おっさんとエリク草(4)
あの後、先程の場所を跡にした私達は、嘗てこのダンジョンで私が拠点に使っていた場所へと向かった。
道中、フォレストボア――このダンジョン特有のイノシシと出会い、食料として狩った私達は、多少は人の手が入った広い空間に出た。
ここだ。ここが嘗て、私が使っていた場所だ。
多少は荒らされているが、密林にしては綺麗なものだ。
近くには川もあるし、テントを張るには困る様子もない。
間もなく日が暮れる。
私とミアは急ぎ、テントを張ったり、火を起こした。
あと魔物避けも設置し、最後にはフォレストボアを水魔法で血抜きして捌いた。
そして完全に日が暮れた頃には、月、焚火やランプ以外の明かりは消えた。
そんな中で私は獲ったフォレストボアの肉を焼き、それをミアへと渡した。
「ほらミア、熱いから気を付けろよ」
「分かってるって! んじゃ、いただきま~す!――んめっ! やべぇよ、この肉!? まるでハーブまぶしてるみたいで香りもすげぇ良い!」
かぶりつく様に食べるミアの姿を見て、私は胸が温かくなるのを感じながら、私も肉を食べた。
――あぁ、《《懐かしい味》》だ。よく食べたっけ。
スペアリブも噛むと肉汁が溢れるし、肉汁にも旨味がある。
しかも肉も臭くない。フォレストボア特有――まるでハーブを使ったかの様に良い匂いがしている。
「久し振りの味だ……修業時代、よく獲って食べたっけ」
「んぐ?――ゴクッ! 修業時代? センセイ、もしかしてこのダンジョンで修行してたのか?」
肉を呑み込んだミアが、興味深そうに見てくる。
そういえば言ったことなかったか。
「あぁ、もう随分と昔だが……師匠の命令でな。このダンジョンに一人で放り込まれたんだ」
「へぇーセンセイの師匠ねぇ。んで、いつぐらいの時に放り込まれたんだ?」
「6歳ぐらいかな?」
「6歳!?」
ミアは肉を食う手を止め、目を丸くして私を見てくる。
「6歳ってマジかよ!? ここ危険度9ダンジョンだぜ!? よく生きてたなセンセイ……!」
「本当にそう思うよ……『+Level5』があるんだから、死にはしないだろうって師匠は言ってたよ」
――うっ、思い出すだけでメンタルが削れるな。
ナイフ数本とテントだけ渡されて、ここに放り込まれたんだったな。
『まぁなんじゃ。お前のスキルなら死にはせん。――お前に必要なのは経験じゃ。一ヶ月後に迎えに来てやる。それまでせいぜい生き残れ』
「今では感謝してるが、思い出すとやっぱり腹が立つな。――あのババァ……!」
思い出すと、やっぱり怒りが込み上げてくる。
けど最初は恨みはしたが、今となっては感謝もしている。
そのお陰でダンジョンの経験が多く身についたし、魔物との接し方も覚えたから。
でもやっぱり腹が立つ。あのババァ……最近は会ってないが、文句の一つでも言いに行きたい。
「うわぁ……センセイのダンジョン知識。その根源を知った気がしたぜ」
「まぁ実際、今の私を作ったのは、このダンジョンだからなぁ……根源といえば根源だ」
怖かったなぁ。
夜は魔物の鳴き声で眠れないし、何を食べれば良いかは分からないし。
魔物との初戦闘は今でも覚えている。
腕に怪我するし、片手で暫く生活したもんだ。
あれがあったから、武器をガントレットブレードにしようと決めたんだったな。
「……ハァ。今となっては良い思い出か」
「ため息を吐きながら言うなよ、センセイ。けど、それで納得した。センセイ、このダンジョンについて詳しすぎるって思ってたからよ」
「そりゃ6歳の時に一ヶ月もいたんだ。嫌でも覚えるよ。死活問題だったんだからさ」
「……マジでセンセイの師匠ってどんな奴なんだ?」
ミアが不思議そうに見てくる。
そう言えば師匠についても話したことなかったな。
「魔女だよ魔女……チユさんやギルド長の知り合いでさ。魔法で定期的に若返る自由人だよ」
「へぇー魔女か。なんか凄そう」
「実際、凄いよ。レベルは90超えてるし、本当に伝説級の人だ」
私が基礎魔法を全て使えるのも師匠のお陰だし、悔しいけど、やっぱり優秀な人なんだよな。
『お前、普通じゃ。魔法の才能が普通じゃ普通』
そんなことを言って、褒めるとかしない人だったな。
歯に衣着せぬ、まさにそんな人だ。
私はスペアリブをかじりながら、そんな事を思い出す。
「そんな凄い人なら、オレもいつか会ってみてぇな」
「気まぐれな人だからね……案外、その内に会いに来るかもしれないよ」
呼び出しておいて、家にいないとかザラだったし。
本当に自由人だから、会おうと思って会えないんだ。
でも年に一回は必ず会いに来るし、もしかしたら近々、会いに来るかもな。
「とりあえず、師匠の話は終わりだ。今日は休もう。明日からフォレストレオを探すから大変だぞ。――焚火の番は最初は私がやっておく、先に休め」
「わりぃ、センセイ。ハッキリ言ってありがたい……思ったより疲れてるみたいだ」
ミアはそう言って目をこすっていた。
仲間の家族の命が掛かっているんだ、きっと眠れなかったんだろうな。
「んじゃ、ごめん……先に寝る」
「あぁおやすみ」
ミアはそう言ってガントレットを外しながら、テントの中へと入って行く。
残された私は、エミックと共にもう少し肉をかじり続けた。




