第1話 『動き出した歯車』
「泥棒だぁぁ!! 誰か! 誰か、あいつらを捕まえてくれぇぇぇぇ!!!」
「早く逃げるぞ!」
世界で最も栄えているとされる国、ヴァナ王国。
世界地図を開くと、一番大きく描かれているその国の末端に位置する田舎町、フィノリス。
閑散としているその町の雰囲気にはとても似つかわない、民家二つ分ほどの大きさをした、少し煌びやかな装飾が施されている二階建ての店の扉が、バン、と大きな音を立てて勢いよく開いたかと思えば、それと同時に男の怒声が上がり、バタバタと走り回る音が、町中へと響き渡る。
その騒ぎを聞きつけてか、周りの住民たちがなんだなんだ、と次々に家の窓や、店の出入口から顔を覗かせると、不思議そうな顔で店の扉へと視線を集める。
すると、そんな注目を浴びた扉の中から一斉に飛び出して来たのは、なんと三人の子供たちなのであった。
異様な光景に周囲が呆気に取られていると、時を待たずして、立派な髭を蓄えた、店主と思しき小太りの男がそれに続くように鬼の形相で店から飛び出すと、すぐさま三人の泥棒たちを追いかけた。
「逃がすかコラぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「しつけーぞおっさん! 大人しく諦めやがれ!」
その小太りな見た目から得られる勝手な印象とは裏腹に、意外にも体は身軽らしく、泥棒たちは重たい荷物を背負っているというハンデも相まってか、だんだんと両者の間の距離は縮まってきていた。
「待てこのガキども! お前ら、例の三人組だな!? 俺がとっ捕まえて叩きのめしてやる!」
「待てって言われて待つバカがいるか、このタコ親父!」
人を小馬鹿にしたような顔で少年がそう叫ぶと同時に、前を走る三人は、ズラリと屋台や商店が並んだ十字路の交差点へと差し掛かった次の瞬間、その中心から、突如として謎の大きな煙が立ち込める。
突然の出来事に、周りの住民たちと男は軽いパニックへと陥り、思わずその足を止める。
辺り一帯を包み隠す様な、怪しげな謎の煙を警戒し、男はそれを極力吸い込まないよう、すぐさま自前のハンカチを後ろのポケットから取り出すと、それを自身の鼻と口に当てながら、すぐにその場から避難を行う。
再度中へと突撃するのを躊躇い、煙が完全に消えるまであたふたとしていた頃には、小さな泥棒たちは既にその場から消え去っていた。
「クソッタレ! 誰か! 誰か自警団を呼んでくれ!!」
いつもの静けさを取り戻した町中に、通りの良いその声は、かくも虚しく響き渡るのであった。
◆
「シオン、今日は大収穫だな!」
薄茶色の髪に、その陽気な性格を表すかのように、澄んだ茶色の瞳をした、元気そうな顔立ちの少年……フィストは、背中に大きな荷物を背負い、壁で囲まれた一本道の狭く細長い覆道を、満遍の笑みで走りながら、後ろの仲間へとそう問いかける。
「あぁ、これで1週間くらいは困らないな」
艶々とした空色の髪で、その顔立ちから伝わる上品さを確かな物とするかのような、宝石のように輝いた空色の瞳と、色白い肌をした少年……シオンはその言葉に少し微笑むと、楽しそうにはしゃいでいるフィストを見てから、しばらくしてそう答えた。
「はぁ……シオン、フィスト…私たち、一体いつまでこんなつまらない仕事しなきゃいけないワケ?」
その楽しそうな二人に水を差すように、最後尾を走っている、桃色の髪をした、一見おとなしく清純そうな雰囲気のある顔立ちとは裏腹に、気の強そうな薄紅色の瞳をしている少女……アネモネは、その儚げな見た目や雰囲気からは想像も付かないような、少し皮肉めいたとした話し方と、呆れたような表情で愚痴を溢した。
すると、その言葉を聞いたフィストはすぐさま後ろへと振り返ると、何かに気づいたような顔をしながら、アネモネの顔を覗き込むように見た後にゲラゲラと笑って、
「何言ってんだアネモネ! お前が一番楽しんでんじゃねぇか!」
と、そう言い放ったフィストの言葉に釣られるように、同じく後ろを振り返ったシオンの視界に映り込んだ光景は、この狭い覆道に、なんとかぎりぎり入りきるだろうか? と言うほどの大荷物を背負いながら走るアネモネだった。
「くっ……はっははは」
余りに異常な光景に、シオンは耐え切れずに笑ってしまうと、やがて二人の笑い声は、この狭い通路いっぱいに響き渡る。
それと同時に、アネモネは少し頬を赤らめてから、
「はぁ!? 好きでやってる訳ないでしょこんな事! シオンも笑わないの!」
と、怒ったような素振りでそう言うと、後ろから二人を睨みつけた。
フィスト、アネモネ、シオン。
クソガキの中のクソガキ、トップ•オブ•クソガキの称号を欲しいがままにしているその三人は、世界の始まりの地と語り継がれている、世界最古の大陸……エデンシア大陸で最も栄えている国、ヴァナ王国の、ちょっとだけ隣にある超小さな田舎村、ユーノの村を拠点に、方々の町へと食糧や物資を盗んで回っている、その界隈ではそこそこ名の知れた小悪党たちである。
今日は、そんなヴァナ王国の末端に位置する、寂れた田舎町……フィノリスで新しくオープンした、ロベリィ商店の名前を聞きつけ、お宝を頂きに参上した帰りなのであった。
「いや……ごめんごめん、つい面白くて」
両手を合わせながら、シオンはわざとらしく謝ってみせると、やってらんない、と言わんばかりの顔と仕草で、ため息を吐きながらアネモネもそれに応えるのだった。
そんなくだらない話をしながらも、ようやく通路の出口へと差し掛かると、先頭を走るフィストが突如立ち止まり、静かに、と後ろにジェスチャーを送ると、すぐに身を屈めながら耳を澄ました後に、めんどくさそうな顔でため息を吐いた。
「厄介な奴らのお出ましだ」
その言葉に続くように二人も耳を澄ますと、この狭い道の入口と出口から、こちらを挟み込むように歩く、恐らくかなりの武装をしているであろう人間の足音が近づいてくる音が聞こえる。
(自警団か?)
面倒だと言わんばかりに、三人は同時に顔をしかめた。
――自警団。ヴァナ王国では、国の治安維持の為に、王国騎士団の下っ端連中がガーディアンとかなんとか言う騎士団を結成し、十分に警備の行き届かない町の見回りを、定期的に行っている。
…とにかく、相手にすると厄介な連中だ。
黒い噂も後を絶たない。
「おそらく……出口と入口は、既にあいつらに塞がれてるって考えた方がいいな」
と、シオンが小声でそう話すと、アネモネがそれに同調しながら頷き、
「強行突破は無理ってことね」
と言うと、フィストは深いため息をつきながら、やれやれといった表情で、この状況の打開策を提案する。
「しゃーねぇな……こうなったら、癪に触るがプランAで行くしかねぇか」
「そうだな……アネモネ、指示を頼む」
「あんたら…それ、言いたいだけでしょ」
プランAとは。
その名の通り、このチームで一番の切れ者であるアネモネ、つまり、『A』の考える作戦に従って、なんとか頑張るプランである。
ちなみにプランと言っても今のところAまでしか無いし、今後も増える予定は無い。
……悲しいことに。
少し呆れた顔をしながらもアネモネは、もう作戦を思いついたのか、二人へと指示を出す。
「シオンはさっきのアレをもう一度お願い」
アネモネがそう言うと、シオンは軽く相槌を打った後に、直ぐに魔法の発動へと取り掛かる。
「水の精よ、今しばらくその御力を我にお貸しください」
そう唱えたと同時に、三人の目の前に青色の魔法陣が現れ、術式が構築されてゆく。
『蒸気煙幕!』
その掛け声と共に、大量の濁った蒸気が魔法陣からもくもくと溢れ出すと、やがてそれは通路の両奥へと広がってゆく。
それからしばらくして、遠くで軽くパニックが起きているのをアネモネはかすかに聴こえてくる声で認識すると、軽く頷いてから続いてフィストを指差して、指示を飛ばす。
「アンタはいつもの道作り」
フィストの方へと向かっていたその指先を、通路の壁へと移しながらそう言ったアネモネをフィストは見つめると、少し考えてから、「はいよ」とだけ軽く返事をして、わざとらしく右腕をぐるぐると回し始める。
「あぶねーから、ちょっとどいてろよお前ら!」
軽く助走をつけながら、フィストがそう言い放った次の瞬間、最低でも厚さ30センチくらいはあるであろうその分厚い石壁に、渾身の右ストレートが叩きつけられる。
それによって発せられた、何かが爆発したのかと勘違いしてしまうほどの凄まじい音と衝撃にシオンは少しだけ驚くと、やがて目の前の光景に唖然とし始める。
なぜなら、拳が叩きつけられたその場所に、その部分だけ元々存在しなかったと勘違いしてしまうほどの大きな穴が、ぽっかりと空いていたからだ。
「いい加減…限度ってもんを覚えなさいよ」
「……いーから早く逃げんぞ!」
フィストの言葉に二人は頷き、新たに開通した道を素早く抜け、そこから複雑な道の真ん中で散り散りになり、追手の意識を分散させてから、しばらくして相手がこちらを完全に見失ったのをそれぞれが確認すると、あらかじめ用意しておいた抜け道で再び集合し、こっそりと街を抜けるのだった。
◆
「やっぱいつ見ても凄えよな、魔法ってやつはよ」
なんとかひと仕事を終えた三人が村への帰路に着いていると、フィストは羨ましそうな顔で、そう呟いた。
シオンはその言葉に首を横に振ると、フィストの方を見つめてから、その言葉を否定する。
「いや…正直フィストの馬鹿力には敵わないな」
そのやりとりを見ていたアネモネは、自信なさげにそう話したシオンの肩に腕を回すと、フィストの方を覗き見てから、意地悪な表情で口を開いた。
「シオン。アンタの魔法は役に立つわ。自信を持ちなさい」
「それに比べて…魔法も使えない、破壊する事しか脳の無いこの厄災ゴリラは…」
…ついさっき、通路で笑われた仕返しなのだろうか。
アネモネは、わざとらしい呆れ顔でそう言うと、ポンポン、と厄災ゴリラの肩を叩く。
それに少しカチンと来たのか、フィストは少しだけ目を細めてから、にやけ顔のアネモネを見つめると、その言葉に言い返すように話し始めた。
「そう言うオメーもよ、ろくでもねぇ魔法しか使えねぇだろが……」
「それによ、今日一番なんもしてねぇのは……多分オメーだぞ…」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
フィストがそう言うと、その言葉にアネモネはカチンと来たのか、にやけていたその顔はすぐさま鬼の形相へと変貌し始め、それと同時にフィストへと詰め寄ると、やがて二人の言い合いは睨み合いへと発展し始めた。
そして、ラウンド2が始まろうとしていた……。
「大体、アンタがちゃんと道を調べないから、変な奴らに追い回されるハメになんのよ!」
「だったらお前がやりゃあいいだろが! いっつも俺任せにしやがってよ!」
「はぁ!? いつも頼んでも無いのにあんたが真っ先に突っ走るんでしょうが!? その都度ヘマして下さるお陰で、私らはホント良い迷惑なんですけど!?」
「ねー? シオン?」
「え? そ、そうかな」
「後で言うだけの奴は楽でいいよなぁ! 実際苦労するのは俺らだしな! な、シオン?」
「さ、さぁ?」
(また、いつものが始まった……)
前世でお互いを殺し合った敵同士なのだろうか、この二人は。
毎度の事ながら、仕事が終わると、その度に何故か大喧嘩をし始める。
そうなるとどっちも極度の負けず嫌いなので、中々言い合いと、どちらが役立たずか論争は終わらない。
逆に一周回って仲が良いまであるのではなかろうか。
(……いや、ないな。)
水と油。
フィストとアネモネ。
この二人の場合は、お互いにすぐ火がつくから、どっちも油って感じだが。
「破壊するだけのアンタが苦労なんかしないでしょうが! 一番苦労してるのは、アンタが破壊した物を直してる……」
「まぁまぁ、その辺でやめとこう、二人とも」
今日は疲れたので、このぐらいで仲裁に入っておくことにした。
「「ふん!」」
言い合いを止めると、フィストとアネモネは、もう知らない、と言わんばかりにお互いにそっぽを向く。
そんな、いつもと変わらない二人を見て、シオンはくすくすと笑う。
夕日がそんな三人を照らすと、気持ちのいい風が吹き始めるのだった。
いつもの仕事。
いつもの三人。
そんな何気なくも楽しい毎日。
……それがずっと続くものだと、このときの俺は思っていたんだ。
――あの日が来るまでは。
次回 第二話 『ユーノの村』