冒険者+5:おっさんVS永遠の黄金船(13)
「これでどうだ!」
間違いなく致命傷の筈だ。
樹縛により動きを封じた中で、エリアの魔法刃が間違いなく腹部に突き刺さっている。
実際、クシルも限界の筈だ。
それを証拠に<力量の瞳>で見て分かる。
彼女の魔力の減少に、魔人化によるレベル。その低下も。
「ルイス殿!」
「あぁ! 決着だ……!」
未だに突き刺しながらエリアが私の名を呼んだ。
それを聞き、私も頷いた。
魔人化の中ではかなり強い相手だったが、流石にダメージが大きい筈だ。
これ以上の戦闘は――
「舐めるなぁ!!!」
「なっ!?」
「なにぃ!?」
私とエリアは驚いた。
最後の力と言えば良いのだろうか。
クシルは無理矢理に樹縛を破り、そのまま後ろに下がって魔法刃から脱した。
いくら魔人でも痛みはあるだろうに。
五大ギルドの長――その最後の意地なのか。
「ルイス殿!」
「大丈夫だ……悪あがきさ」
傍に降りてきたエリアが心配そうな声を出すが、私は首を左右へ振って返す。
それを証拠に、クシルの呼吸は乱れている。
ただ魔人化による再生能力があるのだろう。
腹部の傷が癒え始めているが、それと同じく魔力が凄まじく減少していた。
少なくとも、もう戦える魔力ではない。
レベルも彼女本来の<42>に戻っているし、魔人化の見た目も見かけ倒しだ。
私はそれを察して、少しずつエリアと共にクシルの下へ歩き出した。
「降参しろ……もう終わりだ。ダンジョン化も解くんだ」
「フフ……フフフ。降参? 甘く見られたものね……確かに勝負には負けたわ。でも《《戦いは》》まだ終わってないわ!――ハァッ!!」
何をする気だ?
突然、クシルが両手を天へと上げたぞ。
私とエリアも警戒して身構えるが、それは攻撃ではなかった。
「さぁ出てきなさい!!!」
「なっ!? これは……!」
「なんだ! 周囲の宝石の壁が――!」
ダンジョン化したこの建物全体が一瞬揺れたと思った途端、周囲の宝石の壁や柱が砕け始めた。
砕けるだけなら良い。
だが砕けた宝石から次々と何か出てきていた。
「あぁ……! あぁぁぁ!!」
「がぁぁぁぁぁ!!」
「あれは……半魔人!?」
エリアが彼等を驚愕した表情で見ていた。
続々と出てきたのは今、下で皆が戦っている半魔人の様な冒険者達だ。
だが目が虚ろで、発狂したかの様に叫んでいる。
明らかに普通じゃない。
「あれは……! おい! どういうことだ!」
「見たまんまよ……半魔人化でも耐えられなかった者達。その成れの果てよ。フフフ……さぁ! やっておしまい!」
「ウオォォォォ!!」
まるでアンデットだ。
意識がないのに彼等は獣の様に、私とエリアへと向かって来る。
「マズイ……! エリア構えるんだ!」
「はい!」
私達はそう言って互いに構えるが、既に肩で呼吸し始めている。
長期戦はマズイ。
しかも砕けた宝石の中に何人いたんだか、かなり数の半魔人がいた。
次々と現れる彼等と、もう一戦するのは骨が折れるが仕方ない。
私は眼前の敵へ身構えた。
そんな時だった。
「キシシシ! なんじゃ? 苦戦してるねぇ、馬鹿弟子」
「えっ……!」
上空からの声。女の声。
それを聞いて、思わず飛び出そうとした身体が、反射的に止まった。
この年寄りみたいな話し方と、若者みたいな話し方が合わさった話し方。
それに声――
「まさか! マリアン師匠!?」
私が思わず上を見ると、そこには箒に直立で立つ若い女性がいた。
翡翠色の長髪に、魔女の様なとんがり帽子を被った女性。
私の師匠――マリアン・ロードが。
「なんでここに!? それにまた若返ってる!?」
「キシシシ! 久しぶりじゃのルイス!! ほれ、下がってな!!」
師匠がそう言って笑みを浮かべながら腕を翳すと、巨大な雷雲が空を覆った。
これはまずい! デカいのが来る!
「下がるぞエリア!!」
「えっ!? は、はいぃ!?」
私はエリアを抱えて急いで後ろへ下がると同時だった。
巨大な魔力が天から降り注がれた。
「雷帝招来!!!」
一瞬、周囲が光った気がした。
それと同時に轟音が背後から聞こえたが、見るのが怖い。
だが反射的に振り返ると、そこには落雷が落ちた様に、周囲ごと丸焦げとなった半魔人達がいた。
「す、すごい……あれだけの数の半魔人が!」
「相変わらずデタラメだ! 弟子が近くにいるのに最上級魔法を撃つなんて……!」
あのババァ!
相変わらず滅茶苦茶だ! 少しで動くが遅かったら直撃していたぞ。
「無茶するな! クソババァ!!」
「誰がババァじゃ! よく見な! ピッチピチの肉体じゃないかい!」
そりゃそうだろ。定期的に若返りやがって。
ある意味、半不老不死状態だよ全く。
私は内心でボロクソに言ってた時だった。
不意に師匠に接近する影に気付いた。
「良くも半魔人達を!!」
「なんじゃ……これが魔人か」
影の正体はクシルだった。
クシルは怒りの形相で手に宝石の槍を持ち、師匠に向けていた。
「危ない!!」
エリアが思わず叫んだが、心配はいらないよ。
あれでも私の師匠だし、デタラメな人だからな。
「ジュエルス・ランス!!」
「宝石系のスキルか……成程のう」
何やら呟いているが、マリアン師匠は攻撃を避ける感じはなかった。
そして、そのまま放たれた宝石の槍が迫っていたが、師匠はただ指を向けるだけだった。
そして、指一本で槍を受け止めていた。
「なっ!」
「うそ……!」
クシルもエリアも驚いている。
だがそれだけデタラメなんだよ、あの人。
レベルだって素で<90>超えてるし、定期的に若返るから経験も豊富。
油断もまずしないから、本当に無敵なんだよ。
実際、今だって笑ってるよ。あの人。
「ほれ、仕置きじゃ――滅怒」
そう唱えた瞬間、マリアン師匠の指先が光った。
そして瞬きぐらいの時間だろうか、気付けばクシルは丸焦げとなって落下していた。
そのまま地面に叩きつけられ、やがて魔人から人の姿へと戻っていた。
「キシシシ! 死んでおらん。見た目より無事じゃ。――鈍っとるのぉ、どうよルイス!」
「全く……来るなら来るって言ってくださいよ。本当にもう……!」
「キシシシ! 愛弟子の驚く顔が見たかったんだよ! どうじゃ、嬉しかろう?」
そう言ってマリアン師匠は笑い、それを見て私が肩を落としていた時だった。
空が晴れ始め、汚れたマナが消え始めた。
「ダンジョン化が収まったのか……」
ダンジョン化が消え、空気が変わる。
そして下の方から、歓声の様に騎士団と冒険者達の声が聞こえてくる。
――終わった。
私はそう思いながら、気絶したクシルを背負うと、未だに唖然とするエリア。
そして師匠と共に下へと降りて行くのだった。




