変わったパーティ
「ねえケンイチ、入り口近くが駄目だっていうのはわかったけど、何でこんな奥まで連れてきたの? ハッ!? まさかアタシにイヤらしいことをするつもりじゃないでしょうね!?」
辿り着いたのは行き止まりとなる一本道と、近くに小部屋のある場所。逃げ場のない環境にエルが両手で自分の体を抱き、片足をあげて剣一から身を隠すようなポーズをしたが、剣一はチラリと見ただけで視線を外す。
「いいか英雄、ダンジョンには明確にルールにはなっていないけれど、大体みんなが守ってる『暗黙の了解』ってのがある。ここはその一つで、この辺には遠距離攻撃持ちの初心者しかこない。何故だかわかるか?」
「そうですね……あ、攻撃を外すと危ないからとかでしょうか?」
「正解!」
視界の端で「ちょっと、無視しないでよ!?」と騒ぐエルをそのままに、剣一は英雄にグッと親指を立てて微笑みかける。
「みんなも練習してるとは思うけど、実戦となるとやっぱり勝手が違うんだよ。どうしても緊張して狙いを外したりするから、まわりもそのつもりでいないと危ないだろ?
特に魔法系は暴発すると思わぬ威力が出ることがあるから、第一階層の西側のこの辺は初心者が魔法を使った戦闘を練習する場所って決まってるんだ」
「そうなのですか……ですがそれならなぜ、異界調査業協同組合の方で明確なルールとしないのでしょうか?」
そっと手を上げて問うてくる聖に、剣一はわずかに思考を巡らせてから、かつて聞いた話の内容をそっくりそのまま口にする。
「あー、そうすると異協にここを管理する義務ができちゃうからだよ。冒険者同士で勝手にやってくれれば問題が起きても異協の責任にならないだろ?」
「なによ、しょっぱい組織ね! うちの国なら真っ先に怠慢を咎められるところだわ!」
「ははは、日本のお役所仕事はこんなもんなのさ」
謎のポーズをやめて普通に話しかけてきたエルに、剣一は苦笑しながら答える。ちなみに今の話は、かつて祐二から聞いた受け売りだ。「流石祐二、頼りになるぜ!」と心のメガネをピカピカに磨き上げていると、少し離れたところに小さな動く影を見つけた。
「お、スライム発見! それじゃまずは一人ずつ戦ってみようか。最初は誰がいく?」
「なら僕がやります!」
剣一の問いに、英雄が元気に手を上げる。
「やる気満々だな。じゃあ最初は英雄だ。何かあったらすぐフォローに入るから、安心して戦ってくれ」
「頑張ってください、英雄様!」
「ヒデオ、頑張れー!」
「ははは、ありがとう。それじゃ……」
仲間二人の声援を背に受けて、英雄がスライム相手に対峙する。腰の剣を抜いて構える英雄に、スライムがプルプル震えてから勢いよく跳びかかってくるが……
「……ハッ!」
スパンッ!
「おおー!」
「流石英雄様です!」
「やるじゃない!」
正面からのわかりやすい軌道だったとは言え、スライムを一刀両断。その動きに剣一は大いに感心し……そしてわずかに首を傾げる。
「どうですか剣一さん」
「ああ、凄かったぜ! ちゃんと敵の動きが見えてたし、剣の振りもよかった……」
「? あの、何かありました?」
歯切れの悪い剣一の態度に、英雄が首を傾げる。すると剣一は少しだけ考えてからその疑問を口にする。
「うーん……なあ英雄、お前ひょっとして、実戦経験があったのか?」
「えっ!? な、何でそう思ったんですか!?」
「いやだって、全然怯んだ様子がなかったから」
「それは……まあほら、相手はスライムですし」
スライムは大きな失敗をしてすら怪我をしにくいくらい弱い魔物だ。それ相手に緊張しなくても当然だと言う英雄に、しかし剣一は口元をキュッと結んで難しい顔になる。
「まあそうなんだけどさ。でも自分に向かって跳んでくる魔物って、最初は割と怖いと思うんだよなぁ。綺麗なカウンターだったから偶然って感じでもなかったし……まあでも、サッカーとかドッジボールとかで遊びまくってて、あとスキルの恩恵があればいけるのか?」
自分に向かってでかいゴムボールがそこそこの勢いで飛んできたら、大抵の人間はそれなりの恐怖を覚え、反射的に身を守ろうとしてしまうものだ。が、子供の頃にドッジやバスケ、サッカーのような球技で遊びまくっていると、そういう状況に慣れていて大丈夫というのは間々ある。
加えてスキルの恩恵があれば、初心者には明らかに難易度の高いカウンターであろうとも不可能とは言えない。動きを見極める目と、動揺しない心、そしてスキルによって与えられた技術が揃えれば、たとえ初戦闘だろうともあのくらいの動きはできる……のか? と剣一が考えていると、英雄が若干慌てたような感じでその口を開く。
「えっと……あ、そうだ! あの僕、セルジオさんと色々練習してたんです! セルジオさんが凄く強かったので、正直スライムは全然大丈夫だったって言うか……」
「あー、そうなのか! それなら納得だ」
昨日戦ったセルジオの強さを、剣一はちゃんと理解していた。そしてあの爺さんが鍛えたなら、初の実戦だろうとスライム如き完璧に対処できて当然だと納得する。
「ならひとまず俺から言うことは何もないな。んじゃ英雄はいいとして、次はどっちがやる?」
「では私がやらせていただきます」
剣一がウンウンと頷いてから問うと、今度は聖が一歩前に出る。そうしてスライムと対峙すると、手にした杖を振りかぶって、力一杯振り下ろす。が……
「えいっ! きゃっ!?」
カツンッ!
スライムがぷるんと震えると、聖の杖が何もない床を叩く。慌ててもう一度杖で殴りかかるものの、やはり攻撃が当たらない。
「えいっ! やあっ!」
プルーン! カツンッ! ポヨーン! カツンッ!
(まあ、回復魔法のスキルに杖技は入ってないもんなぁ)
魔法スキルは、あくまで魔法に関する技術でしかない。そして杖で殴るという行為にマジカル要素はない。
というか、そもそも杖はスキルと一切関係ない。剣一はあずかり知らぬことではあるが、聖が杖を持っているのは「英雄がそれっぽいと喜んだから」であって、魔法の発動に杖は必要ないのだ。
「ふぅ、ふぅ……なかなか当たりませんね……でも、今度こそ……っ!?」
故にその練度は低く、攻撃が当たらない。軽く肩を揺らし始めた聖が再び杖を叩きつけると、今度はそれを回避したスライムが聖のお腹目がけて体当たりをしてきた。
スライムの特性上、直撃されてもドッジボールで強めの玉を当てられたくらいの威力だ。怪我などしないがまあまあ痛い。ならばこれも経験かなと剣一が見守っていると……
「お命、頂戴致します」
パァン!
咄嗟に杖から手を離した聖が瞬時に腕を引いてから、コンパクトな動きで拳を突き出す。その勢いで袖口から飛び出してきた刃物を掴むと、自分のお腹目がけて跳んできたスライムに致命の一撃を叩き込んだ。
その強烈な一撃にスライムがはじけ飛び、粘液まみれになった聖に英雄が慌てて駆け寄り声をかける。
「聖さん! 大丈夫?」
「英雄様……お見苦しい姿を晒してしまって、申し訳ありません」
「そんなことないよ! 凄くかっこよかった……ほら、これで拭いて」
「ふふ、ありがとうございます」
英雄の差し出したハンカチで、聖が体の粘液を拭っていく。すぐに剣一も駆け寄ると、自分の荷物からペットボトルに入った水を差しだした。
「聖さん、大丈夫? スライムの粘液は強いアルカリだから、すぐに洗わないと肌がボロボロになっちゃうんだ。ほら、これ使って」
「ありがとうございます、剣一様。お借り致します」
「にしても、最後のあれ、凄い動きだったね……妙に洗練されていたというか……」
「ちょっとした嗜みのようなものですわ。スキルの補正があるわけでもないですから、強い相手には通じませんし」
「そうか……まあ、うん。そうだよな…………」
スキルの補正がないのに、一二歳の女の子が流れるような動作で隠し刃を取り出してカウンターで叩き込んだ。その事実がとても怖い気がしたが、剣一あえてそこから意識を逸らす。
(何か、変わったパーティだな……伊達に日給一〇万じゃないってことか)
英雄と聖の関係に何故か祐二と愛の姿が被って見えた剣一だったが、プルプルと頭を振るって雑念を追い出すと、最後に残った一人に改めて声をかけた。





