気楽な先輩と気を張る後輩
「うわぁ、ここがダンジョンの深層階なんだ……」
「何だか空気が冷たいですわ。深いところだからでしょうか?」
転移罠で跳んだ先。地面が剥き出しの坑道のような場所から石造りの通路に変わった景色を英雄が物珍しげに見渡し、聖は少しだけ体を震わせる。そこにエルもやってきたが、この階層に降り立った瞬間、エルはその場に膝を突いてしまう。
「うっ!? なに、これ……!?」
「エルちゃん!?」
「おいみんな、勝手に……ってエル!? どうしたんだ!?」
そこに剣一もやってくると、足下でうずくまるエルを見て慌てて声をかける。するとすぐに聖がやってきて、エルの背中に手を当て魔法を発動した。
「大丈夫ですか、エルさん? これで少しは落ち着くといいんですけど……」
「ありがとヒジリ。大丈夫よ、ちょっとビックリしただけだから」
「びっくり、ですか?」
「うん……ここ、魔力の密度がとんでもないわ。ちょっとケンイチ、これ何処まで深く跳んだのよ!?」
基本的に、ダンジョンは深く潜れば潜るほど満ちる魔力が濃くなると言われている。その理論でいくなら、これほどの魔力が満ちている場所は一体どれだけ深い場所なのか? そう問うエルに、しかし剣一は困った顔で頭を掻く。
「何処って言われてもなぁ……俺も歩いて地上に戻ったことなんてないから、ちょっとわかんないな」
「わかんないって……ねえヒデオ、ここはマズいわよ。こんな魔力の濃いところにいる魔物なんて、普通に戦ったら絶対勝てないわよ」
普通の部分を強調して言うエルに、英雄はわずかに考えこむ。だがすぐに聖と顔を見合わせ頷き合うと、剣一に向かって真剣に声をかけた。
「すみません、剣一さん。どうやら僕達が調子に乗ってたみたいです。もう十分ですから、帰りましょう」
「え、いいのか? せっかく来たんだし、チラッと魔物を見ていくくらいは……」
「馬鹿言わないでよ! それでこっちが見つかったら全滅するじゃない! ほら、早く転移罠に……えっ!?」
アホな事を言う剣一をそのままに、エルは足下に視線を向ける。だがそこにはあるべき光が……帰還用の転移罠の魔法陣が存在しない。
「魔法陣がない!? ちょっとケンイチ、これどういうこと!?」
「どうって……ああ、そういうことか。あの転移罠は一方通行なんだよ。帰還用の転移罠は少し歩いた先にあるんだ」
「歩いた先!? え、ここを歩いて進むの!?」
「平気平気。この辺は魔物いないから」
驚愕するエルに、剣一は気楽な感じで言う。その理由は自分がここに通っていた間、通り道の魔物を片っ端から倒していたからだ。
ダンジョンの魔物は時間と共に復活するが、より強い魔物ほど復活には時間がかかる。ダンジョン側からするとここの魔物はホイホイ倒されるような強さではなかったうえに、重要な魔力源であったディアがいなくなったことで、この階層での魔物の復活は更に遅れ気味だ。
勿論剣一がそこまで知っているわけではないが、少なくとも自分がここにきた最後の日には周囲に魔物など全くいなかったし、万が一いたとしても自分ならばサクッと簡単に倒せる。そういう判断があればこそ、剣一は英雄達がここに来るのを渋々ながら認めたのだ。
「大丈夫だよエルちゃん。剣一さんが無事に地上に戻れてるってことは、おそらく安全な道順みたいなのがあるんだと思うし」
「そうですわ。今はそれを信じて進みましょう」
「うぅ、不安だわ……」
「いざとなれば俺が守ってやるから、安心しろって」
「……不安しかないわ」
「何で言い直したんだよ!?」
ただ、そんな剣一の思いや実力は英雄達の知るところではない。いざという時は自力でどうにかしようと全力で気を張る英雄達の様子に、剣一が「気合いが入ってるなぁ」と感心しながら進むことしばし。もう少しで帰還用の転移罠がある場所というところまで来ると、不意に通路の角から巨大な影が姿を現した。
「ブフォ?」
「あっ」
強い魔物ほど復活に時間がかかる……つまり時間があれば復活はする。強いだけでごく普通の雑魚枠であった上位ミノタウロスは、一ヶ月の空白期間できっちり復活していた。
(何だよ、もうちょっとだったのに……あ、でも丁度いいとも言えるか?)
ただ来ただけで帰るより、自分が戦っているところを見せた方が英雄達にも勉強になるだろう。そう考えた剣一が腰の剣に手をかけたが、それが抜かれるより前に英雄達が剣一の前に飛び出してくる。
「下がって、剣一さん! ここは僕達が!」
「ええっ!? いやいや、お前達じゃ無理だって!」
「わかってます! でも、やるしかないんです! 聖さん、エル、いいよね?」
「そうですわね。自分のケツ……ごほん、元々私達の我が儘が原因ですから、その責任はしっかり取らせていただきます」
「そういうこと! だから……ケンイチは先に行って。ここはアタシ達が、絶対に止めてみせるから!」
「お、おぅ? 何だよ、スゲーやる気だな……まあそういうことなら任せるか」
鬼気迫る表情で告げる英雄達に、剣一はそう言ってその場を離れる。無論見捨てたわけではなく、やる気のある新人をこっそり見守るためだ。
だが、本気で気配を消した剣一の存在は、英雄達には捕らえることができない。なので無事に……そして無情に剣一がこの場を立ち去ったのだと判断すると、エルが不満げに頬を膨らませる。
「ケンイチのやつ、本当に行っちゃったわね。もっとこう……俺も一緒に戦う! とか言いそうな感じだったのに」
「普通の冒険者なら当然のことですが……確かに少しだけガッカリしました」
エルと聖、二人の頭に浮かぶのは「子供の盾」事件のこと。勿論あの子達と今の自分達は全く違う立場だと理解しているが、それでも「年上の先輩に見捨てられた」という事実が少しだけ心に刺さる。
しかしそんな二人に、英雄は苦笑しながら声をかけた。
「その言い方は剣一さんに悪いよ。仕事として僕達の面倒をみてくれて、しかも僕達の我が儘でこんなところに来ちゃったのに、命がけで僕達を助けてくれっていうのは、流石に理不尽じゃない?」
「そうだけど……でもヒデオだってちょっと期待したでしょ?」
「まあ、ね。でもエルだってわかってるでしょ? 僕達の戦いは、そもそも誰かに頼れるものじゃないって」
「……確かにそうだったわね。ならこのところ溜まってた鬱憤を晴らすためにも、今日は思い切り暴れちゃおうかしら」
「そうですわね。たまには羽目を外してみるのもよいことだと、お父様も言っておられました」
「なら最初から思い切りいこう!」
何故か会話が終わるまで襲ってこなかった……実はこっそり剣一が威圧していた……魔物を前に、まずは英雄が腰の剣を抜く。だがそこでクルリと刀身をひっくり返すと、両手で掴んだ剣を自らの腹に向かって刺した。
「燃え上がれ、勇者の魂! バーニング・ブレイバー!」
刺された刀身はしかし途中で消え、代わりに英雄の背中から黄金の光が吹き上がる。それが英雄の全身を包み込むと、現れたのは太陽の鎧に身を包んだ小さな勇者。
「巻き起これ、聖女の祈り! スワリング・ホーリー!」
杖を手放し、胸の前で両手を組んだ聖が祈れば、その身を緑の風が包み込む。その中から姿を現したのは、花咲く緑の蔓草を編んだ額冠を被った清き聖女。
「舞い踊れ、巫女の託宣! ダンシング・ソーサレス!」
クルクルと舞い踊るエルの手から水の帯が広がり、その身を包む。それが弾けて消えたところに立っていたのは、赤かった髪が青に変わり、水の羽衣を纏う麗しの巫女。
それは伝説、そして警告。数多の次元を食い荒らす災厄に対抗するべく神が与えた小さな希望にして、誰にも知られず信じられず、孤独に戦う救世主。
そんな若き英雄達の本気の姿を目の当たりにして――
(うぉぉ、何だあれ!? 超格好いいじゃねーか!)
剣一は特に深いことを考えたりせず、ただキラキラと目を輝かせ彼らを見守っていた。





