冒険者+5:おっさんと虹鉱石(2)
私は周囲の者の衣服などを調べてみた。
すると驚いたよ。この辺りに倒れている者達のギルド紋。
それは見覚えのあるものばかりだったから。
「驚いたな。この辺りの冒険者……皆、金・プラチナレベルのギルド。またはそれと同等の冒険者だぞ?」
勿論、無名レベルの者も多くいる。
だがこれだけの冒険者が全滅するとは、あまりに異常だ。
「そんな……それ程の者達が倒せないボス魔物がいると?――ん? 師匠、ちょっとこれを見てください」
周囲を見ていたクロノが何か気付いた様だ。
私は振り返り、クロノの傍に向かうと、彼はとある遺体を見ていた。
「どうした。この遺体に何かあるのか?」
「えぇ、ここを見てください。明らかに魔物からではなく、武器による傷跡ですよ」
クロノがしゃがみながら示す傷跡。
血の色に隠れ、魔物からの傷にしては小さく、けれど確実な剣やナイフによる傷跡だった。
それを見て、私はようやくこの惨状の理由を理解した。
だがそれは馬鹿馬鹿しいにも程があり、私は頭痛を覚えた。
「分かったぞ……《《殺し合った》》んだ。人同士で。この場所は広いから、きっと多くの冒険者が鉢合わせした筈だ」
「まさか……それで虹鉱石を取られまいと、やり合ったというんですか!? しかし、ここはダンジョンですよ! そんな事しても――」
「クロノ、お前も分かる筈だ。虹鉱石はそれ程までに価値がある。しかも『蒼月華』と違って、環境は敵じゃない。《《もしかして》》……そんな期待を抱いてきた連中だ。周りが邪魔で仕方なかった筈だ」
「何てことだ……あまりに馬鹿らしい。馬鹿すぎる!」
クロノは呆れを通り越して怒りの感情を見せた。
だが気持ちは分かる。
まだ見つけてもいない。場合によっては無いかもしれない代物の為に争ったんだからな。
「そんな連中が来ている。さっきの暗殺ギルドも納得だ。――かなりの大乱戦だった筈だ。魔物も刺激されて、きっとボス魔物が姿を見せたんだ」
「その結果がこれですか……全滅とは。自業自得、因果応報、ここに極まるか」
「……覚えておけクロノ。人の欲は、自分で蓋をするしか止められない。それはいつでも出来る事だが、敢えてしない連中ばかりなんだ」
「そんな連中がこれですか……哀れとしか言えない。私は本当に師に恵まれましたよ」
クロノはそう言って、遺体の山を見て溜息を吐いた。
それに釣られて私も溜息を吐く。
「そう言われて嬉しいけど……全く、これならきっとボス魔物は怒り心頭だ。厄介な事をしてくれた」
「えぇ。確か……虹鉱石が誕生したダンジョンは、魔物にも影響を及ぼすことが多いんですよね?」
「そうだ。特に普段からマナの影響を強く受けているボス魔物は特にだ。もしかしたら変異している可能性もある」
もしマナの影響で変異していれば、本来のレベルよりも高くなっている筈だ。
ここは危険度7ダンジョン。
ボス魔物のレベルは50ぐらいと思っていたが、最悪60越えも覚悟するべきだな。
「気を付けろクロノ。ボス魔物のレベルは最低で60かもしれん。しかも人と戦った以上、間違いなく見逃さない筈だ」
「分かりました。最初から侮ってはいませんが、これを見たら嫌でも心構えが変わりますよ」
そう言ってクロノは表情を変えた。
真剣な表情が、更に真剣に。
それを見て私は笑ってしまう。
「アハハ……それは流石に固すぎるな。私達は二人だ。ならば互いに背中を任せていれば良いんだ。――頼むぞクロノ」
「!……えぇ、任せてください! 師匠!」
クロノが嬉しそうな表情を見せ、私も思わず嬉しく思えた。
「だが注意はしなければな。もしかしたら生き残りの冒険者もいるかも知れない……出会えば、きっと襲ってくるだろうな」
「いますか? 熟練の冒険者も死んでいるんですよ?」
「ずる賢い奴はどこにでもいる。そんな奴に限って何をしてくるか……だから、そんな奴が生きている事を前提に行くぞ」
「分かりました。任せてください」
私はそう言ってクロノと頷きあうと、血の匂いが充満したその場を急いで跡にした。
♦♦♦♦
あの広い空間を脱した私達は、その先で少し休憩をしてから虹鉱石探索を再開した。
辺りの闇が私達を惑わせる。
同じような分かれ道、もう見慣れてしまった魔物との闘い。
それらを突破しながら私達は、互いに周囲を警戒して先に進んで行った。
奥に行けば行くほど、設置されている松明が減っている。
きっと辿り着いて者がいないんだ。
私が随分と進んだと思った時には、既に設置された松明は一本もなかった。
闇が晴れる事はない。
自身で準備した松明だけで進むが、ここまで来れば目も慣れてくる。
けれど、視界が慣れても私達は慎重さを忘れなかった。
どちらかが焦りそうになれば、互いに肩を触って声を掛け合った。
物音に気付けば、気のせいでも互いに確認した。
風の音、水滴の音ですら私達の緊張を上げてくる。
神経を張り過ぎた代償だが、今はそれぐらいが丁度いいと私とクロノは口にせずとも思った。
壁に触っていると、時折だが虫か何かに触れてビクッとしてしまう。
だが丁度いい。これで良いんだ。
きっと虹鉱石を発見できても、このぐらいの緊張感を維持するべきだ。
「結構進んだな……」
「えぇ、順調ですよ」
こうやって時折、会話を挟んで互いの存在を確認し合う。
緊張感はあっていい。だが安心感も欲しいんだ。
もしかしたら道を間違えたかも。
横道があったかも知れない。そんな不安を消してくれる安心感が。
こういう時に不安は口には出さない。冒険者の鉄則だ。
弟子がいるなら尚更だ。
私を信じて付いて来ている弟子の為、弟子の命の為に私は進む。
積み重ねて得た、この冒険者の経験を使って。
ヒカリゴケを時折だが使うのを忘れずに。
行きだけじゃない。帰りの事も考えて動け。
そして、どれだけの時間が経ったのか分からなくなってきた頃、とうとう私達は分岐点に立った。
――不意に光が差した空間に出たんだ。
「ここは……あぁ、驚いたな」
「光が差した場所があるなんて……」
そこは広い空間だった。
光が差して、そして新鮮な空気が流れている場所だった。
上っているのか、下がっているのか、それすらも分からなかった。
だがどうやら、地下に潜っていた訳ではなく、少し上にも上がっていた様だ。
天井の隙間から差す光と風。
それを受けて私達はフロアの真ん中まで歩き、そして思わず一息――
――殺気。
「クロノ!!――グラビウス!」
「師匠!!――黒のカーテン!」
それは張りに張った緊張と神経の助けだった。
僅かな殺気に気付き、私とクロノは背後へ振り返ってスキルを発動した。
私はグラビウスで重力場を展開し、クロノは周囲の影を利用して魔壁を作った。
そして目の前で落ちるか、クロノの魔壁に当たって落ちる矢の数々。
「誰だ!!」
「姿を見せろ!!」
「――チッ! 流石は最奥に来れる程の冒険者か。気付くとはな」
私達が叫んだ後、少しした後に一人の男が出てきた。
同時にぞろぞろと、数人の冒険者も現れる。
「師匠……連中はもしかして?」
「あぁ、あの場所での生き残りだろうな」
「……正解だ。オレはカース。しがない冒険者だ」
そう言ってバンダナをし、ボーガンを持った男は<カース>と名乗った。
だが名乗った後、彼は矢を装填し、後ろにいる冒険者達も武器を身構えた。
「また始める気か……!」
「せっかく生き残ったのに、何故馬鹿なことを!」
「うっせぇな。当然だろうが、あの『虹鉱石』だぞ? 欠片を持って行っただけでも大金が手に入るんだ。――それで、どうする? 俺達は生き残った組で手を組んだ。お前等はどうする?」
そう言ってボーガンを向けるカース。
冒険者達も剣や斧、杖や弓を身構えて私達の様子を見ている。
「人数は……14人か」
「例え他に隠れていても余裕ですね」
「あぁ、頼むぞクロノ!」
「はい!」
私達は互いに拳をぶつけ合うと、一気に魔力を解放した。
それを見てカース達も思わず後退った。
「っ! こ、こいつ等……上等だ! やっちまえ!!」
彼等も退けぬところだと思ったのだろう。
明らかに怯んでいるが、武器を放さずに向かってきた
「行くぞクロノ!」
「えぇ!」
そんな彼等へ、私達も向かって行く。
さぁ来い。今の私達は加減できないぞ!
 




