やる気スイッチポチー
なんかまーじで何にもやる気起きないですよね。常に受け身な自分が嫌になることありますよね。
『バイバイ!』
『また明日!』
『今日カラオケ行かね?』
『あり!行こうぜ!』
―――うるさい
『来週のテスト不安だわ〜...』
『え〜、じゃあ一緒に勉強しよ〜?』
―――うるさい
『早く掃除してくださ〜い!』
『え〜それよりせんせー、テスト延期してくださいよ〜』
うるさいうるさい――――
教室の喧騒から抜け出して、俺は1人下校する。下を向き、早足で。
頭に浮かぶのは嫉妬、憎悪、悲しみ、希死観念、思い出......。
「グズ共がっ...量産型...大人数じゃないとでかい態度できない方の人種...知恵遅れ...ボンクラっ....」
ただひたすらに頭の中では様々な思考が巡る。
目まぐるしく変化する日常の中で俺だけは何も変わらない。
変わりたくない訳じゃない、変わるのが怖いわけじゃない、変わるのが、変わるのが、変わるのがただ面倒くさいだけだ。
...心の奥底では変わりたいと願っているはずなのだ、それなのに僕はひたすらに自分が変化するのを面倒くさがる。そのくせ、努力して変わった人達の意見を斜に構えて受け流す。我ながら非常にクズだと思っている。そんな自分が大嫌いだ。
自分の意思で変われて、成功したり楽しそうにしている人たちを見ると、それだけで吐き気がする。己の不甲斐なさを自覚したくないが故に、適当な暴言を誰もいないところで吐きかける。
僕は、何度自死を考えたであろうか、それすらも面倒くさいと思って、毎回黄色い線の内側で思いとどまる。
自死をしない理由に、家族のため、数少ない友人のためなどと思い浮かべるが、それすらも自身の怠惰を肯定するだけの材料でしかない。
『今日も疲れた』
『来週からの学校も嫌だ』
『あ〜...めんどくせ...』
暗い部屋、液晶画面をひたすらに叩き、文字を打つ。
特に誰かから反応が来る訳では無い。ただ何となくSNSに愚痴を吐き捨てると、それだけでほんの少し、ほんの少しだけ心が軽くなる感覚があったからだ。
『あった』そう。あったのだ、数年ほど前までは、SNSを始めた最初の頃は。
今となってはその麻薬に脳が慣れきったのか、特に何も感じない。いつもやってるからやる、その程度のものでしかない。
液晶をひたすらにスワイプしていると、とある文章が流れてくる。
【だれでも簡単にやる気を出す方法3選!】
.......この手の謳い文句をしているもので、俺の心が動いたことは無い。それでも、ひたすらに往生際の悪い俺は、何度も見てしまう。
【とりあえずやってみろ!やる気はあとから着いてくる!】
やる気が後から着いてきた試しがない。何度もやったことはある。何もかもすぐに疲れて布団に伏し、ひたすらにティッシュを貯めるだけ。
【やっても何とかなる時と、何とかならない時がある。でも、やらないと何も出来ない!】
そんなことも無い。俺は勉強が大嫌いだが、普段からテスト勉強もしていない。それでも点数は平均点以上だし、得意科目ならクラス内でも片手で数えられるほどは取れる。なんなら、受験した時もほとんど勉強せずに、中途半端に受かった。
今思えば、この時落ちてさえ入れば、俺の心は変わったのかもしれない。俺の怠惰を、結果が肯定している。
....本当は、これすらも自分の怠惰を肯定するためためだけの詭弁であることはわかっている。
分かっている、全てわかっているからこそ、俺は俺のことが大嫌いなのだ。
いくら考えようと、解決しないことを、ひたすらに巡らせていると、最後の方法に目が吸い寄せられる。
【上二つでもやる気が出ない人必見!やる気スイッチ!販売中!https//...】
「なんだよこれ...」
一瞬、詐欺やウイルスサイトなのかを疑いつつも、俺はそのURLの先に飛んだ。
これでもしウイルスサイトなら、それでいい、でも、もし本当なら........。
サイトの先には、その商品の画像と説明があった。
赤いスイッチ部分に、銀色の土台といった、いかにもボタンといったデザインと、長ったらしくよく分からない説明がついている。全部読もうとも思ったが、長すぎて途中でやめた。
【説明はさいごまで読んでください】
そう書かれてはいたが、説明書きやクレジットなんかを最後まで読むやつは居ないだろう。
見た感じ、サイトも違法そうなものでは無い上、やる気スイッチ自体もものすごく安かったため、俺はそれを購入してしまった。
「ジョーク商品でも、思い込みでやる気が出る可能性もあるし...」
誰もいない部屋で、一人呟いた。
着払いにしていたその商品は、翌日の昼間には届いた。
目の奥を輝かせ、明るく商品を渡してくる配達員が、俺は非常に不気味に感じた。
しかし、そんなことはどうでもよくて、俺は内心期待をしながらダンボールを開け、中にあったボタンを取り出した。
「ああ...これが私のやる気スイッチか...」
思っていたよりも小さくて軽く、持ち運びができそうであった。そして何より俺の興味を惹いた部分は、商品本体のそれっぽさだ。このそれっぽさはえも言えぬ説得力をもち、俺にこの商品が本物である旨を真っ直ぐに伝えている。
「なるほど」
俺は付属している説明書を軽く読み、商品の概要を理解した。
自分がやる気を出したいものをイメージしながら、このスイッチを押すと、やる気が出るらしい。
俺は周りを見渡し、目に入ったゲーム機を手に持つ。
「そういえば、あのモンスターまだ倒してなかったよな...」
俺はゲームの電源を入れ、ソフトを起動する。強すぎて挫折し、やることを諦めていた俺は、試しにやる気スイッチを使うことにした。
「ゲームのモンスターを倒す...!」
そう口に出し、イメージしながら、俺はボタンを押した。
瞬間、俺の身体の内から、熱く燃えたぎる何かが現れたのを感じる。
俺にはそれが何か分からなかったが、とにかく現れたのだ。
これを好機とみて、俺はコントローラーを手に持つ。
俺の手は、ひたすらにコントローラーを動かしモンスターを討伐しようと躍起になっている。何度負けても、何度失敗しても、俺はひたすらにゲームをし続けた。
――――――
何時間たったであろうか、やり始めた時は昼間であったはずなのに、気がつけばそれは赤く染っている。
壁掛け時計の時間を見ると、既に17時を過ぎていた。
「まじか......俺...倒してる...。」
ゲームの画面を見ると、ゲームのキャラが嬉しそうに倒れたモンスターの横にたっている。
「うそだろ...まじかよ...まじかよ....まじかよ!!!!」
その時の俺の喜びは、どんな時よりも大きかった。
モンスターを倒したことではなく、本物のやる気スイッチを手に入れたことに。
生憎、モンスターを倒すまでの過程はほとんど覚えていなかったが、むしろそれが、強大な力で軽く暴走してしまった少年漫画の主人公のように写り、より俺を興奮させた。
これで俺の人生は救われる。ただだらしなく生きてきた俺の人生が、このスイッチひとつで救われる。
「となると次は....」
俺は、リュックを見つめる。
「学校の課題を終わらせたい!!!」
そう叫び、イメージし、ボタンを押す。
再び、俺の中には熱く燃えたぎる何かが現れる。
「きた...!きたきたきた!!!この感覚だ!」
俺はリュックな飛びつき、乱雑にファスナーを空け課題を取り出す。
そして再び数時間が経った頃であろうか。
「――ぇ...」
「―――ねぇ...」
「――――ねぇってば!!聞いてるの?」
親の呼ぶ声でハッと気がつく。手元にあるスマホの時計を見ると、時刻は既に19時を過ぎていた。
「あんたねぇ、宿題に集中するのはいいんだけど、もっと早く反応してくれないと困るんだけど?」
「あはは、ごめんごめん。いつにもなくやる気でさ、全然気が付かなかったよ」
「まったく...ほら、ご飯できてるからささっと来なさい。」
「へーい...」
立ち上がりリビングへ向かおうとした時、自分の机の上を見ると、そこには完璧に終わってる宿題があった。
「やっぱりこれは本物だ」そう俺に確信させた。
変われる。これで俺も変われるんだ。今まで何もせずにきたが、これでいくらでもやる気が出てくる。俺は変われる。
食事後、俺は部屋に戻りやりたいことを考える。しかし、特段やるべき事はなかったため、先程やっていたゲームの全クリを宣言する。
「ゲームの全クリする!」
そう宣言し、イメージする。良く考えれば、別に宣言する必要はないのだが、そうすることでよりやる気が出る気がするのだ。
そんなことを思っていると、やはり、身体の中に熱く燃えたぎる何かが現れる。
「きた!」そう思い、俺はゲーム機を手に取る。俺は既に、この感覚の虜になっていた。
気がつくと、朝日が昇っていた。いや、朝日では無い。真南に登る太陽は、大きな影を作らず、満遍なく俺の世界を照らしている。
「嘘だろ...」
どうやら俺は、一日中ゲームをしていたようだ。ゲームの画面を見ると、感動的なBGMと共に、クレジットが流れている。
その画面を見ると、途端に倦怠感に襲われ、俺は布団に伏し眠ってしまった。
起きた時には、若干空に色が残っている程度の時間であった。そのことに驚きながらも、今日は日曜日であるのに、時間を大いに無駄にしたことに後悔する。
「いや...まじかよ...さすがにここまでとは思ってなかったわ...でも...いい...」
何故いいと思えるのか、それは、どんなに授業がだるくなろうと、やる気スイッチさえあれば俺は一日を乗り越えられるからだ。それに、時間を大いに無駄にしたと言ったが、普段から大して生産性のあることをしている訳では無い上、ゲームの全クリまで出来ているので、考え方によっては普段より生産性のあることをしていると気がついたからだ。
「あら、ようやく起きた。」
親に声をかけられる
「ああ、おはよう。いや〜、つい徹夜でゲームやっちゃってさ...」
「明日の学校に響いたらどうするつもりなの?」
「大丈夫だよ、絶対にね」
「本当に...?まぁあんたがそう言うならいいんだけどさぁ...」
リビングでご飯を食べた後、俺は風呂に入り、寝室に戻る。そして宣言し、イメージする。
「明日の7時まで起きる!」
そしてスイッチを押す。
身体の中に現れる熱く燃えたぎる何か。ああ、心地よい。まだボタンを買ってから一日程度しか経っていないのに、俺は既にこのボタンの虜になっていた。
そこから俺は、丁寧に布団に入り、目を閉じる。
――――――翌日
朝7時、俺は起きていた。
そう、起きていた、起きていたのだ。
俺は鏡を見る。全く乱れていない髪、目の下にまとわりつくくま、放心状態の顔。俺は起きていた。7時までずっと。昨日の夜寝ようとしたあの時間から。
フラフラの身体のまま、俺は起き上がろうとする。しかし、起き上がれないい。普段からオールなんてしない為、体が自分に追いついていない。
目の前がぼやける、クラクラする。オールになれている人なら、この程度どうってこともないのだろうが、かなりキツイ。
どうするべきかと思っていた時、視界にやる気スイッチが見えた。
「立ち上がる...」
そう宣言し、イメージする。ボタンを押した瞬間に体の中で熱く燃えたぎる何かが現れる。
今だ...!と思い、立ち上がろうとする。
立ち上がった。しかし、その瞬間、熱く燃えたぎる何かは消え去る。その瞬間、また立ちくらみに耐えられなくなり、布団に倒れ込む。
今の宣言じゃだめだと思い、俺は別の宣言をする。
「しっかり準備して...教室まで行く...!」
手を伸ばし、ボタンを押す。
再び、熱く燃えたぎる何かが現れる。この感覚に安心感すら覚える。フラフラになりながらも立ち上がり、準備する。
意識が戻ると、教室に着いていた。外の風を浴びたおかげか、幾分か眠気もマシになっていた。しかし、教室の様子が何やらおかしい。家から学校までなら、そこまで時間がかからないはずなのに、既に一校時が終わりに近づいていた。
その事実に気が着いた瞬間、身体中が疲労に襲われる。しかし、その疲労は、睡眠不足から来るようなものではなく、体育のあとのような、運動をした後にくる感覚に近かった。
先生は驚き、俺に向かっていう。
「お前、どうしたんだ...?普段遅刻なんてしないのに...」
何故俺は学校に遅れたんだろう。自分でも分からなかった。クラスメイトからの視線が、俺の疲れた体に突き刺さる。
「あ、はい...ごめんなさい...」
「寝坊でもしたのか?」
「いえ、その...寝坊はしてません...」
嘘は付いていない。
「遅刻届けちゃんと書いてこい」
「はい...」
重い足を引きずるように、教室にカバンを置いた俺は職員室に遅刻カードをもらいにいく。その道中、なぜ俺が遅刻したのかを考える。
ボタンを押したあと、少しの間意識は飛んでしまう。
―――過集中、というものなのだろうか。本気で何かに取り組んでいたりすると、終わった時にその時の記憶があまり残っていない。きっと、このスイッチを使用した時も同じ感覚になるのだろう。
それはともかく、俺は今日の登校中に何が起きたかを考える。寝不足でまともに思考できないが、1つ思いつくものがあった。
俺はスマホを取りだし、自分の家からこの学校までの距離を調べる。電車だと約30分、そして歩きだと――――
やはりそうだ。
そのことに気がついた瞬間、俺の体は震え膝を着いた。
俺はどうするべきだ。俺には、この強大すぎる力を持ったボタンを制御することは出来ない。
「せっかく変われると思ったのに」
意識せずに、俺はぽつりと呟いた。
教室まで戻るのが辛い、しんどい、諦めたい。今まで遅刻なんてしてこなかったのに、ボタンのせいで俺は遅刻してしまった。ボタンのせいで、俺の体は無理をしてしまった。ボタンのせいでボタンのせいでボタンのせいで――――――
いつのも他責思考に支配される。この何日かは、ボタンのおかげで溢れてこなかったこの思考が、溜め込まれたダムのように一気に放出される。そうだ、俺は悪くない、俺が悪いのではなく、全部ボタンが悪い。
そう思いながら、俺は重い足を引きずりながら教室に戻った。
一校時の終わりに学校に着いていたため、教室に戻った時は、まだ休み時間であった。相変わらずクラスの中は騒がしい。この騒がしさをどうにかする方法はないのか、この騒がしさを俺から取り除く方法はないのか。どうして人を殺めてはならないのか、いや、
俺はボタンを取り出して、想像する、やりたいことを、イメージする、頭の中により具体的により鮮明に思い浮かべて、人差し指を動かそうとした。だが、俺は指をとめた。俺は他責思考な自分が大嫌いだった。変わりたいと常に願っていた。このままボタンを押してしまえば、俺は変われない。ずっと受け身のままだった俺は変わることが出来ない。なら、俺が願うべきことは
『人生最後のその日まで、俺が常にやる気に溢れている』
人差し指が押し込んだ瞬間、俺の中に熱く燃えたぎる何かが現れた。
その日俺は、一線を越えた。
もしやる気スイッチを手に入れたら、どう使いますか?