予想外の幸運
『グオォン!!』
ジャックの記事のせいで更に疲れている中、拠点に戻った私を出迎えてくれたのはベヒーだった。
ミア達が準備してくれたであろう餌を食べながらも、私が帰って来ると嬉しそうに鳴き、私の方を見てくる。
本当に可愛い奴だよ。
「やぁベヒー……今、帰ったぞ」
『グオォン!』
私がそう言うとベヒーは身体を上げて、私に頬擦りしてくる。
筋肉で少し痛いが、これもベヒーなりの愛情表現だ。謹んで受けよう。
「それじゃベヒー……私は少し休むよ」
私も撫でてやってから拠点に入ると、ようやく荷物を降ろして近くの椅子に座った。
そして、座ると同時に顔を上げて大きく息を吐いた。
「ハァァァ……生きて帰れたぁ……けど面倒くさいことにもなりそうだな」
そう言って思い出すのはジャックの記事だ。
あれには死兆石についても書かれていた。
だから、あんな物が出れば自分もと望む連中が出てくる可能性が高い。
しかも、そういう連中に限って金に汚く、依頼金をケチろうとするから尚のこと質が悪い。
長い間、冒険者をしていると必ず毎年、数人はいるんだ。
冒険者の命を軽んじて、難易度の高い素材を手に入れようとする奴等が。
「また変なダンジョンに行くかもな……なぁ、エミック?」
『~~♪』
私はエミックを腰から下ろし、エミックを見ながらそう言うとエミックは楽しそうに笑うだけだった。
そんな姿を見たら私だって笑ってしまう。
そして流れで床やテーブルに置いた荷物にも目を向けるが、今は片付ける余裕もない。
風呂も後で良いか。まずは柔らかいベッドで寝たい。
私は欠伸をしながらベッドの方へ歩いていき、そしてベッドの前に来ると糸が切れた様に倒れた。
――時だった。
「キャッ!?」
「へっ!?」
倒れた瞬間、ベッドから良い匂い、そして柔らかい感触を感じた。
それと同時に女性の叫び声っぽいのも。
――なんだなんだ!? ベッドに誰かいるぞ!
「うえっ!? 誰だい……!?」
「あ、あうぅぅ……!」
私は思わず起き上がり、ベッドへ声を掛けた。
するとベッドから、ゆっくりと恥ずかしそうにしながら一人の女性が顔を出したが、その顔は私がよく知る人物だった。
「フ、フレイちゃん!? どうしてここに!」
顔を出したのはホワイトスノーギルドの受付嬢――フレイちゃんだった。
――っていうか、なんで私のベッドの中にいたんだ?
いや、ギルド長が王都に来ていた以上、フレイちゃんがいてもおかしくはない。
一緒に来ていた可能性はある。
ただ何故、私の拠点――それもベッドの中にいるのかが分からない。
「ア、アハハ……どうもです、ルイスさん」
「う、うん、やぁ……フレイちゃん。元気そうで良かったよ。――じゃなくて! なんでここに? っていうか、どうして私のベッドに?」
恥ずかしそうにシーツで顔を隠すフレイちゃんだが、一応は聞いておかないと。
まさか緊急の依頼でもあるのだろうか?
ギルド長は何も言ってなかったが、受付嬢だからこそ請け負った可能性もある。
私は恐る恐るとフレイちゃんに問いかけると、フレイちゃんは顔を真っ赤にした後、不意に私を見た。――っていうか睨んで来たぞ!?
「ル、ルイスさんが悪いんですよ!」
「えっ!? なんで……!」
シーツを握り締めながら私を見るフレイちゃんに、何故か私は怒られた。
しかし理由に心当たりがないが、彼女からは怒りが確かに感じられる。
私は一体、何をしたのだろうかと考えていると、先に口を開いたのはフレイちゃんだった。
「ルイスさん! 全然、グリーンスノーに帰って来ないですもん! だから会いに来たのに、そしたら依頼で遠出してるって言われますし!」
「……あれ? そんなに帰ってなかったっけ?」
頼まれた依頼品を渡す時に寄ったりしていた気がしたが……。
「あんなの帰ったって言いませんからね! 少し寄ったって言うんです!」
どうやら私の心は完全にフレイちゃんに読まれている様だ。
しかし、そうか。そんなに帰ってなかったか。
「もう! ルイスさんがいない間、色々としてあげたんですよ!」
そう言ってフレイちゃんは色々と話してくれた。
私が留守の間、ベヒーの面倒を見てくれたり、拠点を掃除したりと泊まり込みで色々としてくれていた様だ。
どうりで部屋内が綺麗で清潔な訳だ。私の日頃の行いのお陰じゃなかった様だ。
「それは……すまないことをしたね。ごめん! 本当に忙しかったんだ!」
五大ギルドと抗争はあるわ、高難易度ダンジョンに行くわで大変だったんだよ。
私は拝む様にフレイちゃんに謝ると、フレイちゃんは溜息を吐きながらようやく落ち着いてくれた。
「ハァ~もう良いですよ。ルイスさんのお人好しは知ってますから。きっと色々と巻き込まれたんですよね?」
「まぁ……大体、そんな感じだね」
大体、合ってるから説明しなくて助かるな。
いや察してくれたフレイちゃんに感謝だ。
しかし見た感じ、機嫌が治った訳じゃない気がするな。
まだ私のことをジト目で睨んでるし、もしかしてお礼が欲しいのかな?
「……えっと、そのなんだ。色々と迷惑を掛けた様だし、私にできることなら何かしてあげられるけど?」
「!……本当ですか?」
今、フレイちゃんの目が光ったぞ!?
一体、私は何をお願いされるんだ……!
私は思わず身構えると、フレイちゃんはベッドから起き上がると私の前に立った。
そして――
「一緒に王都を見て回って下さい!」
「……えっ?」
意外なお願いをされるのだった。
えっ? そんなので良いの?
おじさんからしたらフレイちゃんと外出ってご褒美みたいなものだよ?
私は内心でそう思ったが、フレイちゃんの表情は真剣そのものだった。
どうやら予想外の幸運が舞い降りた様だ。




