冒険者+5:神話領域・世界樹の迷宮
小人になった様な気分だ。
それだけ周囲の木々は大きく、明らかに常識のスケールを超えていた。
「でっけぇ……!」
『グオォォン!』
ミアが思わず口に出し、ベヒーは嬉しそうに鳴いている。
私だって始めてきた時は、二人と同じく驚き、ワクワクしたものだ。
この大自然。人間界では絶対に見れないな。
それだけ綺麗で純度の高いマナが多い証拠で、エルフの薬草や野菜の質は高くて有名だ。
しかし今はそんな話じゃない。
離れた場所では煙が上がって、エルフ族と思われる叫び声や攻撃音が聞こえてくる。
「急いだ方が良さそうだ」
「はい。私達が案内しますので、どうか付いて来て下さい」
ルナリアの言葉に私達は頷いた。
そして彼女達の後ろを走りながら時折、木々の同じ光景で迷っている様な錯覚に襲われながらも、なんとか付いて行く。
そんな時だった。
私達の耳に、場違いな羽音が聞こえてきた。
「これは、虫の羽音か?」
「しかも大きい個体ですよ」
「そんな……そんな魔物、このダンジョンにいません」
ルナリアはそう言うが、この音は間違いなく羽音だ。
しかも近付いて来ているぞ。すぐ傍――否。
「上だ!!」
私は音の場所に気付き、上を向いた。
するとそこには、巨大な蜂型魔物が飛んでいた。
「なっ! おいあれって!?」
「デュエル・ビー……危険度7以上の森にいる魔物」
ミアとレイが指を差してそう言うと同時に、私達は身構えた。
ルナリア達も弓を構えるが、その表情は落ち着いていない。
「そんな……この様な魔物。世界樹には……!」
「連れて来たんだろうな……その元凶が」
私はルナリア達を落ち着かせる為に、そう言った。
だが、そうなると厄介な話でもある。
デュエル・ビーは、蜂なのに集団行動しない珍しい蜂だ。
レベルだって<50>はある。
そうなると敵は、簡単にこんな魔物を使役する高い技術力もあるって事だ。
「厄介だな……」
私がそう言った瞬間だった。
私達が空のデュエル・ビーに意識を向けていたが、突如、目の前の側面から巨大な巨人――ゴーレムが現れた。
「なっ! これはウッド・ゴーレムか!」
「しかも完成度高い……敵は魔法の練度も高いと思う」
クロノが叫び、レイが冷静に敵を判断していた。
魔法使いの練度は、ゴーレムを作らせれば分かると聞く。
私ですら感心する洗礼された人型ゴーレムだ。
しかも材料は周辺の木々だろう。
世界樹のマナを吸っている木材からのゴーレムだからこそ、奴からは凄い魔力を感じるぞ。
レベルは見た限りでは<66>か。
私達より二回り以上大きくて、このレベルでは脅威だ。
だが、今回は私達だけじゃないぞ。
「ベヒー!!」
『グオォォン!!』
私の言葉にベヒーは反応し、察したのだろう。
ベヒーはウッドゴーレムへ突撃し、ウッドゴーレムも真っ正面から迎え撃つ様に両腕でベヒーを受け止めた。
『グオォォン!!』
『オォォォォォン!!』
両者の声が周囲へ木霊する。
これはモンスタースタジアムよりも大迫力だぞ。
そんな事を私が思っていると、クロノが私へ必死に声を掛けてきた。
「師匠! 前です前!!」
「えっ?――あっ、そうだデュエル・ビー!?」
しまった。大迫力に目を奪われて忘れていた。
私はクロノの言葉を聞いて、すぐに上空を見た。
そこではまさに今、デュエル・ビーが私達へお尻の針を向けているところだった。
「させません! 撃て!!」
ルナリアの言葉にエルフ族達が矢を放つが、デュエル・ビーはその巨体に似合わない速度で左右に避けている。
そして攻撃が止んだ瞬間、奴は針から毒を拡散して私達へ放ってきた。
「そうはさせるか! グラビウス――大地の掟!!」
私は前方に重力場を作り、毒が私達へ届く前に地面へと落とした。
そして、そのまま重力場にデュエル・ビーを巻き込ませ、奴は必死に抗うが、動きは確かに止まった。
「今だ! やれ!――グラビウス解除!」
私はクロノ達に攻撃を頼み、タイミングを合わせて魔法を解除。
そこへクロノ達が一斉に攻撃を放った。
「黒絵――黒熊!」
「獣王脚!!」
クロノが黒い巨大な熊を出現させ、デュエル・ビーを抑えた。
そこへミアが強烈な蹴りを放ち、衝撃でデュエル・ビーは地面へ叩きつけられる。
その瞬間を狙い、ルナリアとレイが追撃した。
「エルフの矢――宿り木!」
「赤き眠り、紅蓮の咆哮、今ここに解き放て――火竜!」
ルナリアが放ったのは一本の矢。
その矢が当たった瞬間、デュエル・ビーの身体から蔓が伸びて拘束する。
そこへレイの放った火炎魔法が、デュエル・ビーを包み込んだ時だった。
私達の背後からベヒーの咆哮が聞こえてきた。
『グオォォン!!!』
ベヒーは未だにウッドゴーレムと押し合いを繰り広げていたが、エミックが私の腰から降りて、ベヒーの尻を一発引っ叩いた。
その光景は気合を入れろよと、喝を入れているようで、ベヒーもその一撃を受けた瞬間、目つきが変わった。
『グオォォン!!!』
「おぉぉ!!」
そこから私達も声を出してしまう程に見事なものだった。
ベヒーは角で上手くウッドゴーレムを捉えると、そのまま転ばす様に吹き飛ばした。
そしてウッドゴーレムは、そのまま燃え上がるデュエル・ビーとぶつかり、共に炎上し、その動きを止めた。
その光景を見て、私は安心して呼吸を整えた。
「ふぅ……流石に、この面子なら楽が出来たな。私一人だったら苦戦していた」
「流石に一緒に来てまで、師匠一人に押し付ける気はありませんよ」
「そうだぜ。今回はセンセイに楽させてやるからよ」
「みんなでレイに楽させてぇ~」
やれやれレイはともかく、いつの間にか弟子達は成長していた様だ。
立派になったと思ったけど、まさかまだまだ上に行っているとはね。
「みんな、良くやってくれたさ。ベヒーもありがとう」
『グオォォン』
私はベヒーを撫でて上げると、ベヒーは嬉しそうな声をあげる。
そして、そんな私達をエルフ族の人達は驚いた顔で見ていた。
「あれ程の魔物とゴーレムを一瞬で……」
「本当に人族なのですか?」
「これ、失礼ですよ。しかし、驚きました。あの時よりも腕を上げたのですね」
ルナリアは驚いた様子で、そう言うと、彼女の言葉に私も頷いた。
「色々とありましてね。中々、楽が出来ないんですよ」
あの後からだな。まさか始高天なんて連中と戦う事になったのは。
――過労死するんじゃないのか、私は。
「突然死だけは勘弁してほしいかな……」
「大丈夫、師匠……その時は師匠の財産、もらってあげる」
とんでもない言葉もあるものだ。
レイ、お前だけだよ。多分、今後が心配なのは。
「しかし、流石は世界樹のお膝元……マナが豊富で疲れがないな」
「それは感じました。初めて来たダンジョンですが、迷う事もないですし、魔力もすぐに回復して助かります」
私とクロノがそんな話をすると、クロノの言葉にルナリアが反応した。
「それは私達エルフ族が案内しているからですよ? 案内人がいなければ、世界樹の迷宮の名の通り、そのまま遭難するのが普通なのです」
「たまにですが、不法侵入者の亡骸も見る程ですからね」
あぁ、確か8年前もそんな事を言われたな。
その処理もエルフ族がしていたり、不法侵入者の大半が人族だから迷惑だとか。
確かに人身売買は無くなったとはいえ、そんな事ばかりならエルフ族からの印象も悪い筈だ。
ルナリアは大丈夫だが、後ろの数名は未だに私達へ懐疑的な目線を向けているからね。
彼女達の信頼の為、早く解決してあげないと。
「……アハハ。さて、行こうか」
私がそう言って話を終わらせると、再び私達は世界樹へと走り始めた。
そして同時に強くなってくる力に、私の表情は険しくなる。
――近付いているな。この事件の元凶に。
凄い威圧感だ。もしかしたらノア以来かもしれないぞ。
私は無意識に息を呑みながら、世界樹から目を離せなかった。
 




