けると、次第にその表情は恐怖へと歪んだ。
『アンタは…! なんで!?』
『もう立ち上がれない筈でしょ!?』
なぜなら、その腕の正体は、先ほど自身の技を食らい、とっくに意識など無かった筈の男だったからだ。
『いやほんと、完全に君たちを舐めてたよ…』
『やばい! ってちゃんと思ったのも久々だしね』
『凄くしんどそうだから手を貸したんだけど……ダメだったかな?』
男がそんな軽口を叩いていると、アネモネはもうほとんど動かない手足をジタバタさせながら、必死に抵抗を始める。
(なんであれを食らってもまだピンピンしてるの!? そんな事より、このままじゃ二人とも殺される!)
(私が時間を稼いで、なんとかフィストだけでも!)
『おっと、そう暴れないでよ! 僕は別に君たちをどうこうしようなんて思っちゃいないよ』
『ある人に頼まれて僕はここに来ただけなんだからさ』
その言葉を聞いてか、それとも完全に体が言うことを聞かなくなったのか、アネモネは抵抗を止めると、男に向かって問いかけ始める。
『ある人……? 誰なの、それ?』
『頼まれたって……何を?』
『おっと、そんなにいっぺんには答えられないよ?』
『まぁ、それはおいおい答えるとして…とりあえず今は、君と少年を治すのが先決だ』
男ははぐらかしながら既にアネモネの身体を治し始めており、続けざまに話し始めた。
『ところで…君のその魔法、誰から教わったんだい?』
『これ自体は誰かから教わった物じゃないわ…』
『ただ……お母さ、いえ、フローラが私たちに魔法の使い方を教えてくれた』
『そのフローラって人はどこに?』
『死んだわ……バケモノから幼い私たちを守るために戦って』
『………!』
男はその言葉に少し驚くと、少し悲しげな表情になり、
『そうか……すまない』
そう謝るのだった。
◆
『ん……』
朦朧としていた意識がはっきりと目覚めると、フィストは寝ている体をすぐさま起こして、辺りを見回しながら声を上げた。
『!? アネモネっ!!!』
『どこだ!? アネモネ!?』
(クソッ……殺られちまったのか!?)
(頼む!! 返事をしてくれ!!)
『ここにいるわよ……ばか』
背後から聞こえた、その聞き覚えのある声と、相変わらずの減らず口に安堵しながら、フィストはほっとため息を吐く。
それからしばらくして、ゆっくりと立ち上がってから後ろを振り向き、服の砂と埃を払いながら、相変わらず心底呆れたような表情のアネモネへと話しかける。
『はぁ……マジで心配させんなっての…』
『それは私のセリフ、なんだけどね』
『……そうだよな……ごめん』
『許さない』
『マジかよ』
いつものように軽口を言い合っていると、いつも強気で、いつもまっすぐ綺麗なその瞳が、少し赤く腫れている事に気付く。
すると、それを見たフィストはその目に涙を浮かべ、アネモネを強く抱きしめる。
『約束したのに……守ってやれなくて、ごめんな』
『お前だけが、俺の唯一残された家族なのに……』
『お前がいなくなったら、俺は……』
アネモネは、少し驚いたような顔をしてから、その薄茶色の頭を撫でて、
『分かればいいの』
『あと…ちょっと痛い』
とだけ言って、優しく微笑むと、それを冷やかすかのように、後ろから誰かが二人に声をかける。
『あれ、お邪魔だったかな?』
『……! テメェは!!!!!!!』
その声の主は、やはり先程の男だった。
相変わらず、にこにことした顔でそう言う男の顔を見るや否や、フィストはアネモネを庇うように前へと立ち、即座に攻撃体勢を取る。
だが、アネモネはそれを制止すると、今までの状況を説明し始める。
『止めんじゃねぇ、アネモネ!!』
『待って、この人が私とアンタを治してくれたのよ』
『だとしても、そもそもコイツが紛らわしい事をしなけりゃ俺たちはだな!!』
『それにも理由があるの、まずは話を聞いて』
少しの話し合いの末に、渋々といった感じで、フィストはとりあえず話を聞く事にしたようだった。
男はありがとう、と言わんばかりに微笑んでから、ちょうどいい高さに積まれた瓦礫に座り込み、物語を読むかのように、ゆっくりと話し始めた。
『やっと落ち着いて話ができるね……おっと、君たちも座りなよ』
そう言いながら、先ほどの修復魔法を使ってその辺の瓦礫を組み上げた即席の椅子を作ると、どうぞ、と二人に着席を促す。
だが、やはり納得いかない、といった表情のフィストを慰めるように、アネモネはその頭をポンポンと優しく叩くと、やはり渋々といった顔で、ようやく椅子へと腰掛ける。
すると、男はにっこりとした顔で、続きを話し始めた。
『おっと、まずは自己紹介からだったね』
『僕はユーノ。 ユーノ=アルテミス。』
『まずは君たちに近づいた理由なんだけど……それはね、フィスト君。キミに刻まれた烙印が関係してるんだ』
その言葉に反応すると、フィストはおもむろに自身の服を捲り上げてから、右脇腹に刻まれた、禍々しい紋様を見せつける。
『烙印ってのは…これの事だよな』
『あのクソ野郎が俺に刻みつけやがった……この印』
思い出したくない、といった顔で俯くアネモネの横で、今にも爆発しそうな表情のフィストは、怒りか、それとも恐怖からか、ぶるぶると震えながらユーノへとそう問いかけると、にっこりとしていたその顔が急に真剣な表情になり、その問いに軽く頷くと、続けて語り始める。
『君の故郷を襲ったっていう、超越者の事だね』
『僕は、そいつの名前も正体も、全て知っている……』
『いやあああ!! もうやめてええええええ!!!』
そう語ると同時に、アネモネは凄まじい程の拒否反応を示し、フィストはその震える体をゆっくりと抱きしめてから、優しく慰める。
『大丈夫だ、俺がずっとお前の側にいる』
『お前には、もうあんな悲しい思いは絶対にさせねぇから…』
体を震わせ、涙を流しながらその言葉に頷くアネモネを慰めながら、フィストはユーノへと再び問いかける。
『教えてくれ、ユーノ……』
『そいつの情報を……』
まだ小さな子供だとは到底思えない程のその迫力に、少し気圧されながらも、ユーノもそれに応えるように、険しい表情で再び語り始める。
『そいつの名前はアルシエラ……いや、またの名を、スマイル』
『僕の……僕の師匠だった男だ』
次回 暁月の騎士 第6話 『明日』③