冒険者+5:おっさんとエリク草(9)
「よっしゃ! じゃあ早速、エリク草採取だ!!――で、どうやって採るんだセンセイ?」
「今から教えるから……それと叫ばない。フォレストレオが目を覚ますぞ?」
気を失っているフォレストレオの前で、私とミアはそんな会話をしていた。
ミアは気合が入っている様だが、私はその声でフォレストレオが目覚めないか心配だよ。
気絶させたとはいえ、相手は植獣王類の魔物だ。
再生能力は健在だし、油断していたらあっという間にやられるぞ。
「さて、じゃあまずは、これを渡しておくぞ?」
「これって……櫛?」
私がミアへ渡したのは一見、櫛の様に見える物だった。
ミアは不思議そうに見ているが、使い方は間違いじゃない。
「使い方は櫛と同じさ。――よく見ているんだ」
私はそう言って、目の前に広がるフォレストレオの鬣――エリク草の山の前に立った。
そして、大量にあるエリク草――それを一枚一枚、繊細に髪をとかす様にしていく。
そうすると、エリク草は一枚ずつ、ゆっくりと私の手の中に収まっていった。
「これがエリク草だよ、ミア」
私はその内の一枚をミアへと渡すと、受け取ったミアは驚いた様子で手を震わせていた。
「す、すげぇ……存在感? いや質量? そのどれもが葉っぱ一枚の重さじゃねぇ。輝きだって、朝雫を浴びてるかの様だ。――まるで金貨みたいだぜ」
両手に収まる、僅か葉っぱ一枚にミアは感動した様な声を出していた。
エリク草――森の宝石、森の金貨とも呼ぶ者がいるぐらいだ。
自然豊かなこの地。
そのマナを吸うフォレストレオだからこそ、生み出せる至高の薬草。
しかし、その採取難易度故に流通することは殆どない。
運よくフォレストレオが体調を崩すか、身ごもっている時期。
その時期に偶然抜けるのを待つ以外、安全な採取方法はない。
エリク草の欠片が、麻袋一杯の金貨で取引されたという話もある。
それだけ貴重な薬草だ。
「さぁ、ミア。いつまでも見惚れている場合じゃないぞ? 君も採取してみるんだ。きっといい経験になる」
「お、おう……! やってみるぜ」
ミアはどこか、おっかなびっくりな様子でエリク草を道具袋へ収納すると、櫛を持ってエリク草の前に立った。
そしてゆっくりと、私のやり方をマネる様にしているが、動きは私よりも遥かに遅い。
けど焦らせることはない。
これがどれだけ難しいか、身をもって理解する。経験することが大事だから。
そして私の倍以上の時間を掛け、ミアはようやく一枚を採取した。
その額からは大量の汗が流れ、呼吸することも忘れたのか、採取と同時に大きく息を吐いていた。
「ハァ……!! これやっべぇ……強引にしようとしたら、すぐ破けそうになるし、だからって力を入れないと採れねぇし。なんでセンセイは、そんなスイスイと採取できるんだよ?」
「経験だ。経験がなきゃ、私だって出来ないよ」
ミアが悪戦苦闘している内に私は既に、袋一杯にエリク草を採取している。
だが簡単そうに見えても、エリク草はデリケートな薬草だ。
角度、力の入れ方、抜き方。
そのどれもが適切にしないと、すぐに破れてしまう。
ミアが採った物を見ると、苦戦したのだろう。
所々が破けているのが分かる。
だが、それでも諦めないのがミアだ。
私が十分な量を採取しているのを見ても、自身の手で採りたいのだろう。
汗を流しながら、再び挑戦していた。
「絶対に覚えてやる……! オレ一人でもできるぐらいに……オレだってルイスの弟子なんだ……!」
全く、私の弟子だからとか気負わなくて良いんだが。
けど覚えようと必死になるのは、見ていて嬉しいものがある。
――頑張れ、ミア。
私は心の中でそう呟きながら、彼女を見守るのだった。
♦♦♦♦
それから、どれだけ経ったのだろう。
30分? 1時間?――それとも、まだ10分も経っていないのかもしれない。
ミアも私も、時間の感覚が狂う程に採取し、見守っていた。
そしてミアが汗びっしょりで、服にもシミが出来るほど集中していると、ようやくその時がきた。
一切、破れておらず、完全なままの状態のエリク草がミアの手に落ちた。
「やった……やった……! よっしゃー!! 採れたぁ!!」
「よくやったぞ、ミア」
ミアは嬉しそうに声をあげ、私も気付けば軽く拍手をしていた。
弟子の成長――それを目の前で実感したのは何年ぶりだろう。
色々と教えてきたつもりだったが、こうやってみると、まだまだ教えることがあると自覚させられるな。
――もしかすると、まだ引退は早いのかもなぁ。
「見てくれよセンセイ!! 採れたぜ!!」
「あぁ、見えてるよ。よくやったな」
『ガルルルル……!』
私はミアが見せてくるエリク草を見て、口元が緩むのを感じていた。
それだけ嬉しく思えるし、ミアも嬉しそうにエリク草を大事にしまっている。
私も採った袋をエミックに収納してもらい、これでひと段落できた。
『ガルルルル……!』
それにしても大変だったな。
だがこれで依頼は達成したし、早く戻るか。
『ガルルルル……!』
なんだ、さっきからうるさいな。
せっかく人が感傷に浸っていたのに。
「ミア、さっきからうるさいぞ?」
「へっ? あたしじゃなくてセンセイじゃね? だって私何も言ってねぇし」
「へっ?……じゃあ、この声は?」
『ガルルルル……!』
私は嫌な予感を抱いた。
ミアも同じなのだろう。彼女も嫌な汗を隣で流し始めていた。
そして私達はゆっくりと振り返ると、そこで巨大な瞳と目があった。
『ガルルルル……!』
フォレストレオだ。いつからだろう……目を覚ましている。
しかも、間違いなく巨大な目が私達を写している筈だ。
「ミア……!」
「お、おう……!」
私達は同時に回れ右をし、少しずつ歩き出した。
――そして。
『ガオォォォォォォン!!!』
「逃げるぞぉぉ!!!」
「だぁぁぁ! なんでこうなんだよぉぉぉ!!!」
フォレストレオが叫ぶと同時に、私達は猛ダッシュでその場を跡にするのだった。
後ろから聞こえる攻撃音と、フォレストレオの咆哮を耳に入れながら。
こうして私達の『絶対樹界・翠獣の密林』――<ビースト・ジャングル>攻略は終わった。
そして私達は急ぎ、王都へ帰還していった。
――だが、この時の私は知る由もなかった。
王都に帰った私が、再び五大ギルドと衝突することになるとは。




