決着! 黄金船が沈む時
「……終わったか」
黄金船は沈んだ。
永遠の黄金船の本拠地――クシルをおぶりながら、ダンジョン化が解けた場所を降り、周囲を見渡しながら私はそう呟いていた。
通路に力尽きた様に崩れるゴーレムに、半魔人達。
まるでダンジョン化が彼等を活性化させていた様にも見えたが、怪我らしい怪我もない半魔人達もいた。
ダンジョン化が解けたと同時に倒れたのか、それとも半魔人という異常状態故なのか。
どちらにしろ、苦しみの表情のまま倒れた半魔人達を見て、私は哀れに思えた。
「なんじゃ? 浮かない顔じゃの、もっと喜んでも良いんじゃないかい? あの五大ギルドの一つを潰したんじゃぞ?」
「そうも言ってられませんよ……」
まだこちらの被害だって分かっていない。
皆、無事なのか。それにクシル自身にまだケジメを付けさせていない。
きっとミアはクシルをぶん殴りたい筈だし、それに始高天の事もある。
クシルや半魔人の冒険者達。
その背後にノア達がいる事を思うと、やはり怒りを忘れる程に哀れさを感じてしまう。
彼女達も利用されただけだろう。
それにノアが魔人の力を渡さなければ、こんな事態にもなっていない筈だ。
だから素直に喜べない。
きっとノアを止めない限り、何度でも同じことは起こるだろうから。
「相変わらず、難しく考える奴じゃの。あたしらは勝った……そして『永遠の黄金船』は負けた。それだけじゃろ」
「その通りですよ、ルイス殿。どの道、王都でダンジョン化を始め、違法薬物の使用。もう『永遠の黄金船』に嘗ての力は残らないでしょう」
マリアン師匠は呆れた様に、エリアは真剣な表情でそう言った。
その通りではある。
ギルドとして彼女等は敗北し、王と法の下でも彼女等が裁かれる対象となった。
完全敗北だ。
ギルドも商売は出来ても、今までの様な影響力はなくなるだろう。
これで私への不買もなくなる筈だ。
もう指示していた彼女等は壊滅、そして裁かれるのだから。
「だが、まだ終わった訳じゃない。女の子を撃たせたことはまだ許せないし、ミア達もケジメを付けないと納得しない筈だ」
「……ですが、過剰な報復は止めさせて頂きますよ。クシルを殺させる訳にはいきませんから」
それも分かってるさ。
ミアも命までは奪わないだろう。――たぶん。
女の子は傷ついても生きている。
それにミアは、あぁ見えて馬鹿じゃない。感情も抑えることが出来る。
「……まっ、多分一発は殴るだろうな」
私はそう呟くと、エリアは複雑な表情を浮かべ、マリアン師匠はただ笑うだけだった。
♦♦♦♦
「オラァッ!!!」
「グフッ!!?」
ほらな。やっぱりこうなった。
全身に包帯を巻かれながらミアは、私達を見つけた途端に黙って歩いて来て、クシルを強引に奪った。
そして水を掛けて意識を戻した瞬間にこれだ。
強烈な一発。拳をクシルへと叩きこんで、襟を掴んで持ち上げている。
「答えろ!! なんであの子を襲わせた!! 襲うならあたしで良いだろ!! なのになんで病み上がりだったあの子を撃たせた!!」
まだ状況も分からない半壊の広場で、ミアの怒号だけが響き渡る。
しかし予想通りだからか、私は意外と冷静だった。
ミアが殺さないだろうと、何故か確信があったからだろうか。
周囲を見渡して、状況を把握しようとする余裕があった。
「ほれ! ここを縛りな! ほれ次!」
少し離れた場所でチユさんが治療をしている。
傷ついた冒険者達が周りに寝かされて、騎士団と冒険者関係なく手伝わされていた。
「……ん?」
そして私と目が合うが、チユさんは頷くだけですぐに治療に戻ってしまう。
まるで、こっちは大丈夫だからそっちを見ていろ。
そう言われた様だった。
それはクロノやグラン達を見ても同じだった。
二人共、傷ついた姿で半魔人達を縛り上げている。
それと同時に周囲へ指示を出していたが、私と目が合うと頷いてミア達へ視線を動かすだけだった。
クロノ達もミアの方を見ていろ、そう言っている様だ。
『グオォォン……』
また、ベヒーも傷ついた姿だ。
その巨体でも分かる傷を、魔導士や薬師に治療してもらっている。
そして私の姿を確認すると、元気そうに鳴いた。
元の主人であったノアと会っても、あまり気にしていないようだ。
「まだ大勢いるが……」
怪我人――敵味方関係なく、大勢まだいる。
騎士団からの援軍も来て、治療を終えてすぐに連行する者もいる中、私も動くことにした。
私に今できる事。
ミアとクシル。彼女達に意識を向けた。
クシルは苦しそうな顔をしていたが、ミアを見て憎らしそうに口を開いた。
「理由なんて……ないわよ……! ただ……恥をかかせたダンジョンマスターへの《《嫌がらせ》》よ……!」
「そんな事の為にか……!」
それこそ私に直接すれば良かっただろうに。
私は気付けば拳を握り締めていて、怒りが沸いた。
それはクシル達へと、そして私自身にだ。
「……私のせいか」
「ルイスのせいじゃねぇ!! そもそもの騒動だって、コイツ等が仕掛けたことだろ! 人のせいにして、自分の罪から逃げてるだけだ!!」
ミアは怒号と共に更にクシルを締め上げた。
少し興奮し過ぎかもしれない。
ミアがセンセイ呼びではなく、私をルイスと呼ぶときは感情的になっている証拠だ。
だが理性はあるのだろう。
睨みながら締め上げるだけで、再び殴ろうとはしていない。
あとはクシルが何も言わなければ良いんだが。
「そういう問題じゃ……ないわ……! メンツの問題よ……! 五大ギルドが一人の冒険者に屈するなんて……許されないわ……!」
謝罪の言葉を期待した訳じゃないが、やはり五大ギルド故のどうでも良いメンツか。
私は呆れながらも、次にミアがやるであろう行動を察して前に出たと同時だった。
ミアは再び拳を作った。
「っ! この……この野郎!!」
「もう良い……ミア」
殴ろうとしたミアの拳を掴み、私は彼女の一撃を何とか止めれた。
「けどルイス……! コイツ等……!」
ミアは許せないのだろう。
望むならば、あの子の前で謝罪させたいのだろうが、この女がそんな事をする筈がない。
それは私も――ミア自身も分かっているのだろう。
彼女の腕の力が緩むのを感じて、私はそう思った。
「それでも……あの子には未来がある。クシル達にはもうない……唯一のものが」
「その通りです。もう『永遠の黄金船』が以前の様にはいられないでしょう」
私の後ろからエリアが前に出て、同じくミアに腕を降ろさせた。
そしてクシルの腕に魔封石の手錠を填めた。
「……『永遠の黄金船』ギルド長クシル。王都でのダンジョン化・違法薬物使用・その他の罪により拘束。あなたは王の名の下に裁かれるでしょう。――抵抗することは無いように」
「……ぐっ……ぐぅぅ……!!」
エリアの言葉に、クシルは表情を歪ませた。
魔封石がある以上、スキルも使えない。もうどうしようもない。
「幹部も全員拘束……これで『永遠の黄金船』は終わりです」
「……これで終わりなのか」
ミアはまだ納得した様子ではなかった。
拳を握り締め、悔しそうにしていたがミアも分かっているのだろう。
彼女等が裁かれる。そして『永遠の黄金船』は壊滅した事で、彼女等は一生後悔する人生となることに。
「あぁ、終わったんだ」
そんな弟子の肩に優しく私は手を置いた。
ミアは震え、少し涙を流していたが、頷いてくれた。
「……これで終わりだ」
「よぉし! ならばもう良いの! じゃあ早速だけど、ルイス! お前に依頼をさせてもらうぞ!」
綺麗に終わると思ったのになぁ。
ずっと黙っていたことが不気味だったし、更に言えば、何の理由もなく会いにくる事がおかしいんだ。
「空気読んでください……マリアン師匠」
明らかに場違いな明るい声に、周囲の人達も唖然としている。
だが、それでもマリアン師匠には効いていないようだ。
「終わったんだから良いじゃろ! ほれ! とっとと依頼を聞け!」
「痛い!?」
このババァ! 蹴りやがった!
こっちだって疲労してるし負傷もしているんだぞ!?
「このババァ! 少しは休ませろ!! それに、この場でまだやることだってあるだろうが!!」
「師匠に向かってババァとはなんじゃ!! 目に物をみせてやるかい!!」
上等だ! ギックリ腰にさせてやるぞこの野郎!
幼少期にダンジョンに放り込み、そして今までこき使ってきた積年の恨みを返してやるわ!
私達は互いに衣服つかみ合いって叫び続けていると、それを見ていたエリアとミアが私達を引き離した。
「お、落ち着けよセンセイ!?」
「マ、マリアン殿も落ち着いて……!?」
「放せミア! このババァは悪魔だぞ!!」
「放せ小娘! この恩知らずに最上級魔法叩きこんでくれるわ!!」
やれるもんならやってみろ!
こっちだって沢山魔剣手に入れたんだ! ただではやられねぇぞ!
「ハンッ! 年寄りが無駄に若返るから変な口調なった癖に! 偉そうに言うなババァ!」
「あっ! 人が気にしていることを!? 上等じゃ! 表でな!」
「既に表で~す!! そもそも! 何を依頼する気だ!」
どうせ碌なもんじゃない筈だ。
危険度10とかのダンジョンの素材だろ、どうせ。
「フッフッフッ! 良くぞ聞いた! 依頼は危険度10ダンジョン――『死星山・アルコル』にある宝石――『死兆石』じゃ!」
ほら見ろ!
10人入れば10人死んで来るって言われてる最悪ダンジョンじゃねぇか!
だからこのババァ嫌いなんだ!!




