マリアン・ロード
死の山アルコルの上空。
怪鳥などがウロウロしている危険な空で、一人の女性――ルイスの師:マリアン・ロードは箒の上に立って山を見降ろしていた。
正確に言えば、愛弟子ルイスの様子をだ。
「レベル70前後の決闘狼相手に、少々苦戦したみたいだねぇ。鈍ったか、それとも歳か。どちらにしろ甘い奴じゃ」
指で輪っかを作り、そこから魔法で望遠鏡の様にして覗き続けるマリアン。
強風でスカートがめくれ、下着が見えていようが関係ない。
覗ける奴もいなければ、経験豊富な彼女に羞恥心なんてものはないからだ。
そんな彼女の頭にあるのは愛弟子のことだけ。
決闘狼――デュエルウルフに勝利し、ペットのエミックと共に山を登りながら、邪魔してくる魔物を蹴散らしているルイスの姿だけを彼女は見ていた。
「キシシシ! 鈍ってはいるが、さび付いた訳じゃなさそうじゃな」
強敵と戦った後なのに平然と戦う愛弟子の姿を見て、マリアンは満足そうに笑った。
ルイスを育てたのは自分だ。
あの程度で疲労する軟弱な育て方はしていないと、彼女は自信に満ちていた。
そうでなければ、とっくにルイスは己のスキルに胡坐をかき、腐っていたであろうと確信もあった。
幼い頃に危険度上位のダンジョンに放り込んだのを皮切りに、色々したものだとマリアンは笑いながら思いだす。
ガントレットと最低限の食料と水だけを渡し、数ヶ月放置。
しかも危険度の高いダンジョンにだ。
更に言えばこれはルイスが8歳の頃の話である。
そこから怒らせたボス魔物をけしかける。
毒沼、溶岩地帯、絶対凍土など、過酷な環境へ連れて行く。
自身の知る薬草や魔法なども教える等、色々とした。
「あの小生意気な小僧だった奴が、よくぞあそこまで育ったものじゃ」
自身が必ず他者よりもレベルが上になるからと、生意気な態度だった小僧――ルイス。
そんな彼を頼まれたから――そして好奇心・気まぐれで育て切ったマリアン。
今では弟子にも恵まれているルイスの姿に、満足であると同時に甘さが抜けていない事に心配であった。
「必ず他者よりも強くなる……か。おかしな因果の下に生まれたものじゃの。アイツも」
だから厄介事、問題にも巻き込まれる。
強さとは存在感だ。制御のできない磁力と同じだ。
良い事も悪い事も引き付ける。
冒険者の過酷な依頼、五大ギルドとの抗争がまさにそれだ。
同時に弟子達との出会い。人々との良き出会いもある。
「アタシとの出会い……それがルイス最大の幸運じゃろうな。キシシシ!」
傲慢な考えを口にしながらマリアンはまた笑った。
しかし彼女には言う権利も強さもある。
ルイスですら彼女には勝てない。
レベルが上でも、魔法の技術や知識。なにより経験値が桁外れに違う。
戦ったところで愛する愛弟子を理解している以上、マリアンには何をしてくるから分かり切っている。
定期的に若返っているのも、いつか超えるかも知れない弟子に負けたくないからでもある。
若く、強く、経験値が豊富。まさに無敵だ。
自身が死を望むまでルイスの上でいたい。
いつの間にか芽生えたプライド――願い。
そう思う程にマリアンは、ルイス――馬鹿弟子が可愛くて仕方ないのだ。
生意気だった小僧が、15歳ぐらいの時に突然、感謝の花束を持ってきた事は今でも覚えている。
そんな可愛い弟子が、今はアルコルに生息している怪鳥や魔物とやり合いながら登っていた。
その様子を見て、マリアンは笑い続けた。
「キシシシ! 安心せいルイス。アタシが生きている内はお前は死なせないよ。馬鹿弟子がこれ以上、何を見せてくれるか楽しみで仕方ないからね」
そう言って笑う彼女は、自身に近付いてくる怪鳥を片手で落雷を放ち、地上へと墜とした。
そして、ルイスが先へ進んで道中の洞窟へ入ったのを確認した後、不意に自身の背後を見た。
「さてさて……そろそろ良いじゃろ。こうなりくなかったら、とっとと出てきな。アタシは待つのは嫌いだからねぇ」
「それは失礼しました」
誰もいない空の上で、突如マリアン以外の声がした。
そして彼女の背後の空間が裂けると、そこから現れたのは――ノアとグリムだった。
二人が現れた事にマリアンは一切驚く様子はなく、興味なさそうに見ていた。
「お前が『始高天』って連中の頭じゃな?」
「えぇ、ノア……と申します。少々、お話をしたいので――」
「嫌じゃボケ――業火招来」
マリアンはそう言ってノア達へ最上級炎魔法を放つのだった。




