後の先
「いや、違うんですよ。自分はただの偵察兵で、幹部とかそんなんじゃ、全然……」
「嘘よ! さっきアンタ自分のこと、四天王とか言ってたじゃない!」
「あれは……ちょっと調子に乗ってたっていうか……」
巨大な単眼を死んだ魚のように濁らせつつ床に転がる蛇目玉に、まだ痺れの残る足でプルプル震えながら立つエルが激しく問い詰める。そしてそんなエルの横では、剣一が英雄と話をしていた。
「じゃあこいつは英雄達が倒そうとしてる、悪の親玉じゃないのか?」
「いえ、違います。このくらいの敵だったら、今の僕達でも何とか倒せますし」
「オ? おい小僧、テメェなに舐めたこと言ってやがる?」
「アンタこそ何凄んでんのよ!? 自分の立場わかってんの!?」
「痛い!? 痛いです! 蹴らないで!」
英雄に凄もうとした蛇目玉が、エルに蹴られて情けなく床を転がる。だが同時に自分の足にも衝撃が走ったらしく、エルもまた歯を食いしばってその刺激に耐えている。
「くぅぅ……何もかもアンタ達が悪いのよ! このっ! このっ!」
「あーれー!」
「……じゃああれ、どうするんだ? 倒しちゃった方がいいのか?」
「そうですね、その方が後腐れがなさそうですけど」
「待て待て待て! 俺を倒したりしたら、ここで俺が死んだって情報があのお方に筒抜けになるんだぞ! そうしたらお前らなんか一瞬で全滅だぞ!」
「何でアンタが偉そうなのよ! ていっ!」
「うひゃーっ!?」
「というか、貴方を生かして返したとしても、私達の情報は伝わりますよね? ならばやはり、ここはケジメ……ごほん、倒してしまうのが一番だと、私も思いますわ」
「いやいや、言わねーって! これだけコテンパンにやられたんだから、もう田舎に引っ込んで静かに暮らすから! な!」
「流石にそれを信じるほど、僕達だって馬鹿じゃないよ」
「ふーむ……」
一連のやりとりを聞いて、剣一が考え込む。心のメガネがキラリと光り、纏められたのは「何をどうやってもこちらの居場所がばれる」という事実。
「……そうか。それならそれでいいんじゃないか?」
「え!? 剣一さん、まさかこいつを見逃すんですか!?」
「ん? あー、違う違う。そっちじゃなくて、こっちの居場所がばれるってのは、どうでもいいんじゃないかなって」
驚く英雄に剣一がそう告げると、蛇目玉が「え、俺を助けてくれるんじゃないのか!?」とでかい目を見開いたが、剣一はそれを華麗にスルー。そのまま言葉を続けていく。
「世界が危険とか言われてもピンとこないけど、結局敵は倒さないと駄目なんだろ? そういう奴ってさ、多分こう……罠とかガンガン張りまくって、スゲー複雑なダンジョンの奥みたいなところで待ち構えてると思うんだよ。
そういうのを攻略するのも楽しそうではあるけど、向こうからこっちに来てくれるとか、直接相手の前に招待してくれるとかなら、もうその場で決着つけちゃえばいいんじゃね?」
「いいんじゃね? って……ケンイチ、アンタ本当に頭悪いわね?」
「おま、そういうこと言うなよ!」
「言うわよ! 何でアタシ達がこそこそ逃げ回ったり、地力を鍛えようとしてたと思ってるのよ! 今のアタシ達じゃそいつにとても勝てないからでしょ!」
「いや、そんな事俺は知らねーけど……でも俺なら多分勝てると思うんだけどなぁ」
「あの、剣一様? 剣一様がお強いのはわかりましたけれど、『多分』で命を賭けるような博打はお勧めできませんわ」
あまりにも楽観的な剣一の言葉に、聖が見かねてそう告げる。だが剣一は真面目な顔で首を横に振り、それを否定した。
「そりゃ違うぞ聖さん。敵がどれだけ強いかなんて、結局は戦ってみないとわかんないんだ。どれだけ自分を鍛えたって、どれだけ準備を整えたって、結局『多分勝てる』の域を出ることなんてないんだよ。
とはいえ今の英雄達が準備不足ってのはわかるから、そこは俺が先輩として頑張ってみようかなって。
どうだ英雄? ぶっちゃけ俺が負けたとしても、英雄達に不利になることがあるわけでもないんだし、やってみる価値はあるんじゃないか?」
「それは…………」
剣一の言葉に、英雄が考え込んだ。考えて考えて、必死に考え抜いて……やがて決意を込めて、英雄が顔をあげる。
「……わかりました。ならみんなで行きましょう」
「えっ!? ちょっとヒデオ、本気なの!?」
「勿論本気さ。こんな冗談言わないよ」
「ですが英雄様、それはあまりに無謀ですわ!」
英雄の言葉にエルが驚き、聖が責めるような言葉を口にする。だがそんな二人に、英雄は穏やかな表情で言葉を返す。
「わかってるよ。今の僕達が敵陣の真っ只中に飛び込んだら、きっと無駄死にするだけだ。せめて四人目が見つかっていれば違っただろうけど、今更だしね。
でも、きっと今しかないんだ。その四天王がここに現れた時点で、この場所に僕達がいたことは、かなり高い確率でバレたと思う。そうなればこの一帯は厳しく捜索されて…………僕達の家に、辿り着いちゃうと思うんだ」
「っ!? それは……」
英雄の指摘に、聖が言葉を失う。エルは外国の出身だが、英雄と聖の実家はここからそう遠くない場所にある。ここまでは上手く立ち回って決定的な痕跡を残さないようにしてきたが、自称四天王とやらに直接顔を合わせてしまった今、「まだ大丈夫」と楽観視することはとてもできない。
「そして、僕達は三人しかいなくて、しかも一緒にいないとスキルの力を完全に発揮はできない。それぞれの家を同時に狙われたり、それどころか仕事をしてる家族とか、友達とか……色んな人を一辺に襲われたら、どうしたって守り切れないんだ。
だから、今しかない。まだ何もされてない、今倒すしかないんだ」
「でも……」
「あー……ご、ごめん。ひょっとして俺が失敗したのか?」
英雄の言葉に、剣一が申し訳なさそうな声を出す。だがそれに英雄は軽く首を横に振る。
「いえ、違います。確かにあの場で素早く逃げていれば、まだ時間は稼げたと思いますけど……それを言ったらそもそも僕達が最初から剣一さんを説得すればよかったとか、無理を言ってここに来なければよかったとか、そういう話になっちゃいますから」
「そうですわね『何かをしなければよかった』という後悔はあまり意味がありませんわ。それを追求していくと、最終的には『産まれてこなければよかった』になってしまうと、お母様が言っておりました。
……ええ、そうですわ。ヤらずに後悔するより、ヤって後悔する方がいい。お爺様の教えを思い出して、私も覚悟が決まりましたわ」
「何なのよ二人とも! そんなこと言ったら、アタシだけ我が儘を言ってるみたいになるじゃない!」
「エルちゃんは無理をしなくていいんだよ? 僕達だけでも……」
「馬鹿ね、行くわよ! 元々アタシが巻き込んだようなものなんだし、行くに決まってるじゃない! アタシが二人を誘ったときの言葉、覚えてるでしょ?」
呆れた、あるいは諦めて吹っ切れたようなエルの問いに、英雄と聖が顔を見合わせ笑う。
「勿論、覚えてるよ。神様に特別な力をもらったなら、世界を救うのは義務なんじゃないかって僕が聞いたら……」
「エル様は笑ってこう仰ったのでしたね」
「「世界を救うヒーローになれるのよ? これが権利でなくて何なのよ!」」
「うぉぉぉぉ!? 何だよエル、お前超格好いいな!」
声を揃えて言う英雄と聖に、剣一が興奮してエルの方を見る。すると当のエルは何とも恥ずかしそうに頬を赤らめて視線を逸らした。
「うっ、改めて言われると、思ったより恥ずかしいわね……でも、そういうことよ! だからアタシも一緒に行く」
「なら、全員参加だな! ってわけだから蛇目玉、俺達全員を『あのお方』とやらのところに跳ばしてくれ!」
「誰が蛇目玉だ! 俺にはヘビーアイボールって名前があるんだぞ!」
「スネークアイボールではないんですわね」
「まさかオヤジギャグ!? その名前考えたやつ、相当センスがないわね」
「ヘビーアイボール……なら略してヘボだな」
「ヘボ!? け、剣一さん、それは流石に……クックック……」
「くっそ、どいつもこいつも舐めくさりやがって! もういい! 元々あのお方からは『できるだけ交戦をさけて連れてこい』って言われてんだ! そんなに死にてーなら、今すぐ地獄に送ってやるよぉ!
開け、ヘビーローテーション!」
蛇目玉ことヘボが口もないのに声をあげると、剣一に斬り跳ばされていた一二八本の蛇が瞬時にニュルッと生えてくる。それが前方の空間で渦巻くように絡み合うと、そこにヘボが出てきたときと同じ黒い穴が開いた。
「おら、さっさと入れ! そんで『あのお方』を怒らせて、むごたらしく死んでこい、クソガキ共!」
「何だよヘボ、そんなに怒るなよ」
「そうよヘボ。目の血管は細いんだから、切れるわよ?」
「クァァァァァァァァ!?!?!?」
ヘボの眼球から伸びる蛇が、あまりの怒りにクネクネと蠢く。それでも攻撃しないのは、一瞬で自分を無力化した剣一を警戒しているのと、何より「あのお方」の命令に背くことを恐れたからだ。
「…………行け! もう行けよ! さっさと行けっての!」
「わかったわかった、そう急かすなってヘボ。それじゃ英雄、聖さん、エル。行こうぜ」
「はい!」
「頑張りますわ!」
「あのお方なんてコテンパンにしてやるんだから!」
「おいヘボ、これに懲りたらもう悪いことすんなよ?」
最後にそう言い残して、一行が黒い渦の中へと消えていく。それを見届けたヘボは絡まっていた蛇をほどき、誰もいなくなったダンジョン内で邪悪な笑みを……目だけだが……浮かべた。
「ケッ、何が悪さすんな、だ! テメーらがいなくなったら好きにするに決まってんじゃねーか! この俺を馬鹿にしたこと、心の底から後悔させてやるぜ!
……何か頭が痒いな?」
なお、ヘボが自分の頭部? に黒く艶めくドラゴンの鱗を巻き込んでいたことに気づくのは、それから五分後のことであった。





