冒険者+5:依頼を受ける
「これは……王国内から集められた精鋭のみの騎士団。その副団長と言えば<黄昏のエリア>殿では? あなたの神速の剣技は、辺境にも届いておりますよ」
「そんな畏まらないで下さい。今の我々は、ただの依頼人です。下手な特別扱いは無用です」
あのギルド長相手に、凛とした態度を崩さないとは。
彼女、お飾りじゃないな。
本当に修羅場を潜っている者の佇まいだ。
流石は王国――<アスカル王国>の王に仕える騎士だ。
場合によっては、生涯で会う事もないまま終わる程の相手だな。
だからこそ分からない。
彼女程の騎士が、何故こんな辺境に来ている?
「依頼ならお聞きしますが、何故わざわざ辺境へ? 王都ならば<オリハルコン級>や<プラチナ級>の冒険者ギルドがいるはず。そちらへ頼む方が確実だ」
「貴様等にそこまで説明してやる理由はない。こちらも時間がないのだ。とっとと依頼を聞け!」
エリア殿の隣に青年騎士が前に出て、そんな事を言う。
そんな噛みつくようにギルド長へ言うが、それはいけない。
ギルドを便利屋と思っている様だが、ギルドはそんな都合の良い存在じゃない。
「お連れ様はギルドの何たるかを知らないと見える。ギルドは便利屋ではありませんよ? 確かな信頼関係がなければ成り立たない。故に、今の私から言えることは一つ――お引き取りを」
「なっ! 貴様! 我々を王国騎士と知っての態度か!!」
あぁこれはいけない。
彼はギルド長の言葉に怒り、今にも剣を抜く――いや手に取ったか。
大人しくするつもりだったが、そうもいかないな。
私は素早く彼に近付き、彼の腕を掴んだ。
「そこまでだ。それ以上は一線を越えるよ」
「なっ、なんだお前は! いつの間に……! それに、その《《金色の瞳》》は――」
あぁ、つい興奮して<第二スキル>が発動のままになってたか。
今の私は普段の青い瞳から、金色に輝く瞳に変わっているはずだ。
側にいたエリア殿も私の瞳が気になるのか、瞳を興味深そうに覗いている。
「失礼、魔眼の類だろうか……?」
「そんな大層なものではありません。これが私の第二スキルで『力量の瞳』と呼びます。魔眼のような力はなく、他者のレベルや強さを視るだけの瞳です」
「フム、成程……しかし金色の瞳か。それに朱色の長髪……」
エリア殿が何か考え込んでいるが、どうしたのだろう。
私の目と髪を見ている。白髪でも増えたかな?
だが警戒という訳でもない。
剣を抜くような気配もなく、敵意はないと思うが。
「ええぇ! いつまで掴んでいる! 邪魔をするなら貴様から――むっ!?」
騎士が私を振り払おうとしたが、それは叶わない。
彼自身が剣から手を離さすまで、私も手の力を緩める気はないからだ。
本来ならば上手くいかないだろう。彼のレベルは<31>だ。
私とのレベル差は3。
全力で抗えば外す事ぐらいは出来るだろうが、もう既に私の第一の固有スキルが発動している。
――今の私のレベルは<48+5> つまりレベル<53>だ。
これが私――ルイス・ムーリミットのスキルだ。
私の戦闘範囲。
その中で最も高いレベルに+5された数値が私のレベルとするスキル。
――それが『+level5』の効果だ。
まぁ本当は、もっと対象を絞れたりするが、これだけの手練れがいるなら関係ない。
今は、この中で最も強いエリア殿のレベル+5が私のレベルだ。
私よりもレベルの低い相手だけなら発動しないが、今のレベル差では彼も、どうしようもないはずだ。
「なっ――くっ! くそっ! 馬鹿な! 俺は騎士だ! 選ばれた騎士だぞ!」
「それでも抜こうとするのかい? なら仕方ない……少し力を込めるよ」
そう言って私は、レベルアップで強化された手に力を込め、彼の腕を強く握り絞める。
「ぐわぁぁぁ!!!」
肉と骨が軋み、ようやく彼も自身の手から剣を手放した。
それと同時に私は手を放すが、しまった、やり過ぎたか。
凄く痛がってるな。
だが相手が剣を抜いてしまえば一線を越える。
ギルドと騎士で、ぶつかる可能性がある。
だが私が、力で解決したのはいけない事だったな。
何かあったら、私の責任で罪を償わせてもらう。
「くっ……ぐぅ……!! よくも……よくも王国騎士にぃ!」
あぁ、凄い苦痛の表情で睨んでくる。君も悪いが、やはり大人げなかったか。 ――って、また剣に手を掛けようとして。
ギルド長も絶対に気付いている。
あの悪い顔。きっとそれを理由にして依頼を断る気だ。
「許さん!!」
「――そこまでにしろ。それ以上は私が許さん」
「っ!」
――瞬間、エリア殿の言葉で周囲の空気が変わった。
眼つきも鋭く、氷の様だ。
重く、凄まじい威圧感。
咄嗟にフレイちゃんを、私の背後へ庇ってよかった。
冒険者仲間達も汗を隠せてないし、ギルド長ですら眼つきが変わってる。
他の騎士達からも、息を呑む音が聞こえたが、一番可哀想なのは最初に仕掛けた彼だ。
「……あっ……あぁ……」
彼女の威圧を、真っ正面から受けたからだ。
彼は滝の様に汗を流し、その場から動けない様だ
「部下の無礼、大変失礼しました。謝罪致しますので、どうかお話を聞いて頂きたい」
そう言ってエリア殿の表情が笑みへと変わり、威圧感も消える。
そして問題を起こした彼も、ようやく立ち上がったが、恐怖からか何も言えなくなっていた。
やはり王国騎士だ。身内になんと厳しいのだろう。
だが助かった。これで本題が聞ける筈だ。
「まっ、副団長様からの直接の謝罪を無下にはできません。依頼内容だけでもお聞きしましょう」
「感謝するギルド長殿。――単刀直入に言いましょう。ある《《薬草》》が欲しいのです。この地域でしか採れない希少な薬草だと聞きました」
「それは……!」
彼女の依頼内容にギルド内がざわついた。
私だってそんな気分になる。
彼女が言っている依頼品は、それだけの物だ。
この辺境で、そんなピンポイントな薬草。
それは一つしかない。
「採取難易度7――霊草『翠の夢』か」
「やはり……知っているのですか!」
彼女が喰い付いたように反応している。
それだけ必要な物なのだろう。
実際、目的が翠の夢ならこの辺境――<グリーンスノー>に来たのは正解だ。
『翠の夢』は間違いなく、この辺境エリアのダンジョンに存在する。
――採れるかどうかは別として。
「霊薬にもなると言われた伝説の薬草『翠の夢』――それは、確かにこの辺境にあるダンジョンに存在する。嘗て、このギルドでも採取した事もある」
「ならば!」
「――しかし! それは念入りに、万全に準備してようやく取りに行けるものなんだ」
「アンタ等もルイスの話を聞いたろ! 翠の夢は10段階の採取難易度の中で難易度7! 辺境ダンジョンだからと安易に行けば死ぬだけだ!」
私の言葉に続くように、冒険者仲間からも言葉が続く。
だがこれが常識だ。意地悪とかじゃない。
あのダンジョンに迂闊に入るなと、真っ先に教えるぐらいに危険度が高いんだ。
「そのダンジョン魔物のレベル・アベレージは『28』です。ボスクラスになればそれ以上、嘗てはレベル『50』の魔物が確認された事もある。しかもダンジョンの環境も植物型魔物の巣であり、油断は即、死を意味をすると思った方が良い」
「レベル50の魔物……!」
「馬鹿な……こんな辺境のダンジョンでそんな!」
私の話に騎士達も、動揺を隠せない様子だ。
少し辺境と思って甘く見ていたのだろう。
嘗ては、炎系を得意とした魔術師や、対策した道具等を持って制覇したダンジョンだ。
唯でさえ地の利がない彼等では間違いなく死ぬ。
精鋭だろうが、ダンジョンでは関係ないんだよ。
「……そのダンジョンの名は?」
「危険度7――『幻殺樹海・ドクリスの森』だ」
「もし……依頼をすれば採って来て頂けるのか?」
「……準備に、最低でも4日はいる」
ギルド長の言葉に私も静かに頷いた。あくまで最低でだ。
もし道具がなければもっと掛かる。
今留守にしている冒険者にも戻って来てもらい、更にメンバーの編成も必要だ。
まぁ流石にエリア殿達も、甘くは思ってなかった筈だ。
それぐらいは覚悟――
「それでは遅すぎます!!」
駄目だったようだ。
想像以上に、過剰に反応してる。
あんなに冷静な感じだったのに何故?
そこまで必要って事は訳ありなのか。
「もう少し早く出来ませんか! 準備だけで4日では……!」
「申し訳ありませんが、これが最短です。ギルドとしても依頼は大事に扱いますが、それ以上にギルド員の命も大事に扱います。死ぬと分かって、仲間を強行させる事はできません!」
フレイちゃんも、流石に口を挟さまざる得なかった様だ。
彼女は本当に優しく、正しいギルドの受付嬢だ。
死ぬと分かっての依頼は絶対にさせないし、不正を感じる依頼にも敏感だ。
「しかし! しかしそれでは……間に合わない。騎士団長が……!」
「騎士団長……?」
今にも泣きそうになる彼女の言葉に私は、ある予感が過った。
冷静になれば簡単だ。薬草が欲しいって事は、使う人がいるんだ。
背に腹は代えられない程の存在。
だから彼等は、王都を離れてまで辺境に来たんだな。
「詳しく聞かせて貰えませんか?」
「ルイスさん!?」
「おいルイス! まさか受ける気じゃないだろうな! いくらお前でも――」
「話を聞いてからです。彼女達はまだ話していない事がある。それを聞かず断るだけなら簡単です」
きっと何かがある。長年冒険者をやっていた勘だけど。
でもそうじゃなきゃ、こんな凛とした女の子が泣きそうになるなんて事はない筈だ。
それに私の気持ちが伝わったのだろう。エリア殿は静かに頷いていた。
「実は……我が王国騎士団の団長が、暗殺ギルドから子供を庇い、毒を受けてしまったのです」
「ハァッ!? 暗殺ギルドだと!」
「なんでそんな奴等と……!」
確かに暗殺ギルドなんて、よっぽどじゃないと出て来ない連中だ。
ギルド長達が騒ぐのも無理はない。
「詳しくはいえないのですが……その毒は特殊で、解毒もままならず。我々も手を尽くし……何か薬はないかと周囲のギルドに聞き込みしたら……」
「翠の夢の事を聞いたと?」
私の問いにエリア殿はゆっくりと頷く。
恐らく、聞き込みをしたギルドの中に、このギルドの出身がいたのだろう。
でなければ、価値があるといえ有名ではない『翠の夢』を知る者はそうそういない。
「聞いたのなら、それを教えた者も言っていたのではありませんか? その薬草を採るのに危険が伴うと」
「……はい。ですが時間がなかった。これしかないと、もう」
時間が無く、団長が死んでしまうと思って動かざる得なかったって事か。
周りの騎士も顔が暗いし、どこか疲労感もある。
あんな凛々しく、冷静であったエリア殿も、今では年相応の女性じゃないか。
こんな方々が依頼してきて、それを無視するのは私には出来ない。
「ですが、これを言っていたギルドは皆揃って言っていました。その地には<ダンジョンマスター>と呼ばれる人がいると。その人を頼りなさい……そう言われたのです」
あぁ、そういうことか。その言葉で私は全てを察した。
――<ダンジョンマスター>
それは私が自身で名乗った事はないが、周囲が、他者が、弟子と名乗る者達が私に対していう称号だ。
でもそれは私が沢山のダンジョンに潜っての経験と、入念な準備をして制覇率を上げているからだ。
実際は何度も死に掛けてるし、ダンジョンに絶対はないんだ。
でもそうか、彼女達は私を頼って来たのか。
私が教えた子達も、未だに私をそう思ってくれているのか。
「お願いします! どうか団長を助けて下さい! そのダンジョンマスターという方に会わせてください!!」
「……副団長さん。ダンジョンマスターに会う、その願いなら既に叶ってますよ」
「はい……こちらの冒険者ルイス・ムーリミットが、貴女の探す<ダンジョンマスター>と呼ばれる冒険者です」
「ハァッ!? こんなただのおっさんが!?」
ギルド長とフレイちゃんの言葉を聞き、騎士の一人が驚きながらそんな事を口にした。
だが実際、私はただのおじさんだ。
三十後半で腰や肩にも、ガタがき始めた冒険者だ。
だからフレイちゃん、そんなに圧掛けないで良いんだ。
怒ってくれるのは嬉しいが、事実も受け入れないと。
「貴殿が……? 確かに金色の瞳と朱髪を持つ、歴戦の覇気を纏う冒険者を探せと言われていたが」
誰だ、エリア殿のそんな事を言ったのは。
力量の瞳を使えば確かに金色だ。
でもそのせいで、おじさんの子供の頃のあだ名はフクロウだよ。
何より歴戦の覇気ってなんだ。
こっちは加齢臭が出ない様に食生活とか悩んでるのに、そんなものないよ。
しかし、縋る様に私を見ているエリア殿をこれ以上、不安がらせる理由がない。
何より、話が本当なら時間も勿体ない。
「ダンジョンマスター……私自身で名乗った事はありませんが、私が助けた方や教え子達は私をそう呼んでいます。――はじめまして、私はルイス・ムーリミット。ただの冒険者です。あなたの依頼を受けましょう」
そう言って手を差し伸べると、彼女も私の手を掴んでくれた。
それを見てギルド長はしょうがないと溜息を吐き、フレイちゃんも頬を膨らませていたが納得してくれている様だ。
仲間達も頭を抱えながら、準備の為に腰を上げ、仲間への連絡や準備を始めてくれた。