冒険者+5:おっさんとオリハルコン(1)
嫌な相手が来たものだ。
五大ギルド『永遠の黄金船』
金にものを言わせて店や商会を買い漁り、勢力を拡大した連中。
ギルド長を始めて見るが、私個人として好きな相手じゃない。
しかも目的は『虹鉱石』と『オリハルコン』と来たもんだ。
厄介事の匂いしかしないな。
「まぁオリハルコンは後回しにね。まずはその『虹鉱石』をいい値で買いましょう?」
「ふざけるな! これは私と師匠が命がけで取って来たものだ! 元々の依頼人でもない貴様等に渡す理由はない!」
「クロノの言う通りだ。本来、依頼金は依頼した冒険者が死んでも戻らず、リスクが多い場合もある。――だから君達は他所でも依頼をせず、確実にブツを持ってきた私達に接触してきた。違うか?」
恐らく、このギルドを監視していたのもこの連中だ。
確実に『虹鉱石』を持って帰ったギルドを探していたんだろうな。
「悪いが帰ってくれ。君達のやっている事はハイエナと変わらない!」
「酷い言いようね。でも私相手にそんな口を利くなんて、流石は『白帝の聖界天』を敵に回した男かしら?」
「それを知っているなら話は早い。私は五大ギルドを恐れてないよ。――さぁ、帰ってくれ」
五大ギルドはとっくに腐ってる。
その中でこの連中は、その筆頭だろうな。
白帝の聖界天は後継者が駄目だったが、それでもこの連中よりはマシだ。
「そんなに嫌わなくて良いでしょ? 言ったはずよ、いい値で買うって。――バサカ!」
「はい」
クシルの言葉にバサカと呼ばれた巨漢の男は、大きな麻袋を私達の前に置いた。
そして中身を目の前でぶちまけると、中からは大量の金貨が出てきた。
「なっ! あれ全部金貨か!?」
「す、すげぇ……! 1000以上はあるぜ」
確かに圧巻だ。だが所詮はパフォーマンスでしかない。
こんな圧巻な光景を見せれば、今の彼等の様に反対していた者の心象すら変えてしまう。
「これでどう? 足りなら、あと5袋は追加できるわよ」
「5袋!?」
「す、すげぇ……!」
黒の園のギルドメンバーの数名は既に目が金貨で一杯になっているな。
だが甘い。クロノはそんなでなびく男じゃないぞ。
「何袋でも同じだ! お前達のやり方が気に入らない! その金貨ごと帰れ!」
よく言ったクロノ! それでこそ私の弟子だ!
もう何人も見てきたからね。彼女達のやり方で夢を見せられて、そのまま駄目にされた人達を。
この金貨だって怪しいものだ。
『虹鉱石』以上の対価を求めるに決まっている。
「頑固ね……けど、金貨を払った以上、もう良いでしょ?――バサカ!」
「はい」
バサカと呼ばれた男は、ゆっくりと『虹鉱石』へ近付いていく。
まさか、このまま持っていく気か!?
「待て! そんな事は許さん!」
私が止めに入ろうとした時、それよりも先にクロノが動いた。
『虹鉱石』の前に飛び出し、スキルを使おうとしている。
――時だった。
「邪魔だ。――剛拳力!」
男の腕に魔力が篭った。
質の高く、重い一撃が来る。
「下がれクロノ!!」
私は咄嗟に叫んで腕を伸ばしたが、間に合わない。
クロノはスキルと出したと同時に吹きとばされてしまった。
「ぐわっ!?」
「クロノ!?」
「ギルド長!?」
私とギルドメンバー達が一斉にクロノを心配したが、クロノは最後は受け身を取っていた。
「……問題ありません!」
問題ないって言うが、くそっ! 好き放題してくれる。
クロノも疲労しているから、あんな攻撃を受けてしまったんだ。
だが、そんなクロノを見てバサカと呼ばれていた男は笑っていた。
「フフフッ……オリハルコン級ギルド長が、この程度か」
「何を……!」
「貴様! ギルド長を侮辱するか!!」
侮辱する言葉にクロノとギルドメンバー達が怒りの声をあげている。
だが駄目だ。クロノ達に手を出させれば、きっと奴等の思う壺だ。
私は咄嗟に間に入り、腕を出して制止させた。
「クロノは疲労しているんだ。君達と違って、彼は楽を覚えなくてね……師としても心配だ」
「なんだと……? ダンジョンマスターよ、異名を持つ貴様といえど喧嘩を売るなら容赦はせんぞ」
「試してみるかい?」
私はそう言ってバサカの前に腕を出し、手を広げた。
ちょっとした力勝負だ。
「面白い……!」
バサカは乗ってきた。
私の倍以上の掌で私の手を掴むと、私も彼の手を掴んだ。
そして同時に握りつぶす様に力を入れた。
――だが悪いな。エミック、力を借りるぞ! スキル発動『+Level5』だ!
私はレベルを変化させた。
対象はエミックのレベル84だ。そこから+5――レベル89だ!
「ぬぅっ!!?」
「どうした力自慢……こんなおっさん相手に余裕がないぞ?」
バサカから大量の汗が流れ始めた。
だが容赦はしない。弟子に手を出されて黙っている訳にはいかないんだよ。
「何をしているバサカ! 早く終わらせなさい!」
クシルは焦った様にそんな事を言うが、流石にレベル差があり過ぎるぞ。
そして技量もだ。
私は相手が力を入れずらい態勢へと持っていき、最後にこれでもか力を入れた瞬間、バサカは叫んだ。
「ぐああぁぁぁ!!? ま、待て! 待ってくれ!!」
「これ以上は、いたぶりか……」
私はサディストじゃない。
弟子に手を出されたが、一線を越える気はない。
私が手を放すと、バサカは掴んでいた左腕を抱えながら膝を付いた。
呼吸は乱れ、彼のスキンヘッドから大量の汗が流れていた。
「何をしているバサカ! 早く『虹鉱石』を!」
「っ! は、はい!」
バサカはすぐに立ち上がって『虹鉱石』を奪おうと手を伸ばした。
しかし、それよりも先に『虹鉱石』に触れるものがいた。
『~~♪』
「エミック!?」
それはエミックだった。
エミックは口を開けて闇腕を出すと、スッと残った『虹鉱石』を根こそぎ口の中に入れてしまった。
「なっ! なんだこのミミックは!――この野郎!!」
バサカは怒りに任せ、エミックに殴りかかった。
だがそれは無謀だ。よりにもよってエミックを相手するのは――
『――!』
そして案の定、エミックは闇の腕を出し、殴り掛かってきたバサカを逆に殴り飛ばしてしまった。
バサカはそのまま入口から外へと吹っ飛んでいき、最後は大きな音が聞こえた。
多分だが、壁に思いっきり激突したんだな。
「なっ! バサカ……!」
「マジか……! バサカさんはギルド長の右腕で、最強のギルドメンバーだぞ!?」
「それを……! あんなおっさんとミミックに!?」
成程ね、所謂副ギルド長的な立ち位置だったのか。
彼が吹っ飛んだ事で、クシルと残りの『永遠の黄金船』の者達の様子が変わった。
恐れる様に、思わず後退りしていた。
良し、やるならここだな。
「さてどうするメアリギルド長殿? やり合うなら私個人が相手をする。だが忘れるな。『白帝の聖界天』はケジメを付けたから許したんだ。君達はどうケジメを付けるか楽しみだ」
「うっ……わ、分かったわよ! 降参よ!――全く、本当に五大ギルドを恐れてないなんて。その金貨は慰謝料代わりにやるわ! 『虹鉱石』も諦める!」
よしよし、流石に引き際は分かってるな。
そこは流石は商売人ってところか。
「ふぅ……なら正式なら依頼ならどう? ダンジョンマスター。オリハルコンの回収を依頼するわ!」
「オリハルコンか……あれは別に私じゃなくても採れる筈だ。最悪、ドワーフに頼めば良いだけだ」
世界中の鉱石を扱えると言われるドワーフ族。
彼等ならオリハルコンぐらい取って来てくれるし、それか売ってくれると思うが。
「それが出来たら苦労しないわよ……訳あって、ドワーフ族には頼めないのよ」
「怒らせたな彼等を」
気まずそうに顔を逸らすクシルを見て察したよ。
確かに職人気質の多いドワーフ族だ。
金払いだけ良い連中は平然と嫌うだろうな。
信頼関係、彼等と商売・協力するならまずそこからだよ。
「他の冒険者は?」
「依頼したわよ……けど皆、貴方の名を出すのよ」
連中め、面倒くさがったな。
確かにオリハルコンの採取は特殊過ぎるが、全くもう。
「……量は流石に確約できないよ?」
「それでも良いわ……全く、伝説の物質オリハルコン。それの採取を依頼しても涼しい顔をするなんて。これがダンジョンマスターって事かしら」
そう言ってクシルは指を鳴らすと、後ろからギルド員達が麻袋を持ってきた。
「依頼金よ。量次第じゃ倍出すわ」
「こんなに要らないって……この程度で十分だよ」
そう言って私は麻袋の中に手を入れ、6枚程金貨を手に持った。
「欲がないのね」
「ダンジョンで欲を持つと早死にするからね。基本ルールだよ」
「あっ、そう」
そう言ってクシルは麻袋を回収すると、そのまま他のギルド員達を引き連れて出て行った。
やれやれ、ようやく一息つけるよ。
そう思いながら私はクロノの方を見た。
「大丈夫か、クロノ?」
「えぇ……しかし、良いんですか? 確かオリハルコンの採取は――」
「まぁ何とかするさ。気分次第だけどね」
オリハルコンの採取。
それは本当に時の運とも呼べるだろう。
だから危険度というよりも、難易度が安定しない代物だ。
だがそれだけの価値はある。
私の両腕のガントレットブレードもそうだし、業物の大半はオリハルコン製だ。
「全く、休めると思ったが……準備次第ですぐに出ないとな」
全く、36歳に無理をさせないでくれよ。
断れない私も私だけどさ。
そんな事を思いながら、二日後――私はオリハルコンの採取へ向かうのだった。
 




