冒険者+5:ダンジョン探索終了
骸の王を撃破した私達は、その後、ゆっくりと船内の探索を始めた。
ボス魔物を倒した事で、ゴースト達が大人しくなったのも大きい。
だが、やはり宝らしい物はなかった。
良くて私達よりも先に入ったであろう骸――の持つ錆びた装備ぐらいだ。
残念ながら、そんな物に興味はない。
私は墓荒らしじゃないからね。
――だから、事前通りに十六夜のお父さんの亡骸だけを回収した。
エミリアも、彼女の仲間も埋葬する様に慎重、丁寧に運んでくれて私も、そして十六夜も感謝していたよ。
そしてエミリアの船内に戻ると、念の為に置かれていた棺へ十六夜と共に納めた。
これでようやく眠りにつける筈だ。
ゴースト達の相手は騒がしくて、大変そうだからね。
こうして私達の幽霊船探索は終わった。
財宝――は無かったが、少なくとも依頼主の目的は見付かった。
「さぁ、この幽霊船を海へ帰すよ」
私の言葉に十六夜とエミリア達が頷き、それを確認した後に私は笛を吹いた。
今度は悲しみを表現する様な曲だ。
これが船を帰す為の曲。
それを吹いていると、幽霊船――ダンジョン名:玲瓏呪域・死霊廻船は、ゆっくりと動き出す。
そして再び、汚れたマナに溢れた海へと消えていった。
♦♦♦♦
その日の夜は海の上――エミリアの船で宴会だった。
どうやら、ダンジョン攻略や依頼を終えたら、宴をするのが彼女達の決まりの様だ。
肉、魚や野菜。足の速い果実も大量に出して、皆で食事や酒を大いに食べて飲んだ。
十六夜は少し圧倒されていたが、見ている限りではしっかりと食事を取れているようだ。
――やはり強いな。きっと、そうじゃないと生き残れなかったからだろうけど、それでも彼女は強い。
私はそう思いながら、一旦立ち上がった。ちょっと疲れたんだ。
そして騒がしい会場を後にし、外に出て夜風に当たる事にした。
「ふぅ……宴会が疲れるようになるなんて、やっぱり歳だな」
夜風に当たりながら、月に照らされた海を眺め、私はそんな事を言った時だった。
後ろからクスクスと、小さな笑い声が聞こえてきた。
「フフッ……まだ、その様な年齢ではないでしょうに。貴方様は、まだまだ現役です」
「十六夜! もう、良いのかい? 食事や……お父さんの事」
「……えぇ、どちらも、もう十分です」
そう言って彼女は私の隣に立ち、一緒に海を眺め始める。
元々、彼女は美しい。だから月明かりに照らされると随分と絵になる。
私もつい見惚れてしまったぐらいだ。
「見惚れていましたか?」
「えっ!? お、おいおい……勘弁してくれ」
突然、私へ振り向き、十六夜は子供の様に楽しそうな笑みを浮かべた。
まるで掌の上だな。ちょっと恥ずかしい。
「フフッ……冗談です。――今回は本当にありがとうございました。貴方様達のお陰で、父を見つける事ができました。運良く見つかっても、それは宝石の欠片だけだと思ってましたが……まさか父も見つかるなんて」
「君が何で私に依頼したのか、今なら分かる。確かに、あのダンジョンに付いて行く物好きは私や弟子ぐらいだ。それと腕が立ち、君の信頼を得られた者。――どうやら、私はお眼鏡に叶った様だね」
「人を見る目……それは真っ先に鍛えましたからね。汚いだけの人間、利用できる人間、裏切る人間。そんな者が多くいましたが、貴方様は真っ白に眩しかった」
不思議な事を言うなぁ。
36歳にもなったら、自分の好きな事も中々出来ない。
そんな時間に縛られたおっさんに、そんな事を言ってくれるなんてね。
「それに、貴方様は……この父の形見だけではなく、父も回収する様に言ってくれた。その当然の様な行動で、貴方様の優しさが伝わった」
「冒険者になるとね、遺体も残らない、見つからない事も増える。だから尚更……見つかったなら、連れ戻してあげたかった。私の我儘さ」
「その我儘に私は救われた……ありがとうございます」
彼女はそう言って頭を下げた。
そして頭を上げると、ゆっくりと私に近付いて来る。
なんだろう。何か言いたいのかな?
「一緒に月でも見るかい?」
「……」
彼女は黙ったままだ。
私も、もっとマシな言葉がないのかと少し情けなかった。
私がそんなことを思っていると、十六夜は不意に背中に回って、そのまま抱き着いてきた。
「えっ……えっと、どうしたんだい?」
この状態は結構危ない思うよ。
若い女性の――色々がおっさんの背中に当たっている。それは危ない。
私は石の様に身体が固くなってしまうが、何とか止めようと彼女へ何か言おうとした。
だがそれよりも先に十六夜の方が口を開いた。
「本来、私がこんな事をすれば……並みの男は、私を押し倒し、服を剥ぎ取って襲い掛かったでしょう。――けれど、貴方様にはそんな雰囲気は感じない。ただただ安心する」
「それは男だからではなく獣だからさ。自身を制御できない……ダンジョンで真っ先死ぬタイプだよ。さて十六夜、そろそろ止め――」
「――《《お慕いしております》》」
「……えっ」
――えっ。今なんて? 聞き違い……するほど難聴ではない。間違いなく聞いたぞ。
「冗談……で言っていい事じゃないよ」
「本当に、冗談で言うと思いますか? 裏ギルドの一角『魔天の桜月』ギルド長。――<夜天の女王>と呼ばれた女の言葉。決して冗談は言いません」
何てことだ。しかし、なんでそうなった。
俺だって今一彼女の事を良く知らないぞ。
断るか。いや断る程じゃない。多少の好意はある筈だ。
じゃあ受けるか。いや受ける程の関係性じゃない。
「えっと……その……なんて言えば良いか……!」
私は何とか言葉を考えた。何故か、脳裏でフレイちゃんが笑っているのが怖い。
どうしたものか。私は必死で考えていると、やがて十六夜は勝手に離れてくれた。
「答えは、いつでも待っております。ただ、もし断るなら……一つお願いがございます」
「えっと……なんだい?」
「その時はせめて……同じ棺に入れて欲しい。それだけです」
「……」
彼女はそう言って宴会へと戻っていった。
私も、十六夜の最後の言葉を聞いて、半端な返事は駄目だと自覚した。
――こうして幽霊船の攻略は終了した。最後に、色々とあったけどな。
♦♦♦♦
次の日、同じ船着き場で、私と十六夜はエミリアと別れた。
彼女に十六夜は報酬を払うと言ったが、エミリアはそれを断った。
「楽しかったから良いさ! その代わり、カジノに行った時にサービスしてくれ!」
そう言ってエミリアは海へと去っていった。
私と十六夜に、これでもかと手を振りながら。
その後、私達は馬車に乗って王都へと戻ると、彼女の部下達が待っていてくれた。
そして十六夜は、そのまま部下と共に去っていった。部下と共に、私へ一礼しながら。
――因みにだが、私も報酬は断った。
「君から時間を貰ったんだ。なのに、それ以上に要求するのは贅沢さ」
そう言うと十六夜は最初は分かってなかったが、最後は理解したのだろう。
顔を真っ赤にして、小走りで去ってしまう。
『~~♪』
そんな私達を見て、エミックだけが笑っていた。
 




