明日への始まり
一二月一日。今年もあと一ヶ月となったその頃、剣一の姿は日本ではなく、アトランディアにあった。何故そんなところにいるかと言えば、相変わらず日本ではダンジョンに潜れないからである。
加えて、ウロボレアスの事が有耶無耶になったとしても、エルやレヴィを助けたことでアトランディア王家の剣一に対する印象は極めてよい。ディアの転移魔法を隠す必要もなくなった今、政治的な貸し借りなどを抜きにしてもっとも気軽に頼れるのがアトランディアであった。
ということで、アトランディア国内にある、とあるダンジョン。その内部にて、剣一は英雄達と共に魔物と戦っていた。
「おーい剣ちゃん! そっちいったよー!」
「オッケー、祐二! さあ英雄、いくぞ!」
「はい、剣一さん!」
祐二が追いやったゴブリンが通路の奥から姿を現すと、剣一は英雄と声を掛け合い剣を構える。
戦闘に関わらない人間からは雑魚の代名詞のように扱われるゴブリンだが、実のところゴブリンは「倒しやすい」魔物ではあっても、決して「弱い」魔物ではない。
頭が悪いので不意打ちや挟み撃ちを仕掛けやすく、人間側がしっかり準備して連携を取れば簡単に倒せる反面、純粋な身体能力はスキルレベル一の新人冒険者よりもやや強く、非戦闘系のスキル持ちだと普通に死を覚悟する必要がある。
当然だろう。元来武装していない人間は牙も毛皮もない、自然界においては「食われる側」の存在なのだから。
「いくぜ……ていっ!」
「やあっ!」
とは言え、それはあくまでも初心者の話。それなりの年月戦い続けてきた剣一や英雄からすれば、ゴブリンは決して強い相手では――
「うおっ!? ちょっ!?」
「くっ!? こんなに強かったっけ!?」
あえてゴブリンと真正面から戦っていた二人は、振り下ろされる棍棒の強さや、意外なほどに剣の通らない筋肉の硬さに声をあげる。それでも何とか踏みとどまって勝負を決めると、それを背後で見守っていた仲間達が声をかけてきた。
「はーい、お疲れ剣ちゃん、英雄ちゃん」
「今回復魔法を使いますわね」
「え? でも僕達、特に怪我はしてないよ?」
「ふふ、これはこれで私の練習ですから」
遠慮する英雄に、聖が回復魔法を行使する。その淡い光は軽い擦り傷くらいならばあっという間に癒やしてくれるが、以前のような強さはもうない。
「次はアタシね! って言っても、今のアタシだとゴブリン相手には魔法が通らないのよね」
「水系統はどうしても威力が落ちるから、仕方ないよーエルちゃん」
「それはわかってるけど……」
慰めるような愛の言葉に、エルが苦笑して天井を見上げる。そうして口から零れるのは、ここしばらく何度も思ってきたことだ。
「ハーッ……何でアタシ達のスキル、突然消えちゃったのかなぁ」
「ディア様曰く、真に倒すべき敵を倒したからだ、ということですが……」
「ウロボレアス、だっけ? そう言われても、全然覚えてないしなぁ……」
英雄、聖、そしてエルのスキルは、あのバーベキューの日に消えていた。より正確には聖女ドロテヤの<天眼>がそうであったように、それぞれ<共鳴><共存><共感>のスキルがグレーアウトしてしまっているのだ。
「てか、それよりケンイチよ! 何でアンタが<共有>のスキルを持ってるの!? いえ、もう『持ってた』だけど……一体どういうことなわけ!?」
「それを俺に聞かれてもなぁ」
食ってかかるエルに、剣一が顔をしかめて言う。あの日落とした剣一の協会証には、<剣技:->ではなく<共有:八>というスキルが記載されていた。それも当然グレーアウトしており、その流れから英雄達が自らの協会証を調べることで、全員のスキルが消えていることに気がついたのだ。
「でも、私としては大いに納得しましたわ。やはり私達は、出会うべくして出会ったのだと」
「それに剣一さんが凄く強かったのも、説明がつきましたしね」
「それって、あのデブゴンが言ってた話? 無限に存在する平行世界の自分の技術を<共有>することで、無限に強くなるって……アンタって、本当に最初から滅茶苦茶だったのね」
「あはははは……」
ジト目を向けてくるエルに、剣一は曖昧な笑みを浮かべて返す。ちなみに祐二に「スキルレベル八って、絶対数字の8が横に倒れて∞になるやつだよね? あ、でも、グレーアウトしてるなら、ひょっとしてもうやったの?」と突っ込まれたが、そこも笑って誤魔化している。
「まあまあ、終わったことなんだし、もういいだろ? それにドロテヤさんと違って、俺達の場合はちゃんと新しいスキルがもらえたわけだしさ」
「まあ、それはね。何だかんだで<水魔法>を使う事が多かったから、特に困ってはいないけど」
「僕も<魔剣技>をもらえたので満足です! 過去の凄い人の力を借りるのも悪くはなかったですけど、やっぱり自分のスキルを直接鍛えられるのって、やり甲斐がありますし」
「私の場合<回復魔法>ではなく<神聖魔法>でしたけど……最初に覚えたヒールはともかく、次に覚えたのが光の鈍器を生み出すホーリーバットというのはどういうことなのでしょうか?
私の知る限りでは、神聖魔法は回復や補助、状態異常の治癒などがメインで、このような魔法があるなど初めて知ったのですが……」
「あー……えっと、まあ、ほら、そういうこともあるんじゃねーか? なあ英雄?」
「えっ!? そ、そうですね! ほら、魔物が不意に近づいてきた時に自衛できるのって、凄く便利だし!」
「そうですか? まあ確かに、不思議と手に馴染む感じはしますが……」
そう言うと、聖が手の中に生みだした光のバットをブンブンと素振りする。腰の入ったスイングは実に力強く、メジャーで五〇本くらいホームランが打てそうだ。
なお聖の口から「もっとこう、ドスのような鋭さが……次のレベルで釘がついたりしないでしょうか?」という呟きが漏れたが、その場の全員がそれを聞いていないことにした。
「で、ケンイチはどうなの? まだスキルレベルがあがらない?」
「うーん、そうみたいだな……」
エルの問いかけに、剣一が協会証を確認しながら言う。剣一の場合、改めて<剣技>のスキルをもらったわけだが、英雄達があっさりとスキルレベル二にあがったのに対し、剣一だけは未だに一から上がらない。
「何でかしらね? 単純な強さだと、今のケンイチってヒデオよりちょっと弱いくらい?」
「そうだな。スキル無しで戦えば同じくらいだと思うけど、<魔剣技:二>のスキルを使われると一方的に負けると思う」
「剣一さんに勝ってるのって、僕的には凄く違和感があるんですけど……」
「そうですわね。『そろそろ本気を出すぜ!』と笑った剣一様が次の瞬間には全てを斬り伏せているイメージしかありませんわ」
「いやいや、そんなこと……え、俺そんなイメージなの?」
「アンタ、今まで自分がどれだけ滅茶苦茶だったか、ちゃんと自覚した方がいいわよ?」
戸惑う剣一に、エルがもう一度ジト目を向けてくる。だが弱くなったことはわかっていても、前がどのくらい強かったのかはあまりピンとこない。ただできることをやっていただけ、というのは今も昔も変わらないからだ。
「……ねえ、ケンイチ。いきなり弱くなっちゃったの、やっぱりガッカリした?」
と、そこでエルが、気遣うようにそう問うてきた。それに対し剣一は、わずかに考えてからその口を開く。
「うーん、そりゃまあ今まで普通にできたことがいきなりできなくなったんだから、ショックがないとは言わねーけど……逆に聞くけど、エルは俺がいきなり弱くなって、どう思う?」
「どう? どうって…………別に変わらないわね?」
エルにとって、剣一は最強の存在だった。だが最強であることは、剣一のほんの一部でしかない。特に深く考えたわけでもないその一言に、剣一は心底嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「なら、それが答えだよ。確かに弱くはなったけど、それなら今度は皆と一緒に強くなっていけるってことだろ? それはそれで楽しみじゃん!」
最初から最強だった剣一は、親友達を引率することしかできなかった。だがこれからは、同じ速さで歩くことができる。いや、それどころか自分が全力ダッシュして、親友達に追いつく努力をすることが許されたのだ。
必死に魔物と戦って、時には一緒に逃げ出したりして、あの魔物は強かった、今度はもっと鍛えてリベンジしよう、なんて話し合うことができる。それは今までの剣一が、どれだけ望んでも得られなかった経験だ。
――俺はもう、一人じゃない。
握った剣の重さが、それを剣一に実感させてくれる。そしてそんな剣一を、エルが幸せそうな笑顔を浮かべて見つめる。
「おーい、剣ちゃん! 追加どうするー?」
「勿論いくぜ! なあ、皆?」
「はい!」「ええ!」「あったり前でしょ!」
遠くから聞こえた祐二の声に剣一が問うと、英雄が、聖が、そしてエルが元気に頷く。
もっと強くなったなら、今度は祐二や愛とのパーティを復活させてダンジョンに潜るのもいいだろう。更に強くなれたなら、いずれは「ドラゴンチャレンジ」に出場して、ディアをやっつけるのも面白い。
ニオブのスタジオ見学にも誘われているし、レヴィの研究が進めばいずれは異世界へ旅立つことだってできるようになるかも知れない。
――ああ、楽しいな。やりたい事がまだまだ山盛りだ。だがそのためには……
「まずは強くならねーとな! 唸れ! 俺のスキルは<剣技:一>だぁ!」
剣一の雄叫びが、ダンジョンのなかに響き渡る。
蔓木 剣一、一五歳。未来溢れる少年の冒険は、今まさに始まったばかりである。
当作品はこれにて完結となります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
なお本日より新作 今更「主人公転生」かよ!? の連載を始めております。もし良かったらそちらも読んでいただけると嬉しいです。
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