巡る因果
そうしてふわりと飛び立った存在は、とある赤子の魂に同化した。それにより莫大な力を宿した赤子は本来得るべきスキルを利用しつつ上書きされ、成長することのない<剣技:->のスキルを得ることになる。
「オギャア! オギャア!」
「旦那さん、産まれましたよ。元気な男の子です」
「そ、そうですか! 入っても……?」
「ええ、どうぞ」
分娩室に飛び込んだ忠蔵が見たのは、最愛の妻に抱かれた玉のように可愛らしい赤子。
「鞘香!」
「忠蔵さん。見て、この子が私達の子供よ」
「ああ、ああ! よく頑張ったな鞘香! それに……よくぞ産まれてきてくれた」
「初めまして、赤ちゃん。貴方の名前は剣一よ。これからよろしくね」
自分の指をキュッと掴む小さな手に感動しながら、鞘香が赤子に話しかける。そうして祝福に包まれて産まれた赤子は、すくすくと成長していった。
親に愛され友に恵まれ、時にトラブルに巻き込まれたりしながらもどんどん大きくなっていって……やがて家を出ると仕事を始め、しかし法改正により親友と引き離されて……
「む…………? 何だ…………?」
であったのは、巨大なドラゴン。叔母を食い、その願いを託されたことなど知る由もない少年は、そのドラゴンと打ち解け仲良くなった。
後輩ができ、新たなドラゴンと戦って和解し、親友が誘拐されたり、海外に出向いたり……波瀾万丈な少年の人生は、まだまだ落ち着きを見せない。
戦艦や戦闘機と戦い、他国の将軍と剣を交え、聖女の言葉を聞き……そして遂に、終わりをもたらす敵が現れる。
(ああ、そうだ。俺は知っている)
その敵はあまりに強大で、初手に失敗した少年はその力を奪われる。ドラゴン達が必死に協力するも力を取り戻すことは叶わず、その後は……
(ああ、そうだ。俺は知っている)
「ぐぅぅぅぅ…………これはちょっと失敗したのじゃ。やむを得ぬ、最後の手段を使うか……」
この先何が起こるかを、少年は知らない。だがそこに宿る自分は、それを知っている。
「ああ、できる。お主達には、ケンイチを守る盾になってもらいたい」
この先何もできないことを、少年は知らない。だがそこに宿る自分は、どうにかする方法があると知っている。
「だから剣一さんに助けてもらった命、今ここでお返しします。僕達の代わりに、どうか世界を救って下さい」
世界が重なる。想いが繋がる。そして因果は円環となり――
「フッ!」
「……えっ!?」
結界から一歩踏み出し、剣一の振るった剣が英雄に当たるはずだった黒い火を通り抜ける。すると黒い火はポワッと霧散し……
「悪いな英雄。そいつは受け取り拒否だ」
螺旋を描いた運命が、その結末を飛び出した。
「あーっ!? イッチー、何結界から出てるんだよ!? これじゃもう……」
「お待ちくださいニオブさん。剣一さん、今のは……? まさかもうスキルを取り戻されたのですか!?」
「いや、俺のスキルは使えねーままだよ」
「では、今のは一体……?」
「あれはスキルじゃなくて、人の技さ」
全身全霊を賭けた結界をあっさり台無しにされてしょぼくれるニオブはそのままに、驚愕するレヴィに剣一は笑いながらそう答える。するとそんな剣一に、今度は祐二が声をかけてきた。
「け、剣ちゃん!? 腕とか顔とか、いきなり凄い痣が出てるけど、平気なの!?」
「そうだよ剣ちゃん! 酷い火傷みたいになってるけど……痛くないの?」
「うん? あー……これは平気だよ」
指摘されて視線を落とすと、確かに剣一の腕には燃える縄でも巻き付けたかのような黒い痣が出現していた。それは腕だけではなく顔も……そして服で見えないが全身に出現していたのだが、剣一は事もなげにそう告げる。
「ちょっと新技? そういうのを使うのに必要でさ。終わったら消えるはずだから……消えるよな? これ残ったら面接とか落とされまくったりするか?」
「ど、どうだろう? かなりインパクトがあるけど……」
「いざとなったら私の家の系列企業でのお仕事を紹介しますから、大丈夫ですわ」
「そ、そうよ! そのくらいワイルドなケンイチも、格好いいわよ! ……本当に痛くない? それ、見てるだけで凄くザワザワするんだけど」
顔をしかめる祐二とは裏腹に、そういう傷跡を見慣れている聖は微笑んでそう告げ、エルは恐る恐る剣一の側に近づき、ジッと見てくる。
「ああ、平気だ。それよりみんな、これからちょっと派手に動くから、少し下がっててくれるか?」
「あ、はい。わかりました!」
「……これ、僕達来る意味あったのかな?」
「さあ? でも剣ちゃんが元気になったっていうなら、それでいいんじゃない?」
「そうですわね。いざという時の覚悟は決めてありますが、無駄死にしたいわけではありませんし」
「何かよくわかんないけど、パパッと決めちゃいなさい!」
「おう!」
「け、ケンイチよ…………」
励ましの言葉と共に祐二達が下がるなか、ニオブとレヴィに支えられたディアが震える声で剣一に話しかける。
「その姿、その変わりよう……まさかワシは、お主にアレを……握神竜デアボリックの力を使ったのじゃ!?」
「うん? ああ、ディアは俺を信じて、力を託してくれたぜ?」
「ああ、ああ…………っ! そうか、そうなのか。それほどまでにワシはお主を追い詰め、最後は丸投げしてしまったのか! この身の何と不甲斐ないことか……っ」
「おいディア、暴れんなよ! ウェイ!」
「そうですわ。今回復魔法を使っておりますが、通りがとても悪いのです。できるだけ大人しくしてくださいませ」
当時と違い、今はニオブもレヴィも結界に力を注いでいない。なので崩れゆくばかりだったディアの体はゆっくりとだが治っており、これならば放置して死ぬ、ということはなさそうだ。
「すまぬ、すまぬケンイチよ……」
「そんな顔すんなって! ディアのおかげで、俺はこうしてみんなを守れるようになったんだからさ」
「しかし……お主が無事に戻ってくる可能性は、相当高く見積もっても億分の一くらいのはずなのじゃ」
「……え、マジで?」
その言葉に、剣一は普通にビビる。だが浮かぶのは苦笑だけであり、怒りや恨みなどあるはずもない。
「……ま、まあそれを聞いてたとしても、俺の決断は変わらなかったさ。だってどんなに小さな可能性でも、勝てば全部ひっくり返せるんだぜ?
そして俺は勝った。だからこれは……俺を信じてくれたディアと俺、二人の勝利だ」
「ケンイチ……」
「だから大人しく怪我を治しとけって。ここにきてディアだけ助からねーとか、絶対嫌だからな!? んなことになったら、もう一回やり直すぞ!?」
「それはもう無理なのじゃ。既に因果は巡った……もうワシのなかに、握神竜の力はないのじゃ」
「そう、なのか? いやでも……?」
「ええい、深く考えるな! どうせ説明してもわからぬのじゃから、そういうものじゃと納得しておけばいいのじゃ! それともお主、ここに来て『失敗してもやり直せばいい』などという甘えた思考に捕らわれたのじゃ?」
「……はは、まさか」
剣一の脳裏に、もう決して訪れない未来の記憶がよぎる。自分の、ディアの、あの時の気持ちと覚悟を裏切ることなどあり得ない。
「って、ちげーよ! だからそうならないようにディアが大人しくしとけって話だろ!? 何で俺が悪いみたいな感じになってるんだよ!?」
「カッカッカ……ああ、傷が痛いのぅ。これはまた最高級の肉を食わねば食わねば完治せぬのじゃ」
「誤魔化し方が雑!? ったく、仕方ねーなぁ。ならパパッと勝負を決めてやるから……そしたら皆でバーベキューでもしようぜ」
「うむ! 豪快に肉祭りをやるのじゃ!」
もはや何の不安もなく、未来の予定を語るディア。そんないつも通りの相棒の姿に剣一は心の底から笑みを浮かべ……
「さて、待たせたなウロボレアス。今度こそ決着をつけてやるよ」
手にした剣の切っ先を、まっすぐに天に向けた。





