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俺のスキルは<剣技:->(いち)!  作者: 日之浦 拓


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ドラゴンのいる生活

「ただいまー」


 自宅の扉を開けながら、剣一はそう声をあげる。ほんの少し前まではそんなことをしても虚しいだけだったが……


「お帰りなのじゃー」


 部屋の奥から、自分を出迎えるディアの声が聞こえてくる。二年前までは当たり前で、でもこの二年失っていたありきたりなやりとりに、剣一は何だか幸せな気分になって部屋の扉を開ける。


「あー!? おいディア、もうすぐ飯だっていうのに、またそんなもん食ってんのかよ!?」


 だがそんな気分も、歌舞伎揚の大袋を開けて中身を貪る同居ドラゴンの姿を見れば台無しだ。幸せ気分が七割減した剣一に対し、しかしディアは悪びれる様子もなくテカテカした口元で笑う。


「よいではないか! サクサクの歯ごたえと甘塩っぱい味が後を引いて、気づいたら止まらなくなっていたのじゃ」


「まったくお前は……一応聞くけど、夕食は食べるんだよな?」


「勿論なのじゃ! おやつと食事は別腹なのじゃ!」


 ポンと腹を叩くディアに、剣一は「だからそんなに腹がでかいのか」という言葉を飲み込んで身支度と夕食の準備を進める。と言ってもデパ地下で買ってきたちょっとお高い弁当をレンジでチンするだけのお手軽食だ。


「ほーら、できたぞ! 今夜は深家(ふかや)ネギと上州地鶏の焼き鳥丼だ!」


「おおー、これはまた美味そうなのじゃ! こんなものが簡単にできるとは、電子レンジとは偉大な機器じゃのぅ」


「いや、レンジは温めるだけで、これ作ってるわけじゃないけどな。んじゃ、いただきまーす」


「いただくのじゃ!」


 二人揃ってパンと顔の前で手を合わせてから、ほかほかの焼き鳥丼を口に運んだ。すると何故かやたら上手に箸を使える食いしん坊ドラゴンの顔が目に見えてニヤける。


「ほほぅ? 香ばしく焼かれたネギは噛むほどに甘みが出て、旨みの強い鶏肉との相性が抜群なのじゃ!」


「だよな。やっぱ地鶏は美味いぜ」


「そうじゃなぁ……時にケンイチよ、地鶏とは何なのじゃ? 普通の鶏とは違うものなのじゃろうか?」


「えっ!? 地鶏は……何だろう? 何とかコーチンとか、種類だったかな? それとも自由に地面を歩かせてるやつだから地鶏だったんだっけかな?」


「うむん? 品種はともかく、飛ばぬ鳥だというのなら皆普通に地面を歩いているのではないのじゃ?」


「そうでもないらしいぜ? 確か普通の鶏は、何かこう、スゲー狭い檻みたいな場所に入れられてたような……ブロイラーだっけ?」


「そうなのか、何とも哀れじゃのぅ。まあ自然淘汰で絶滅するよりは、安全に種を維持できるというのは一つの理想型であるのかも知れぬがな」


 剣一の脳裏に、白い鶏が一羽ごとに身動きも取れないような狭いケージに押し込められているイメージが湧く。だが実際にはそこまで窮屈にしてしまうと逆にストレスがかかって育成に良くないし、そもそもブロイラーは品種の名前であり、育て方のことではない。


「ま、どちらにせよ美味ければいいのじゃ」


「そうだな。美味けりゃいいよな」


 とは言え、わざわざネットで調べて真実を知るほどでもない。二人はその後もとりとめのない会話をしながら食事を終え、軽く片付けをしてから食後のまったりタイムに入る。


「それで、今日の仕事はどうだったのじゃ?」


「ああ、スゲーいい感じにやれたぜ。新人の子達もみんな素直でさ。正直『スキルレベル一の奴に教わることなんて何もねーよ!』みたいなこと言われたらどうしようかと思ってたけど」


「そうかそうか、そうであったなら重畳じゃな」


 新人に何を教えようか、剣一なりに色々調べたり考えたりしていたことを、ディアはちゃんと知っている。ならばこそその努力を無碍にされることなく初日が終わったことを、ディアもまた嬉しく思う。


「で、次は明後日ってことになったから、また家を空けることになるけど……」


「留守番なら任せておくのじゃ! あ、じゃがそろそろおやつを補充して欲しいのじゃ」


「もうかよ!? お前それ、流石に食い過ぎじゃねーの?」


「カッカッカ、ワシの元の大きさを知っておるじゃろ。コンビニとか言う店を丸ごと一つ食い尽くしたとて本来なら一食分よ。


 それに、久しぶりの食事が楽しくてのぅ。さくりと軽いのもパリッと小気味よいのも、ふかっと柔らかいのももちっと弾力があるのも、甘いのも辛いのもしょっぱいのも何もかもが素晴らしい。それを一度思い出してしまえば、耐えるなど無理な話なのじゃ」


 うっとりとそう語るディアに、剣一は内心で苦笑する。ディアの最後の食事がいつだったのかを、剣一は聞いていない。その話題は安易に触れていいようなものではないと考えていたからだ。


 なので細かいことはわからないが、それでもディアが相当な期間何も食べずにいたということはわかった。何年、何十年、あるいは何百年、何千年? 何も食べずにいたディアが食べることの喜びを思い出したと言うのなら、好きに食べさせてやりたいという気持ちも、剣一にはあるのだ。


「ったく、仕方ねーなぁ。じゃああとで適当に買っといてやるよ」


「ふふふ、楽しみなのじゃ! む?」


 と、そこで不意にピーッという電子音が鳴り響く。それはお風呂が沸いた音だ。


「あ、風呂沸いたか。それじゃサクッと入って寝る……そう言えば、ディアって風呂入らないのか?」


「? 何故ワシがそんなものに入るのじゃ?」


「何故って……だって、体が汚れるだろ? 汗とかかくだろうし……ん? ドラゴンって汗かかないのか?」


 爬虫類は汗をかかない。だがドラゴンを爬虫類に入れていいのかは、剣一にもわからなかった。故に問う剣一に、ディアは熱いお茶を啜りながら答える。


「下位のドラゴンであれば、汗をかくものもおるのじゃ。じゃが力を増し生物としての範疇から逸脱していけば、そういう生理現象というのは徐々に少なくなっていく感じじゃな。


 故にワシほど高位の存在となれば、基本的には汗などかかぬ。水や炎、雷などを身に纏うことはあるが、それは汗とは違うしの」


「ほーん、そうなのか。なら汚くはならねーってことか?」


「まあ最近は食事を取っておる故に、出すものは出しておるがな! カッカッカ!」


「風呂に入れ! そしてケツを洗え!」


 腹を揺らして笑うディアの手を引っ張って立たせると、剣一はその尻に思い切り蹴りを入れて浴室に叩き込んだ。念のためディアが座っていた椅子の座面を凝視してみたが、特に汚れている感じはない。


「ウォシュレットとかいう機能を使っておるから、ワシの尻は綺麗なのじゃぞ!?」


「知らねーよ! 気分の問題だよ!」


 浴室から顔を出してアホな報告をするディアに怒鳴りつつ、剣一はいつの間にか愛が置いていった除菌スプレーを椅子に振りかけ、雑巾で擦る。それからホカホカになって出てきたディアと入れ違いに風呂に入ると、全ての懸念を湯に溶かして自身もホカホカになってからベッドに入る。


「はーっ……ったく、まさかお前がデブゴンなだけじゃなく、ウンコタレゴンだったとはな」


「ちゃんと綺麗にしておると言ったのに、酷い言われようなのじゃ! あとネーミングセンスが絶望的なのじゃ! まあそこまで言うなら、毎回魔法で浄化してやらぬこともないのじゃが」


「そんなことできるなら、最初からしとけよ……あと今、さりげなく俺の悪口言わなかった?」


「魔力を余計に使う分、食べる量が増えるのじゃ。ワシは幾らでも食えるが、お主が金がないと嘆いておったから気遣って節約していたのじゃ。


 それと悪口ではなく厳然たる事実なのじゃ。ウンコタレゴンとか、五歳児でギリギリ許されるレベルなのじゃ」


「ぐっ……」


 自分でも「それはそう」と思ってしまったため、剣一は悔しげに言葉を詰まらせる。そしてそんな剣一の様子に、ディアは改めてため息を吐いた。


「それにそもそもワシのウンコじゃぞ? 普通の人間なら大喜びしてかき集めるところなのじゃ」


「えっ、何それ怖い……何で?」


「さあ? じゃが力あるドラゴンの排泄物じゃからな。何かこう、いい感じの使い道があるのではないか? ワシは自分のウンコの使い道になど興味はないが」


「そっか……言われてみれば、そういうのもあるのかもな……」


 剣一だって、肥だめだの堆肥だのと、動物のウンコに利用法があることくらいは知っている。であればドラゴンのウンコだって使い道はありそうだ。


「…………ちなみに、お前のウンコってどれくらいの価値になるんだ?」


「細かくは知らぬが、宝石箱の中身を全部その場にぶちまけて、代わりにワシのウンコを詰めてもっていった者を見たことがある。じゃからおそらく今日お主が稼いだ金よりはずっと高いと思うのじゃ」


「マジか。俺、ディアのウンコ以下なのかよ……世界が理不尽すぎる」


「何を今更。世界が理不尽でなかったことなど一度としてないのじゃ」


 実にくだらない、他愛のない会話。そんなどうでもいいことだからこそ、話をしながら剣一の瞼はゆっくりと下がっていく。そうして隣から静かな寝息が聞こえてきたところで、ディアもまたタオルで作った巣のなかで丸くなって目を閉じる。


 ここは温かく、柔らかい。その幸せを堪能しながら、一人と一匹の夜は今日も静かに終わりを告げるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 まぁ長い間ずっと孤独だった訳ですしね…本来味わう事はなかったで有ろう味覚の刺激は、デブゴ…ディアにとっては剣一が考えてる以上に新鮮且つ素晴らしい娯楽なんでしょうね。 …
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