第9話 『明日』⑥
かっこいい人だと思った。
こんな人になりたいと思った。
•••強く、なりたいと思った。
「少年、名前は?」
「••••••そうか」
「ユーノ•アルテミス」
「今日からお前はそれを名乗れ——」
◆
――不安だ。
僕に、本当に守れるのだろうか。
アンナを、ヘザーを、カインを。
みんなの•••未来を。
そんな想像ばかりしていると、静けさと言う名の闇が、ゆっくりと僕を包んで、身動きが取れなくなる。
いやだ。
戦いたくない。
どうして僕たちが。
あの日誓った思いは、こんなにも簡単に揺らいでしまうものなのか。
――迫り来る夜明けが、悪魔のように恐ろしく感じるのは、今日が最初で最後だろうな。
まるで湧き水のように次々と溢れ出してくる恐怖の感情と戦いながら、不安でなかなか眠れずにいると、誰かが僕のテントを、ボンボンと軽く叩いた。
「ユーノ、起きてる?」
この声は•••アンナだ。
何の用だろう。
「うん•••起きてるよ」
「どうしたの?」
「なんだか•••不安で眠れなくて」
「ちょっと•••付き合ってくれない?」
「•••ふふ」
僕の問いかけに、もじもじとした声でそう答える彼女の雰囲気が、まるで夜中のトイレに親を起こす子供みたいだったから、僕は思わず笑ってしまった。
すると、その笑い声を聞いた彼女は怒ったのか、テントを外からポカポカと叩き始めた。
「ごめんね、らしくなくて笑っちゃった」
「今行くね」
◆
「しっかしあのユーノに笑われる日が来るとはねぇ」
「はぁ〜あ、私の乙女心が傷ついたわ〜」
「ごめんねアンナ、そんなつもりは•••」
「ウソウソ。謝らないでよ」
まだ少し薄暗い山道を、アンナと喋りながら歩いていると、彼女の笑顔に、暗かった僕の心も次第に晴れて行くような気がした。
彼女の笑顔が、とても好きだ。
彼女が、好きだ。
この笑顔を守るためなら、僕は何度でも戦える。
そんな決意が、勇気が、次第に身体から湧いてくるような気さえした。
それからしばらくして、少し歩き疲れた僕たちは、綺麗な水の流れる川で座り込んでいると、さっきまで明るく振る舞っていた彼女は、俯きながらボソボソと何かを語りかけてくる。
「ユーノはさ、怖くないの?」
「え?」
「この戦いが、さ」
「•••••••••」
怖いさ。
怖いに決まってる。
今すぐにここから逃げ出したいよ。
「皆と一緒なら、怖くないよ」
そんな気持ちに蓋をしながら、僕は精一杯かっこつけて、にっこりと笑いながらそう答えた。
すると、彼女は少し驚いたような顔をしてから、しばらくしてまた俯くと、小刻みに身体を震わせ始めた。
「ユーノは•••強いね」
「私は、怖いよ」
「仲間を、カインを、ヘザーを、•••家族を失うのが怖い」
「私たちが、この世に存在したって証を無くしてしまうのが怖い」
らしくない弱音を吐いている彼女を見て、僕はどうすればいいのかわからなくなって、思わず彼女の頭を撫でる。
「••••••!」
「も〜! 子供扱いするな!」
少し身体をビクッと跳ねさせてから、精一杯の明るい声で彼女はそう言うと、やがて流す涙を隠すように俯いて、僕の胸元へと頭を押し付けながら、
「格好つけんな、バカ••••••」
とだけ言って、嗚咽を上げて泣き始めた。
それからしばらくして、ようやく落ち着いたのか、いつもの表情に戻ったアンナは、僕の背中をバシバシと叩いてから、「ありがとね」と一言だけ呟くと、すっと立ち上がって、気持ちよさそうに伸びを始めた。
それにつられて、僕もぐっと全身を伸ばしてやると、全身のジンジンとした感覚に快感を覚えながら、すっきりした顔のアンナと硬い握手を交わしあった。
「絶対、生き残ろうね」
「あたぼうよ〜!」
◆
二人でくだらない話をしながら、ゆっくりと帰路についている途中。
先ほどまでには無かったはずの人の気配を感じた僕は、すぐさま身を屈めた。
「••••••!」
「警戒して」
そう言いながらアンナは素早く身を屈めると、僕を腕で隠すようにしながら、辺りを警戒し始める。
そして、じっと身を固めてから、注意深く草木の動きや、不自然な物音がないかを探していると、ゴソゴソと茂みから人の足音が聞こえる。
その音を聞いて、僕は魔法の詠唱体勢に入ると、アンナはそれを静止させるかのようにハンドサインを送り、ゆっくりと立ち上がる。
「この魔力は•••ジンよ」
「あり、ばれちった?」
ジン。
イタズラ好きでスケベの、お調子者だ。
僕たちが団の雰囲気に馴染めなかった頃、よくお世話になった。
アンナはいつものイタズラに辟易したような呆れた顔でため息をつくと、前方の茂みから照れくさそうな顔で出てきたジンの坊主頭をパチンと叩いた。
「いやー、お若い男女が夜な夜なこっそり抜け出していくもんだから、おじさんちょっと気になっちゃってねえ•••」
顎を親指と人差し指で擦りながら、わざとらしい真剣な表情でそう言ったジンの首を、アンナがチョークスリーパーで締め上げると、ジンさんの顔色はみるみる悪くなって行き、坊主頭も相まってか、さつまいものような形相になっている。
「はぁ〜、まったく•••」
「明日戦争するとは思えない程の緊張感の無さよね•••」
「あはははは•••」
いつもと変わらない光景に、先ほどまでの不安な思いは、まるで元々無かったかのように消え去ってしまっていた。
「それにしてもジン、あたしたちがここを通るってよく分かったわね」
「ホントだ、凄いね•••ジン」
「俺の勘はよく当たるって評判だからな」
「勘なのね•••」
「アンタ、私たちがここを通らなかったらどうするつもりだったのよ••••••」
その異常なまでの悪戯心に、アンナは尊敬を覚えたような顔でジンへと問いかけると、ジンは先程からわざとらしい真剣な表情のまま、ぎこちなく笑った。
「俺の勘はよく当たるって評判だからな」
「それ、さっきも聞いたっての」
「俺の勘はよく当たるって評判だからな」
「••••••また締め上げるわよ?」
「俺の勘はよく当たるって評判だからな」
「•••ジン?」
「俺の勘はよく当たるって評判だからな」
「ユーノ〜、ジンが壊れちゃってるよ」
「俺の勘はよく当たるって評判だからな」
「俺の勘はよく当たるって評判だからな」
「俺の勘はよく当たるって評判だからな」
「俺の勘はよく当たるって評判ッッッ」
何度も同じ言葉を繰り返すジンに怒りを覚えたのか、アンナはついに強烈な後ろ蹴りをジンの身体へと叩きこむと、ふん! と荒い鼻息を出した。
その衝撃をもろに受けたジンの身体は、受け身も取らずになされるがまま吹き飛ぶと、そのまま地面にうつ伏せになったまま、ピクリとも動かなくなる。
「あ•••やりすぎちゃったかも」
「ごめんね、ジン•••生きてる?」
そう言いながら、恐る恐るジンへと近づいたアンナが、そっと様子を見ようとした瞬間、ジンは急にピンと起き上がって、ケタケタと笑いながらアンナへと近づいていく。
そして、あまりの恐怖にたじたじになっているアンナの腕をガッチリと掴むと、何が可笑しいのか、狂ったように笑い始めた。
「はははははははははははははは」
「やめてよ!!!」
悪戯にしても度が過ぎていると感じた僕が、後ろからジンを引き剥がそうと肩を掴むと、ジンの首は180°回転し、僕と目を合わせながら、白目を剥き始めた。
そして、訳のわからない言葉を、ぶくぶくと泡を吹きながら呟くと、まるで操る糸が切れた人形のように、パタリと地面へ倒れ込む。
「ジン!? •••ッ!?」
「ユーノ••••••?」
「死んでる••••••!!!」
「嘘でしょ•••!?」
あまりの恐怖に、アンナは腰を抜かしてしまうと、先ほどまでは1つだったはずの気配が、気づけば10以上まで増えている事に気がつく。
「まずい•••囲まれた」
「ごめんユーノ、私•••立てない」
「ひとまず、僕の転送魔法で逃げよう•••!」
と、魔法陣を展開しようとした瞬間。
それは、謎の力によって妨害されてしまう。
「なんでだ? 魔力が練れない•••!」
術式が崩壊し、魔法陣が弾けたと同時に、物凄いスピードで禍々しい殺気がこちらへと向かってくる。
その殺気の元凶は僕たちに逃げる暇も与えずに悠々とこちらへと辿り着くと、僕たちの顔を見てニヤリと笑った。
「初めましてぇ、ヴァルナの魔法使いさん」
「オレ様はチャン•リーメイ」
「リーメイちゃんって呼んでくれよな♡」
やばい。
こいつは、滅茶苦茶強い。
多分、師匠と同じくらい。
「ところで、なんだけど••••••」
「どっちが先に死にてぇ?」
蟻を踏みつぶすときの子供のような顔で女は笑うと、そのままゆっくりと、腰にぶら下げた剣を抜き始めた。
——最悪の夜が、始まろうとしていた。
次回 第10話 『明日』⑧




