冒険者+5:おっさんと虹鉱石(1)
叫び声の木霊が消えた。そして静寂が訪れた。
だが洞窟内からの殺気は消えないし、血の匂いもまだある。
しかも、それを嗅いで興奮した魔物の声だって聞こえてくる。
これは本当に辛いダンジョン攻略になりそうだな。
「師匠、虹鉱石は最奥にあるんでしょうか?」
「大体はその筈なんだが……虹鉱石は、ダンジョンでマナが一番濃い最奥付近で出来る事が多い。だがそうなると、このダンジョンは大変だぞ」
そう言って少し進むと、このダンジョンのギミックが姿を見せた。
目の前に君臨する巨大な三つの穴――分かれ道だ。
「この土竜の口は洞窟系・迷路状のダンジョンだ。こんな枝分かれした道がこれからも出てくる。そんな状況に最奥に行くのは至難の業だな」
「何てことだ。こんなの万が一、魔物の巣などに入ったら面倒ですよ?」
「だから慎重に行かねばな……風魔法・風透視」
私は三つの穴へ風を流した。
そうすることで風の流れを術者が感じ取り、どれが正しいかが分かる。
「……左の道は風が止まった、行き止まりだ。真ん中は深いが同じく行き止まり、しかも何かいる感じだ。きっと魔物の巣だな」
「そうなると、正解は右の道ですか」
「あぁ、その様だ。全く、神経を削るよこれ」
私は肩を落とし、これがまだ序盤だと思うと億劫に感じてしまった。
そんな私の肩をクロノが叩いてくれる。
「まぁ、そう言わず……皆、師匠を信頼しているんですから」
「そうは言うが、私だってそろそろ40だぞ。いい加減、後任育成に力を入れるべきだと思うがな」
40過ぎても同じ扱いなら、私だって怒る自信があるぞ。
けどなぁ弟子達も心配だ。
クロノだって暗殺ギルドに狙われてたし、ミア達もどこか抜けてるし。
やれやれだよ。本当にやれやれだよ。気が休めないって感じだ。
「まっ、この話は終わりだ。先に進もう……入口付近に<ヒカリゴケ>でも塗っておくか」
私はエミックを軽く叩くと、エミックは口からヒカリゴケを吐き出した。
それを受け取り、私は入口へ塗ると、その部分が発光する。
これで帰り道は大丈夫だろう。
まぁ妨害される可能性もあるが、その時はその時だ。
「長くなりそうですね」
「全くだよ。いい加減、ギルド長は自分で依頼を受けて欲しいものだ」
そんな風に愚痴りながら私とクロノは、正解と思われる右の道を進んで行くのだった。
♦♦♦♦
右の道を行くと視界が段々と暗くなってきた。
だから松明を付け、私とクロノは互いを見失わない様、身体のどこかにヒカリゴケを付けた。
これで万が一があっても見失わない筈だ。
それに先に来た冒険者の物だろう。たまに松明が設置されていてありがたい。
「やはり随分と深いダンジョンだ。こりゃ長くなるな」
「はい。昔、師匠と取りに行ったダンジョンの方が楽でしたよ」
そりゃそうだ。もう8年前ぐらい前かな?
あの時は危険度5のダンジョンだったし、私も二十代だったからね。
そりゃ危険度と身体の動きが違うさ。
「懐かしい話だな……ところでクロノ?」
「……はい、分かっています」
私の言葉にクロノが頷くのを確認し、私は松明を床に刺した。
ずっと感じていたんだよ。気配や視線を。
それがここに来て殺気に変わったから、嫌でも気付くさ。
「気を付けろ、クロノ――上だ!!」
私が叫ぶと同時に、一斉に上を見た。
すると目の前に写ったのは黒装束の者達だった。
手に暗器を持っている。恐らく隠密――いやまさか暗殺ギルドか!?
「クロノ! こいつ等――」
「分かっています! 師匠は下がってください! ここは私が――」
クロノはそう言うと魔力を解き放った。
「第一スキル<黒の支配者>!――黒の巣!」
クロノが手を翳した瞬間、周囲の闇が伸び、まるで蜘蛛の巣の様な形状を作り上げた。
クロノは闇――いや黒さえあれば何でも出来るスキルを持っている。
洞窟内は黒だらけ、間違いなく彼の独壇場だろう。
その黒から作り上げた蜘蛛の巣に、襲撃者達は肉体を拘束される。
だが手足が動かずとも、口から針を吹き出してきた。
「おっと――グラビウス!」
私は目の前に重力場を作り、針を全て落とした。
それを見てクロノは襲撃者達の口も塞ぎ、最後は思いっきり縛り上げ、最後は気絶させた。
「驚いたな……まさか暗殺ギルドか?」
「恐らく。隠密ギルドにしては殺意が高い。まさか、こんな所にまで雇う連中がいるとは」
私達は縛られた彼等を見上げながら、そんな会話をした。
きっと商売敵を消す様、依頼した連中がいたんだろうな。
全く、いよいよ面倒になったぞ。
だが仕方ない。虹鉱石は莫大な金が動く。
どんな手を使っても手に入れたい奴等がいる筈だ。
私達は慎重に連中を縛り上げると、急いでその場を跡にした。
♦♦♦♦
「グラビウス――球体重域!!」
『ギャギャ!?』
先に進んだ私達を待っていたのは、今度は魔物達だった。
レベル40――ダーク・バット。コウモリ魔物の上位種だ。
そんな連中を空中で、重力の球を生成して一か所に集めて圧縮した。
そして最後は潰して絶命させると、その場はようやく静かになった。
「これで終わりか……?」
「えぇ、流石ですね師匠」
クロノの方も終わった様だ。
四方八方から伸びた黒いトゲに、串刺しにされたダークバットの姿が見える。
まずは良かった。
私だって今はクロノのレベル67に合わせているから、レベル<72>になっている。
だからそうそう負ける事はない筈だ。
しかしそう思うと、クロノもレベルが随分と上がったな。
「随分と強くなったんじゃないのか、クロノ?」
「えぇ、裏ギルドと暗殺ギルドの事もありましたから、鍛えなおしたんです。実を言うと、今回のも修行のつもりですよ」
「成程な……大したものだ」
今思えばクロノ達だって若い。
それだけ伸びしろがある筈だし、このまま行けばレベル<70>も超えるだろう。
「さて……先に進むか。この先を進めば、少し広い空間に出る筈だ」
その空間に出たら少し休憩しよう。
休める内に休まないとな。
私達は更に先に進み、事前に風透視で確認した広い空間まで出てきた。
だが、私達は鼻が慣れて麻痺していたんだ。
――そう血の匂いに対して。
「なっ! これは……!」
「何があったんだ……!」
広い空間に出た私達を出迎えたのは、文字通り――死体の山だった。
冒険者、魔物、関係ない死体の山だ。
壁も天井にも血の痕跡が残っているし、周囲に切り裂いた様な跡がある。
「うっ! 凄い匂いだ……!」
クロノがマントで顔を覆う。
私もそうしたいが、まずは確認しなければ。
「百……いや魔物も含めれば、死体は二百以上はあるぞ」
死体に近付いて調べてみると皆、切り裂かれたり、両断されたり、貫かれた痕跡が目立った。
「殺害方法は複数だが、多分やったのは1体だ」
「まさか……そうなると師匠、やはりこのダンジョンには」
クロノの言葉に私も頷くしかなかった。
「あぁ間違いない。いるぞ……ボス魔物が」
全く、人の敵は多すぎるよ。
 




