冒険者+5:おっさんと弟子 土竜の口へ
クロノから『虹鉱石』の話を聞いた次の日だ。
私とクロノは『虹鉱石』の発生場所であるダンジョン――『乱淵魔窟・土竜の口』へ向かっている。
足はクロノが用意した馬車だ。
荒れ地の様な場所だから、馬車がよく揺れる。
運転はクロノのギルドメンバーに任せ、私とクロノは『虹鉱石』について話していた。
「しかし、まさか36年の人生で、三回も虹鉱石の発生に立ち会うなんてね」
「確かにそうですね……いつ誕生するか分からない希少鉱石。私も弟子時代に一度だけ、師匠にお付き合いした記憶があります」
あぁ、あったなそんな事も。
あの時は僅かしかなかったが、確かに発生した『虹鉱石』を探しにクロノとダンジョンに行ったっけ。
だがダンジョンの危険度は今回の方が上だ。
注意しないとな。ダンジョンの魔物。そして略奪冒険者にも。
「あの……ギルド長。自分、詳しく知らないんですが、その『虹鉱石』ってそんなに凄いんですか?」
「あぁ、そうか……知らない冒険者からすれば、そんな認識か」
クロノが部下の言葉に気付かされた、みたいな顔をしているな。
だが希少過ぎて知らない者もいるのも仕方ない。
「相場だと1グラムで金貨10枚だ。そして物や質にもよるが1キロで金貨100~1000はくだらない筈だよ」
「き、金貨100!? それか1000!? 家どころか屋敷建ちますよ! っていうか1グラムでも金貨10枚って……それだけでも暫く遊べる!――とんでもない代物なんですね」
私の言葉に心底驚いたようだ。一瞬だけ馬車が揺れたよ。
「だが実際、それでも安いと言われているよ。虹鉱石は文字通り『虹』と言われる鉱物が採れる。虹は観賞用の宝石としてもあり。加工性も高く、世にも珍しい虹色の武器防具も作れる代物だよ」
「しかも丈夫でオリハルコンと並ぶ物質とも呼ばれている。だが大変なのは、その希少性。マナの濃度による変異で生まれる鉱物だ。だから場所が変わるし、いつ誕生するかも分からない」
「同じ所で掘れる訳じゃないって事なんですね」
私とクロノの言葉に、運転手の彼も納得した様だ。
だが今回は、まだマシだろうな。
昔、危険度の低いダンジョンで生まれた時は、冒険者がこぞって来たよ。
そして文字通り《《血を見た》》からね。
「今回は危険度が高いダンジョンだ。きっとハイエナが多くいるだろう。それに入った者も全員が生きて帰れる筈がない」
「それでも依頼は来ましたよ。フレイさんからの手紙に混ぜて、師匠宛にギルド長からの依頼書です」
そう言って苦笑しながらクロノは山の様な依頼書を見せてきて、その内の一通を私に見せた。
『ルイスへ、虹鉱石が出ましたのでお願いします。ジャック・レンド』
あの辺境のギルド長め。
たまには自分で動けっての。いつも大変な仕事を振ってきて。
他にもクロノの依頼書に混ざって、レイ達からの来ているな。
あとは十六夜からもか。全く、勘弁してくれよ。
「全員分、採れると良いんだが……」
「まぁ何とかなりますよ。私と師匠なら」
「……アハハ。確かにな。クロノと一緒の時は高確率で採取が上手く行くからな」
私とクロノはそんな事を言いながら笑い合った。
だがそれでも、私の中の不安は完全に消える事はなかった。
昨日来た連中ですら『虹鉱石』の存在を知っていた。
つまり、それだけ情報が出ているんだ。
自力で取る者、奪う者。
きっと大勢いて『蒼月華』の時とは別の意味で血が流れるだろうな。
「今回は他所の冒険者も敵になりそうだな……」
「えぇ、既に覚悟の上ですよ」
私とクロノはそう言って少し溜息を吐くと、窓の方から車輪に轢かれ、小石が飛んでくる様になってきた。
「そろそろだな」
そう言って私とクロノは降りる準備を始めた。
入口近くで降りる訳にはいかない。
運転手の彼を人質にされる。
その可能性もあるからね。
結果、私達は<土竜の口>から数キロ離れた場所で降りる事にした。
その時にクロノは、運転手のギルドメンバーに隠れている様に念押ししていたし、クロノも分かっているようだ。
今回の敵は人――その可能性が遥かに高い事に。
♦♦♦♦
歩いて1時間ちょい。
私達は<土竜の口>と呼ばれる、洞窟ダンジョンの入口の前に立っていた。
「……クロノ」
「はい。分かっています」
『――』
クロノも分かっている様だ。エミックですら今回は笑っていない。
理由はある。嫌でも感じる殺気のせいだ。
奪う為に隠れている者、堂々と姿を見せている者。
仲間の帰りを待っている者もいる。
だが、誰もが周囲を牽制する素振りを見せている。
そうなんだ。入口ですら既に人の殺気が溢れているんだよ。
「やれやれだな。無事に回収できても、もう一仕事あるぞこれは」
「問題ないですよ。師匠と私なら」
そう言うクロノを見ると、彼は余裕そうに笑っていた。
全く、頼りになる弟子を持ったよ。
「頼りしてるぞクロノ。――さぁ行こうか」
「えぇ!」
そう言って私達は目の前にある、巨大な洞窟の穴へと入って行った。
――そしてすぐに気付いた。
「っ! これは……!」
「凄い血の匂いだ……!」
外の空気と違う匂いに、思わず私達は顔を歪ませてしまう。
吐き気を催す血の匂い。人と魔物、どちらのなんて関係ない。
挙句の果てには――
『ギャアァァァァァ!!! だ、誰か助けてぇぇぇ!!! 助けっ――』
洞窟内から聞こえてきた悲鳴、断末魔。
それだけでもダンジョン内が地獄である事が分かる。
「始まっているか……!」
それを聞いただけで、私はブレードを展開した。
クロノもすぐにスキルを使える様、全身から魔力が溢れていた。
さぁ、行くぞ。地獄へ虹探しに。




