フレイの想い
あれから私はフレイちゃんと一緒に色々な店を回った。
彼女の行きたがっていたクレープ屋は勿論、カフェに雑貨店、それに王都の色んな店を共に見て回った。
それは私にとって忘れていた日々――平和な時間だった。
優しく、危険もなく気持ちよく。ダンジョンとはかけ離れた空気。
「……久しく忘れていたな、この気持ち」
「ルイスさ~ん! 次、どこに行きましょうか!」
私がそう思っているとフレイちゃんが手を振りながら、満面の笑顔で私を見てくる。
どうやら、こんなおっさんとの外出もフレイちゃんは本当に喜んでくれている様だ。
それが私にとっても嬉しいことだった。
ダンジョンで苦労して帰って来ると、必ずギルドで待ってくれているフレイちゃんの笑顔。
それに幾度も救われたものだ。癒される、浄化される様な感覚だ。
誰かに待ってもらえている。それが私にとっての救い――彼女だった。
失敗もたまにする彼女だが、それでも最後は笑顔を見せてくれる。
優しく、そして強い女性だ。
「あぁ! 今行くよ!」
そう言って私は先を歩く彼女の隣へと駆け足で移動した。
あんな笑顔の彼女を待たせるのはしのびない。
こんな十歳以上も歳が離れた私に付き合ってくれているフレイちゃん。
最初は申し訳ない気持ちの方が強かったが、今は私も一緒にいれて楽しい。
「ルイスさん! 次はアイスクリーム食べましょう!」
「だ、大丈夫かい!? さっきもクレープやケーキとか食べたばかりで……」
「余裕です! 乙女の胃袋を甘くみたらいけませんよ!」
フレイちゃんは自信満々に胸を張った。
いやいや、これが若さか。
私は最初のクレープで既に空腹感の大半が失ったのに。
三十過ぎると一気に体質変わるからなぁ。
無敵の胃袋を持つフレイちゃんが羨ましいな。
だが笑顔のフレイちゃんのお願いを断るのは辛い。
私も若い振りをして頑張るか。なにせ彼女と一緒のこの外出を私自身も楽しんでいるのだから。
「よし! じゃあ行こうか!」
私が気合を入れるとフレイちゃんも笑顔で握り拳をした。
「はい! このまま王都のスイーツを食べ尽くしましょう」
いや、流石にそこまでは……胃もたれ、胸焼きするかも。
私は最後は苦笑しながらも彼女と共に王都を見て回り続けるのだった。
♦♦
「いやぁ……食べた食べた。もう入らないよ」
日が沈み始めた頃、私達は少し人気のない場所を歩いていた。
もうお腹がパンパンだ。
アイスクリームの後にも色んな出店を回ったし、いやいや随分と食べた。
「う~ん! 美味しかった!! やっぱり王都の食事は良いですね、ルイスさん!」
「あぁ……そうだね」
どうやらフレイちゃん的には、まだまだ余裕の様だ。
本当に若いな。
だが嬉しそうに伸びをする彼女を見て、私は不思議と優しい笑みを浮かべていた。
彼女が満足したのを見て、私もきっと満足できたからだ。
「今日は楽しかったかい、フレイちゃん?」
「はい! それは勿論! ルイスさんと一緒に見て回れたんですから、楽しくない筈がありません!」
嬉しいことを言ってくれる。
その言葉だけで私も同じ気持ちになっていた。
彼女がギルドに派遣されてから、ずっと見て来た。
素材を駄目にしたり、他の冒険者に絡まれたりした時も随分と助けたものだ。
そんな彼女も今じゃ立派なギルドの受付嬢で、一緒に今日は外出に出来て本当に楽しかった。
心が満たされる。そんな気持ちだ。
「今日はありがとう、フレイちゃん。本当に楽しかったよ」
「それを言うなら私もです! 私も……ルイスさんと一緒にデートできて嬉しかったですよ」
「デ、デートかい!? いやいや、そんな大層なものじゃ――」
デートと言われて年甲斐もなく緊張してしまった。
これは恥ずかしい。勘違いしない様にしないと。
十歳以上、歳の離れたフレイちゃんから本気でデートである筈が無い。
「アハハ……こんなおっさんとデートだなんて、フレイちゃん。そんなことを言うと誤解されるよ?」
「……《《誤解じゃない》》ですよ」
「えっ……?」
フレイちゃんは私にそう言うと背を向けた。
そしてジッとしている。
そんな中で流れる、この静寂。
なんか気まずくなって来たな。
「えっと……あっ、そうだ!」
そこで私は思いだした。
雑貨屋で買い物した物があったんだ。
これを彼女に、今日のお礼として渡さないと。
「フレイちゃん」
「はい?」
私の言葉に振り返るフレイちゃんに、私はそれを差し出した。
それを見てフレイちゃんは目をパチパチとさせていた。
「これって……髪飾りですか?」
「あぁ……フレイちゃんに似合うと思って、花の髪飾りだ。――その気に入ってくれたかい?」
ハッキリ言って、この手のセンスには自信がない。
だが彼女に似合うと思って買ったのは本心だ。
だから、気に入ってくれたら嬉しく思うし、駄目なら返してもらおう。
こんなおっさんからの贈り物自体、場合によればセクハラだ。
だからそうならない様に祈りながら、私はフレイちゃんの様子を待った。
すると、彼女は静かに髪飾りを受け取ると、ゆっくりと髪にそれを付けてくれた。
そして私に見える様に見せてくれる。
「どうですか……似合ってますか?」
「あぁ! やっぱり君には花が似合う。本当に似合ってるよフレイちゃん!」
「えへへ、ありがとうございます! ルイスさん! 私……本当に嬉しいです!」
「それは私もだよ。今日は本当にありがとう……久し振りだ。こんなに羽目を外せたのは」
そう言って私が伸びをすると、フレイちゃんはそれを笑っていた。
「うふふ、それなら良かったです! だってルイスさん帰ってきた時、もう顔の半分は死んでましたよ?」
「まぁ……最高難易度ダンジョンに行ったからね。そりゃメンタルも削られるよ。――でも、それでもありがとう。こんなおっさんに嫌な顔せずに付き合ってくれて」
「……嫌な顔なんてする筈ないじゃないですか。だって私、ずっと――」
フレイちゃんはそう言うと、いつもの様な優しい満面の笑顔で私を見てくる。
そして――
「ずっと私――ルイスさんが《《大好き》》でしたから」
「……えっ?」
いやいや、ちょっと待って。それってどう意味でだい?
待て待て待て! 誤解するなよ、異性とは一言も言ってないぞ私!
「それって……」
「私がルイスさんの納品した素材を駄目にした時も怒らず、慰めてくれて……変な冒険者に絡まれた時も助けてくれて……ずっと私を見守ってくれたルイスさんを、私――フレイは……」
フレイちゃんが顔を下げて、そこまで言った時だった。
――不意に『+Level5』が発動した。
彼女の後ろから。
「ラッキー! 《《魔眼持ち》》……ダンジョンマスターみ~つけた!」
フードを付けた人物、それはフードを取ると私と振り返ったフレイちゃんは我が目を疑った。
何故なら、その男の顔には計――五つの瞳があったからだ。
なんだコイツ、普通じゃない! フレイちゃんを守らねば!
「フレイちゃん!」
「きゃっ!?」
私はすぐにフレイちゃんを後ろへ引っ張り、ガントレットブレードを構えた。
「何者だ! 君は!」
「あぁ、挨拶は大事だよねぇ!――僕はアイズ。アイズ・マンガン」
彼はそう言うと掌を私達へ向けてきた。
だがそれを見て、更に驚いた。
何故なら、その男の掌にも禍々しく光る瞳があったからだ。
「さぁて、挨拶は済んだし……もう良いよね、ダンジョンマスターさ。その金色の魔眼ちょ~だい!」
そう言ってアイズと名乗った男は、口元を歪ませながら笑みを浮かべるのだった。




