第2話 『ユーノの村』
フィノリスでの仕事を終え、家に帰る途中。
外はもう夕陽も沈んで、薄く月が見え始めていた。
それと同時に、フィストの歩くスピードが段々と速くなっていることに気付く。
アネモネもそれに気づいたのか、ため息ながらに
「あんた、歩くの早すぎ……」
と、少しフィストを嗜めると、
「子供たちが腹を空かせて待ってる」
その言葉に振り返らずにフィストはそう言って、その後ろ姿は二人との距離をさらに空けていった。
◆
「はぁ、はぁ……フィスト……あんた……ホントに……早過ぎ……」
あれから1時間ほど歩き……いや、もはや走りながら、ようやく辿り着いた村の入り口でアネモネはフィストに向かって、肩で息をしながら言った。
村の子供たちは先に村に着いていたフィストの元へと既に集まってきており、やっと帰ってきた疲労困憊の俺たちを心配して、
「シオン兄ちゃん、アネモネ姉ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
と、すぐさま駆け寄ってくる。
「うん、全然大丈夫だよ」
と、優しく微笑むと、
「よかったぁ」
とあまりにも眩しすぎて思わず目を瞑ってしまうような笑顔でそう言ってくれる。
なんて優しい子たちなんだろう。
まさに天使だ。
子供たちが持って来てくれた水を飲みながら、ありがとう、と頭を撫でていると、そんな俺たち二人をフィストは鼻で笑って、
「まったく、情けねぇなぁ」
と、呆れたような仕草をしながら、そう言い放った。
すると、それを聞いたアネモネが眉間に皺を寄せ、
「あんたが早すぎんの! ……て言うか、逆になんであんたは息一つ切らしてないのよ!」
とすかさず突っ込みを入れると、
「お前らとはな、鍛え方が違うんだよ……」
筋肉に力を入れながら様々なポージングを取り、嫌に自慢げな顔でフィストは静かにそう言った。
鍛え方の問題とかじゃないだろう……と、多分その場の全員が思ったが、誰も口にはしなかった。
「ところでよ、ユーノはまだ帰ってきてねーのか」
フィストが話を切り替えそう言うと、子供たちは暗い表情で頷く。
ユーノ。
このユーノの村の村長で、俺たちの育ての親。
俺たち三人が生まれた年……14年前に起きた戦争により、俺たちと同じく親を亡くした子供や、恵まれない環境により路頭に迷っている子供たちの救いを求める声を聞きつけて、この村で保護するべく世界を回っている。
そのためか、いつもあまり村には帰ってこないのだが、もう最後に村を出てからついに2年が経過していた。
それまで毎月送られてきていたお金と手紙も、半年前を境に急に届かなくなり、子供たちに不安な思いをさせないためにも、俺たちはヴァナ王国のあらゆる町へと食糧を盗みに入っている。
……俺たちは、盗みしかできないから。
「大丈夫だよ、きっと帰ってくる」
ユーノが俺たちを捨てるなんて……
そんな事、あるはずがない。
だから……きっと大丈夫。
不安にさせまいと、笑顔でそう言うと、
「そう……だよね」
と子供達は暗い表情で俯いた。
そんな皆の不安を感じ取ったのか、アネモネがそんな空気を両断するかのように、
「そんなことよりさ」
と言い放ち、自身の鞄から紐付きの何かを取り出し、子供たちの前へとぶら下げた。
「これな〜んだ」
アネモネのその手からぶら下げられた紐の先を見ると、それは、彼女が腰から下げている短剣と同じくらいの大きさをした、塊のベーコンだった。
あまりに突然の出来事に一瞬だけ空気が静まり返ると、次第に子供達の顔に笑顔が浮かび上がり、そして瞬く間に歓声が上がった。
さらにアネモネはふふん、と得意げな顔をして、鞄の中から次々とベーコンを取り出すと、
「今夜は祭りよ!」
そう言いながら、腰を横にクネクネと動かして、変な踊りを披露してみせた。
それを真似るように踊り出す子供達を見て、思わず吹き出しながら、
「やっぱりアネモネにゃ敵わねぇな」
そう言って踊り出したフィストを横目に、月の明かりに照らされて一層綺麗に輝くアネモネを見て、
「あぁ……そうだな」
と、笑った。
◆
「ふぃ〜食った食った、ごちそうさん」
食事が終わり、子供達を家に入れると、わざとらしくお腹をさすりながら、フィストは村の入口へと歩き始める。
「どこ行くんだ?」
そう問いかけると、わざとらしく眠そうな顔で、
「ちょっと出掛けてくるわ」
そう答えて頭を掻きながら、フィストはどこかへと消えてゆく。
「最近あいつ、なんか変じゃない?」
アネモネが怪しむ様な顔でそう言うと、その言葉に頷いて、
「ちょっと後を付けてみる」
そう言ってフィストを追いかけた。
足跡を頼りに暗い道を抜けて、バルの町へと抜ける林の中で、松明の明かりが灯っているのを確認すると、歩くスピードを落とし、松明の方向へと足を進める。
やがてその場へと辿り着くと、何かの話し声が段々と聞こえ始め、耳を澄ます。
二つの声の内の一つは、間違いなく聴き慣れたフィストの声だった。
(遠すぎてあまり聞き取れないな…)
茂みに身を隠しながら、もう少し二人に近づこうとした瞬間、横の首筋にヒヤリとした冷たい感触が走る。
突然の出来事に戸惑っていると、首筋の冷たい感触はすぐにチクリとした痛みと、温かい液体が首筋を流れる感覚へと変わる。
「動くと殺す」
そう言いながら男は背後から左腕を締め付けるように首に回して、右手の短剣に少し力を込め始める。
氷の様に冷たいその殺気に、シオンは抵抗するのを諦め、
「殺すな、敵意はない」
と説得を試みる。
冷静なように見えて、シオンは内心、焦りを隠せずにいた。
(簡単に俺が背後を取られた相手は、アネモネとユーノだけだ)
――つまりこいつは、俺よりも遥かに強い。
判断を間違えれば、俺は……絶対に死ぬ。
死の緊張が、脳を全力で稼働させる。
やがてその緊張と静寂を切り裂くように、男は、
「そうか……なら、こんな所で何をしている?」
と、質問を投げかけた。
(今から俺は、こいつが俺を殺さないのに十分な理由を説明しなければならない……)
嘘はダメだ。こいつには恐らく通用しない……
短く、簡潔に。
助かる方法だけを考えろ。
頭から顎へと流れた脂汗が、地面へと滴り落ちたと同時に、命乞いを始める。
「俺は……ユーノの村の住人で、あそこで話してる男の仲間だ。」
「最近、頻繁に外に出歩いているようだったから、気になって後を追いかけて来ただけだ…」
祈るように目を瞑る。
子供達の為にも、こんなところで俺は…。
永遠のようにも感じられる沈黙が流れると、首筋の感覚は消える。
「行け」
指示されるがままに、何も言わず頷くと、ゆっくりと村の方向へと歩き始める。
「振り返れば殺す」
そう言わんばかりの殺気を背中に感じながら村に着くと、先程までの緊張が嘘だったかのように、殺気は消え失せていた。
安堵のあまり尻もちを付くと、アネモネが不安そうな顔でこちらに駆け寄って来る。
「シオン? って、どうしたのその首のケガ!?」
「まだ起きてたのか……大丈夫、ちょっと転んで切っちゃっただけだから」
心配をかけさせまいと嘘をついた事に罪悪感を覚えながら、
「フィストはまだ帰って来てないのか?」
そう問いかけると、アネモネはそれに頷き、
「あんたらが帰ってくるまで待ってたの」
と答えた。
(フィスト……お前が死んだら、俺は……)
居ても立っても居られなくなり、村から出てもう一度林へと向かおうとすると、
入口の方に足音が近づいて来ている事に気づく。
まさか、さっきの奴か?
戦闘になれば……間違いなく俺たちは殺される。
クソ……どうする?
どうする!?
先程まで失われていた緊張が再び走ると、村の灯りで照らされたのは、見慣れた顔だった。
「おー、どうしたお前ら? こんな時間まで起きてるなんか珍しいな」
その足音の主は……フィストだった。
俺は足早にフィストの元へと駆け寄り、力強く抱きしめて、
「本当に……無事でよかった」
と涙ながらに抱きつくと、
何が何だかわからないと言った顔で、
「おいおい、何だよ急に……どうした?」
と、困惑しているようだった。
そんな俺たちをアネモネは怪訝な顔で見つめて、
「あんたたち……最近おかしいと思ったら」
と何かを悟ったような顔でそう言った。
……少し時間を置いて、アネモネのとんでもない勘違いに気がついたフィストは急に焦り出して、ジタバタと抵抗を始める。
「なにぃ!? そんなんじゃねぇぞ俺は!」
「おいシオン! 離せ! なんかヤバい勘違いされてるぞ!!」
「シオンさん!? 痛い!! 痛いから! なんか骨もピキピキ言ってるからぁ!!!」
「絶対に離さない!! フィスト!!!」
「ぎゃぁぁああぁ! らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「まぁ私は、そういうのも全然良いと思うわよ……」
「ちっ……ちっがーーーーーーーう!!!!!」
悲痛な男の叫びが、村中にこだましたのであった…
次回 第三話 『帰ってきた男』




