冒険者+5:いざ幽霊船へ
エミリアの船で一泊した次の日。
私達、目的地のダンジョン船のある海域に辿り着いていた。
「久し振りに来たが……相変わらず嫌な場所だ」
その場所は――海として死んでいた。
船の残骸、腐った生き物の匂い。
清々しい潮の香なんて皆無だ。
嘗て、この海域では事故が多く、その結果、汚れたマナが多く漂った結果がこれだ。
エルフですら諦めた負の海域――ダンジョン船・玲瓏呪域・死霊廻船を生んだ場所だ。
他の乗組員も嫌な顔をしている。
十六夜も平常を装っているが、僅かに唇が震えているのが分かる。
実際に平常心を保っているのは私とエミリアぐらいか。
「この海域に……例のダンジョン船があるのですか」
「そうだよ。ゴースト系の魔物の巣窟……対策無しでは生きては帰れず、下手に海域に入っても死ぬだけの場所。万全の準備をしなければ危険度9のダンジョンさ」
私がそう言うと、十六夜は少し驚いた表情を浮かべた。
「その言い方では、まるで簡単に出来る方法があると聞こえますが?」
「あるよ……それは、この笛さ」
私は道具入れから一つの笛を出した。
これ自体は、どこでも買える安い笛だ。
だが、このダンジョン船攻略には帰還を考えても五体満足の船がいる。
ならば、このガリオン船でも海域に入るのは避けたい。その為の笛だ。
「このダンジョン船は嘗て、ある国の出身らしくてね。その国に関連する曲を奏でると……勝手に向こうからやってくるんだよ」
「そうそう。だから海域に入らずに、その船を呼べるんだよ。海域を突破しなきゃ、危険度は6、7ぐらいじゃないかい?」
「どの道、油断はするなよ……さぁて吹くぞ?」
私は横笛の吹き口に顔を近付けると、周囲の者達が息を呑む音が聞こえた。
全く、こっちも緊張するよ。
そんな事を思いながら私は、笛を吹き始めた。
最初、このダンジョン船に入る為、練習しまくったから慣れたものだ。
私は迷いなく笛を奏でる。
透き通る、けれど心に強く響く曲だ。
この曲を聴いていると、不思議と涙が出そうになる。
周辺のマナや、死者達に影響されているのかもしれない。
そして私が吹き終えて、周りを見ると十六夜の目から涙が流れていた。
「……十六夜」
「大丈夫です……不思議ですね。他愛もない曲に聞こえるのに、何故か涙が流れてしまいます」
「それだけ、この海域には強い想いのある曲なんだろうな。――さぁ、お待ちかねだ」
表情を若干だが強張らせるエミリア。彼女の視線の先には巨大な船があった。
ゆっくりと、だが確かにこちらへ近付いてくるボロボロの船。
「来た……玲瓏呪域・死霊廻船だ」
カビなのか、腐っているからか。
理由は分からないが、真っ黒に染まったダンジョン船の姿に私も息を呑む。
――この心臓を鷲掴みにされた様な感覚、慣れないな。
船が近付くに増して汚れたマナが濃くなっていく。
そしてダンジョン船は、誰もいない筈なのに綺麗にエミリアの船に横付けしてくる。
「さぁ行くか……!」
「お願い致します。ダンジョンマスター様」
「じゃあ、あたしも行ってくるから。お前達! 船を頼んだよ!」
「はい!」
入るのは私と十六夜とエミリアの三人だ。
十六夜は暗器の確認し、エミリアは仲間達へ船の安全を頼んでいる。
『~~♪』
「全く、お前は好きそうだな。こういう場所」
のんびりしているのはエミックだけだ。
まぁ幽霊と似た様なものか。そう思っていると、エミックから背中を叩かれた。
「じゃあ行こうか先生! 裏ギルド!」
エミリアはそう言って船との間に、渡りの板を置いて橋を作った。
そこを渡っていき、私達はダンジョン船の中へと入っていった。
♦♦♦♦
船の上に出た私達を出迎えたのは、悪い意味で別世界だった。
腐った樽。壊れた箱。普通にある人骨に、ボロボロの衣服だった布切れが散乱としていた。
風の音だと思いたいが、時折、まるで断末魔の様な音も聞こえてくる。
――やはりマナの汚れが一段と増したな。今の内に渡しておくか。
私はマナの汚れから察して、ゴースト系の魔物の存在を確信した。
そう思って私は道具入れから、せいすいの入った瓶を取り出して幾つかを十六夜とエミリアに差し出す。
「今の内に渡しておくよ。せいすい……これがあればゴースト系は避けてくるし、武器に浴びせればゴースト系魔物も倒せるんだ」
「へぇ~そうなんだ」
「そうなんだって……弟子には全員、教えたはずだぞエミリア?」
「ま、まぁ良いじゃないか……あんまりゴースト系って出会わないしさ!」
私は少し能天気なエミリアに溜息を吐いた。
こういうところがあるから心配なんだよ。
――やれやれ、やっぱり引退できそうにないかな。
心配性と言われても仕方ない。
だがエミリアといいクロノと言い、やっぱり心配だ。
私はそう思いながら彼女達にせいすいの瓶を幾つか渡すと、エミリアは早速一つをカトラスに浴びせていた。
それを見て、十六夜も使い方が分かったのだろう。
少し頷きながら瓶の蓋を開けていた。
「なるほど、そうやって使うのですか……なら――」
十六夜はそう言うと服をガサゴソとめくり、色んな所から暗器を取り出し始めた。
いやいや、見えちゃうぞ。見せてはいけない所まで見えちゃうぞ。
えっ、そんな所にまで。
私は思わず十六夜の、あられもない姿につい凝視しまった。
そして案の定、彼女も視線に気付いたのか、挑発する様な顔で笑っていた。
「あらあらぁ……そんな風に見られると、私も恥ずかしいというものです。――ですが、依頼の報酬を決めていませんでしたね。ならば、報酬は私で如何ですか? 悪い、と・の・が・た?」
「あぁ!! 違うんだ! つい! つい見ちゃったんだ!!」
私はダンジョン船の上なのに、つい土下座をした。
あぁ恨むは男の性だ。申し訳ない事をしてしまったよ。
私はそうやって必死に土下座をしていると、頭の上からクスクスと笑う十六夜の声が聞こえてきた。
「冗談です。寧ろ、見られる為の服装ですから。見られて油断を誘う……逆に見られないと自信を失うというものです。――しかし、安心しました。やはりダンジョンマスター様も男なのですね」
「本当にすみません」
「アハハハハ! まぁしゃあないね。先生だって男なんだからさ」
笑いながら許してくれる彼女達。
軽蔑もしない弟子に私は救われる気分だ。
「あぁ……エミリアを始め弟子達は皆、美人だけど、やっぱり慣れないものだ」
私がそう言うとエミリアは顔を赤くし、照れた様に顔を赤く染めていた。
「も、もう! 何を言うんだい先生は! あ、あたしは別に美人じゃ――もう! 弟子をからかうなって!」
「うげぇ!?」
私はエミリアへ思いっきり背中を叩かれ、油断して吹っ飛んでしまった。
腐った樽や壊れた箱を崩して突っ込んだ私に、エミリアの慌てる声が聞こえてくる。
「あぁ!? す、すまない先生! あたしとした事が――」
「い、いや……大丈夫だ。私もすまない――」
私はエミリアに謝りながら顔を上げた。
――瞬間、《《霊体の骸》》と目があった。
『ケケケケッ!!』
「うおっ! 出た<スピリッター>だ!?」
それはゴースト系魔物のスピリッターだった。
青白い光で浮く姿で不気味に笑っている。確かレベルは<38>だったな。
しかも一体出たら次々とスピリッター達は姿を現してくる。
そして一部は、転がっている骸に憑依し、骨の盾と剣を持った<骸兵>となって立ち上がってきた。
「これがゴースト系魔物ですか……」
「よっしゃ! 海の女を嘗めんじゃないよ!」
「気を付けろよ二人共!――来るぞ!」
その言葉を発端に、ゴースト系魔物達は一斉に私達へとかかってきた。
 




