意外な解決法
(うーん、盛り上がってるなぁ……)
「では、私達がディア様の鱗を飲むのはやめた方がいいのですか?」
「そうじゃなぁ。理論上はお主達もパワーアップするはずじゃが、流石のワシも使徒に鱗を飲ませたことなどないのじゃ。どんな不具合が起こるかわからぬから、余程切羽詰まった状況でもないならやめておくのが賢明じゃろうな」
「そうですか……残念ですわ」
「ねえねえ、次! 次はアタシの質問にも答えてよ!」
「カカカ、よいぞよいぞ! そのやたら美味い焼き菓子を貢ぐなら、幾らでも答えてやろう!」
聖が持ち込んだ缶入りの高級クッキーを差し出され、それを囓りながら機嫌良く質問に答え続けるディアに、祐二は内心で苦笑を浮かべる。当初の予定では剣一という共通の友人を通してのお互いのパーティに関する情報交換とか、もっと単純に個人的な交流が進めばと思っていたのだが、ドラゴンなどという存在がいれば、そこに注目が集まるのは考えてみれば当然であった。
「へー、ドラゴンって普通は一つの世界に一体しかいないの?」
「そうなのじゃ。ドラゴンが余所の世界を訪ねるのは、その世界を喰らって己の力とするためじゃが、先客がいるとなれば、戦って奪わねば世界を喰らうことは敵わぬ。
とはいえ自分と同格の相手と戦ったりすれば、勝つにしろ負けるにしろ大きく力を消耗するじゃろう? そうなればどうあっても収支はマイナス、となれば黙って他の世界に行く方が賢明なのじゃ。
故に普通は多くて二体、その世界から生まれたドラゴンと、外からやってきたドラゴンが戦う感じじゃな」
「なるほどー。まあ合理的ではあるのね?」
「じゃあ何でディアとニオブはここにいるんだ? どっちが先か知らねーけど、どっちかは来ないはずなんじゃねーの?」
感心するエルを横に、剣一が疑問を投げかける。すると先にニオブが頭をブンブン振りながら答えた。
「俺ちゃんがこの世界に来たのは二〇年前だけど、その時にディアがいるなんて気づかなかったぜ? てか、知ってたら普通に他の世界を狙っただろうしな。ウェイ!」
「ワシがこの世界にやってきたのは、おそらくはこの世界にダンジョンが生じた五〇年前じゃろうな。ただそれはワシが意図したものではなく、ワシの封じられていた場所にこの世界のダンジョンが偶々通じたからに過ぎぬ。
それに封じられていればワシの存在を外部から感知などできぬじゃろうから……先にいたのはワシでも、互いにその存在に気づかなかったのじゃろうなぁ」
「でも、剣一さんが封印を解いたんですよね? ならその時に気づかれなかったんですか?」
「無理無理! だってイッチーがディアの封印を解いてからやられて弱体化するまで、正味三日だろ? この世界に入ってくる時点でドラゴンがいないって確認してたし、世界からドラゴンが生じるなら五年一〇年ってスパンで兆候がでるから、流石に毎日チェックなんてしてないんだぜ!
それに俺ちゃんの注意は、ヒデオン達の動向に集中してたからな。それ以外なんてそれこそ気にもしてなかったなぁ……ウェイ!」
「それが道理じゃな。ワシだって立場が逆なら、使徒を放っておいて他のドラゴンが隠れ潜んでいるかを毎日チェックしたりするような無駄なことはせぬのじゃ」
「ヒデオン……ということは、この世界にはもう他のドラゴンはいないってことですか?」
微妙なあだ名をつけられた英雄が、ディア達に問う。するとディアがは「当たり前じゃ!」と言おうとして……しかしその視線が剣一の方を向いた。
「普通に考えれば、その通りじゃ。少なくとも今のワシがしっかり調べても、他のドラゴンの存在は感知できぬ。が……」
「ウェーイ……」
「な、何だよ。また俺か!? 俺が何したっていうんだよ!?」
「別に何もしておらぬが、ケンイチが絡むとあり得ぬ事があり得そうな気がするのじゃ」
「私知ってるよ! こういうの『フラグ』って言うんだよね」
「どうするの剣ちゃん、これ以上ドラゴンが増えたら、流石に部屋に入りきらないんじゃない?」
「やめっ!? やめろよそういうの! マジで困るから!」
キラリと眼鏡を光らせる祐二に、剣一は心底嫌そうな顔をして言う。今でさえかなり手狭なのに、ここにもう一体増えたりしたら、本当に寝る場所がなくなってしまう。
「確かにケンイチはそういうところありそうよね。てかそもそも何でケンイチは、こんな狭い部屋に住んでるわけ?」
「エルが俺の何を知ってるってんだよ!? それに狭いって言われても、この部屋だって家賃大分高いんだぞ? これより広い部屋なんて、今の収入じゃとても借りられねーよ」
「え、そうなの? あんなに強いなら、お金なんて楽勝で稼げるでしょ?」
剣一の言葉に、エルが心底不思議そうな顔で問うてくる。だがそれに対する剣一は苦い表情だ。
「馬鹿言え、強いからって金になるわけじゃねーんだよ。それにそもそも、今は法改正の影響でダンジョンに潜れなくなっちまったからなぁ」
今の剣一の収入は、日給五〇〇〇円の指導員の仕事だけだ。英雄達の指導員をしたことで多少貯金の額は増えたが、定期収入が見込めない現状、家賃の高い部屋に引っ越すことなどできるはずもない。
「あー、そっか。ここでもあの変な法律が邪魔してるのね」
「そういうことでしたら、私の方で物件を紹介致しますわ。剣一様であれば、うちの所有する物件を無償でお貸ししても構いませんし」
「えっ!? いや、それは――」
「うわー、凄いね剣ちゃん! 前に言ってた話が本当になっちゃったんだ!」
「前? 俺なんか言ったっけ?」
「言ってたよー! ほら、女の子を助けたらそれがお金持ちのお嬢様とか外国のお姫様で、自分の困りごとをパパッと解決してくれるって!」
「あー……」
「何よケンイチ、アンタそんなこと考えてたの?」
「そういうことでしたら、是非とも全てお任せ下さい!」
確かにそんな事を話した気がして顔をしかめる剣一に、エルが呆れた、聖が嬉しそうな顔で声をかけてくる。確かにここで聖に甘えれば、住居問題は一気に解決、それどころか割のいい仕事なんかも紹介してもらえそうだが……
「ごめん、そこは気持ちだけもらっとくってことで」
「何故でしょう? むしろお爺様も、剣一様と縁が繋がったと喜ばれると思いますが……?」
「ぐむ……いや、でも…………」
「勘弁してあげてよ聖さん」
言い淀む剣一に変わり、祐二が横から口を挟む。
「剣ちゃんはいい奴だからさ、一方的な借りを作りたくないんだよ」
「借り、ですか? それを言うのであれば、私達が受けたご恩は、まだまだ全く返し切れていると思いませんが」
世界を滅ぼす竜を退治してくれた恩に、金銭如きで報いられるとは思っていない。暗にそう告げる聖に、しかし祐二は苦笑する。
「そうかも知れないけど、剣ちゃんのなかでは違うんだよ。先輩として格好つけたいとか、あとはちゃんと対等な友達でいたいとか、そういうのがあるのさ」
「おま、祐二!? そういうこと言うなよ!」
「駄目だよ剣ちゃん、こういうのは言わないと伝わらないから。それにほら、僕達は冒険者だからね。やっぱり自分の生活費くらい、自分で稼ぎたいんだ。そこを甘えちゃうと、日々を頑張る原動力がなくなっちゃうっていうか……」
「なるほど……配慮が足りず、申し訳ありませんでした、剣一様」
「いや、いいって! あーもう、くそっ……こうしてやる!」
「うわっ!? ちょ、やめてよ剣ちゃん!」
隠していた本音を暴露された剣一が、照れ隠しと腹いせに祐二の眼鏡にペタペタと指紋をつけていく。それを見た愛や聖が優しい笑みを浮かべていると、不意にエルが大きな声をあげた。
「よーし、わかったわ! ならケンイチ、アンタうちに来なさいよ!」
「エル? だから俺は、誰かの家に居候する気は……」
「そうじゃなくて! ケンイチがお金を稼げないのは、あの法律のせいでダンジョンに潜れないからでしょ? ならそれの関係ない場所にいけばいいのよ!
ってことで、アンタうちに……アトランディアに来なさい! ちょうどアタシも一回家に帰らなきゃって思ってたから、一緒に行きましょ」
「……へ?」
あまりにも予想外のお誘いに、剣一の口から間抜けな声が漏れる。だがこれこそが、剣一の初めての海外遠征、その最初の一歩であった。





