おっさんとエリク草(1)
この二週間は退屈なものだった。
そして不便だった。
お風呂を控える様に言われるし、トイレだけでも痛みで大変だったよ。
エリアやミア達が手伝うと言ってくれたが、そこはプライドで耐えた。
まだ介護される程じゃない!
いや、実際おっさんだけどさ。なんか一線があるからね。
他にも誰が言ったのか、わざわざフレイちゃんが来てくれたし。
チユさんも来てくれて怪我を見てくれたよ。
そんなこんなで、皆に手伝って貰う日々だった。
食事や掃除。そしてベヒーの世話。
話し相手――は少し違うが、暇潰しにも付き合って貰ったな。
騎士や冒険者の人達も見舞いに来てくれて、少し目が潤んでしまった。
弱ってる時こそ、他者からの優しさが響くんだ。
けどフレイちゃん。添い寝は別に必要なかったよ。
それとエミックに食事を食べさせてもらった時は、何か負けた気分になったな。
けれど安静とはいえ二週間は退屈過ぎた。
だからといって、すぐにダンジョンに行きたい訳じゃないけどさ。
――あと『永遠の黄金船』についてだが、彼女等からの接触はなかった。
どうせ連中の事だ。
今回の揉め事の自然消滅を狙っているのだろう。
だが不思議じゃないさ。連中の悪名もよく知っている。
それぐらい面の皮が厚い連中だ。
今回は私も、連中が相手なのに油断したのもある。
だから今回だけは許そうと思う。
だが次はない。もし次に仕掛けてくれば、絶対に容赦はしないさ。
――無論、周囲の人達を巻き込んでも同じだ。
まぁどうせ、今も何か企んでるんだろうけど。
今回は損害は向こうが大きすぎた。
きっと取り返す為に何かをする筈だ。
少し小太郎に頼んで見張ってもらうのも手かもしれないな。
そんな事を考えながらも、二週間はあっという間に過ぎて行った。
♦♦♦♦
そして二週間が経った今、私は騎士団本部にいた。
目的――というか、仕事だ。
本来の仕事――ダンジョンの相談役としての仕事だ。
まだ本調子じゃない今だからこそ、こういう時にしなければね。
そんな事を思いながら私は、参加してくれた騎士達の前でダンジョン講座を行っている。
内容は黒板に洞窟内の絵を描き、洞窟系ダンジョンでの注意点や魔物についてだ。
「この様に、洞窟内ダンジョンは視界が悪いことが多い。そんな環境下で注意するのは死角になっている横穴だ。気付かずに通り過ぎて、そこを巣穴にしている魔物に襲われるというのがよくある」
特に初心者冒険者の半数以上は、この被害にあっている。
だから初めてのダンジョンで洞窟系は行くなと、良く言ったものだ。
何故か洞窟系ダンジョンは簡単そうなイメージがある様だが、普通に危険度が高い。
視界は悪いし、空気も微妙だし、魔物は奇襲ばっかりだし。
覚えている限り、かなりの回数で助けに行った覚えがある。
「それと足場も悪かったり、いきなり崖みたいになっている場合もある。だから騎士だと鎧等の重装備ではキツイと思われるから、それ用の軽装の準備が必要だと私は思っている」
「……軽装か」
「確かに街ならともかく、洞窟や森で鎧は寧ろ邪魔になるか……」
「実際、副団長は森も洞窟も無事に帰ってきたらしいからな」
「いや、あれは軽装過ぎるだろ」
確かにエリアは軽装過ぎる。
色仕掛けでもしてるのかと思ってしまうし、目のやり場に困る。
ただ最近では任務や修行として、自身でも近場のダンジョンに言っているらしい。
ちゃんと危険度を把握し、準備もしているから、そこは褒める所だな。
「私から言えることは周囲の要確認。そして各ダンジョン用装備の準備が必要だと思っている。他には――」
私がそこまで言った時だった。
昼時間を知らせる鐘の音が鳴り響いた。
「おっと、昼だな。今回は終わりにするよ。何かあった時はすぐに相談して欲しい。ダンジョンや魔物に関してなら、分かる範囲で教える」
「了解!」
騎士達はそう言って礼で返すと、簡単に片づけて昼に向かった。
私も軽く食事にするか。
どこで食べるかな。騎士団の食堂か、それとも外か――
「センセイ! ここにいたんだな!」
そんな考えていた時だ。
突如、ミアが私の前にやってきた。
珍しいな。騎士団本部に直接やってくるなんて。
「どうしたミア? わざわざ騎士団本部に来るなんて……」
「いや……実は相談があってさ。時間、貰える?」
「あぁ、構わない。じゃあ外に行くか」
彼女が直接来るなんて、きっと何かある筈だ。
そう思った私は外に行くこと提案すると、ミアも頷いた。
そして私達は騎士団本部から出ると、食事をする場所を探しながら街中を歩く。
「それで? 何か訳アリだろ?」
「やっぱセンセイは分かるか……」
そりゃ分かるさ。いつもより覇気もないし、少し顔色も暗い。
伊達に一緒に暮らしてなかったんだ。それぐらいは分かるさ。
「その……センセイは怒るかも知んねぇけど、あるダンジョンに行きたいんだ」
やや思いつめた顔のミアは、そんな事を言った。
私が怒るダンジョンとは、もしかして訳アリの場所か?
「いきなり怒りはしなさ。それで、どこのダンジョンだ?」
「……『絶対樹界・翠獣の密林』――別名<ビースト・ジャングル>」
「そこは……!」
私は思わず足を止めてしまった。
そのダンジョン。確かに特別な場所だ。
「やっぱり怒るよな……?」
ミアは少し恐る恐ると言った様子で見てくるが、私は首を横へ振った。
「理由も無しに怒りはしない。無断で行ったとか、そういうのなら怒る。だが、ちゃんと聞きに来た以上は怒らないさ」
私はそう言ってミアを安心させるが、それでもすぐにダンジョンについて頷く事はできなかった。
「けど同時に分かってるな? そのダンジョンは、私がお前達――弟子に入ることを禁じたダンジョンの一つだという事に」
「……あぁ。だからセンセイに許可を貰いに来たんだ」
ミアは真っ直ぐに私の目を見て、そう言った。
覚悟があるな。だがすぐに頷ける場所じゃないぞ。
「あそこは危険度9ダンジョンだ。――ボス魔物のレベルも80を超える。それに環境、生息魔物も危険度9の中で間違いなく上位だ。君達でも危険すぎる、だから禁じたんだ」
「それでも行かなきゃならないんだ……仲間の子供が、稀な病気になっちまったんだ」
そう言う事か。
ミアが意味もなく向かう場所じゃないとは思っていたが、それならば納得だ。
「なら目的は……『エリク草』か」
「あぁ……その薬草なきゃ無理だって、チユばあちゃんが」
「成程な……しかし、よりによって『エリク草』とは」
私は思わず手で顔を覆ってしまった。
特定の病気に必須の希少薬草――『エリク草』
ダンジョンに入らなければ、間違いなく手に入らない代物だ。
その薬草の欠片だけで、金貨数十枚は動く程に希少。
何故なら、その『エリク草』は『翠獣の密林』のボス魔物の鬣だからだ。
――『絶対樹界・翠獣の密林』――別名<ビースト・ジャングル>
そこの獅子型ボス魔物――『植獣王類:ガイアンレオ』の。




