命の輝き
そうして理香との出会いにより不本意ながら心を取り戻してしまったディアは、再び感じるようになった孤独を誤魔化すため……そして友の求めた二度目の奇跡がもし本当にやってきた時のために、理香の知識を用いて色々と準備をした。
そしてそれを発揮する時は、予想を遙かに上回る早さでやってくることになる。封印を強引に破って入ってきた剣一に「理香のイメージするドラゴンっぽい態度」で接し、「自分が外に出ること」を願った剣一に「やはり奇跡は二度起こらないのか」と悲しく思っていたらまさかの三時間で戻ってきたりと、予想外は続きに続き……
「……ああ、そうじゃ。そしてワシは外に出たのじゃ。娯楽を楽しみ美味いものを食い、友と語らい生を満喫する。認めようぞアリタリカよ、確かにこの世界には、お主が生きたいと願うに相応しい輝きが満ちておる。
ならばこそ……ワシはこんなところで潰えるわけにはいかぬのじゃ!」
天に咆哮を轟かせ、ディアの体が光に包まれる。それが小さく収束すると、現れたのは何の変哲も無い人間の娘の姿。
「征くぞ我よ! これこそワシが認めし最強の者! 超えられるというのなら超えてみるがいい!」
紺のブレザーに身を包む女子中学生が、スカートを閃かせて宙を蹴る。その体にデアボリックが巨大な手を無造作に打ち付けたが……
バシィィン!
「何だと!?」
「効かぬ!」
理香の細い腕が、デアボリックの腕を弾き飛ばす。
「何故だ!? 何故その脆弱な姿で我が一撃を弾ける!?」
「貴様とてわかっておるじゃろう! この身に満ちるのは命の光! 神さえ自在には扱えぬ、生きたいと願う純粋な輝きなのじゃ!」
「馬鹿な! 如何にドラゴンとてその命は無限ではない! そんな使い方をすれば、やがては底を突くのだぞ!」
「それがどうしたというのじゃ! 永遠に生きることにどれほどの価値がある! リカと過ごした三日には、それまでに生きた何千、何万年よりも価値があった!
そして今、ケンイチ達と生きる時にもこの先何十万年、何億年分もの価値がある! それを守るためであれば、ワシの命などどれだけ注ぎ込もうと惜しくないわ!」
全身に光を纏ったディアが、流星の如くデアボリックの身に迫る。その巨体に豆粒ほどの拳が食い込むと、デアボリックはその口から思わず息を吐いた。
「ぐぼっ!?」
「ほらほら、どうしたのじゃ? このままではワシが一方的に嬲ってしまうぞ?」
「調子に乗るな! その力、燃やし尽くして……」
「フンッ! そんなもの効果ないのじゃ!」
デアボリックの体から黒い炎が立ち上り、殴る拳からディアの体へと伝っていく。
だがディアはそれに何の通用も感じていない。そもそも理香は戦闘向きのスキルなど持っていないのだから、仮にそれが弱体化を超え無効化までされたとしても、何の影響もあるはずがない。
「さあ、負けを認めてとっとと元の次元に戻るのじゃ! ここはお主がいる場所ではないのじゃ!」
「ぐっ、ふっ……そうもいかん。我には我の、我にしかできぬ、我がやらねばならぬことがあるのだ!」
腹を押さえて離れたデアボリックが叫ぶと、その体が黒い炎に包まれる。それが収束して現れたのは、長身細身の槍使い。
「一撃結殺、フェイタルストライド!」
とある世界の英雄、<槍技:八>を持つストラダの身から放たれる一撃が、女子中学生となったディアの眉間に吸い込まれていく。だが――
「甘い! それは人間相手には効果が薄いと知っておるじゃろうが!」
周囲の空間を歪めることで光速を超えることを可能とした一撃を、しかしディアは両手で掴み取る。その技の性質上フェイントなどが使えないので、何処を狙うかわかっていれば対処ができるのだ。
そうして掴んだ槍を奪い取ると、デアボリックの姿が変わる。
「デッドリーレイン」
黒い死神、イルムがふわりと両手を広げると、周囲の空間に無数の裂け目が生まれ、そこから二八本のナイフが射出される。その全てには違う種類の猛毒が塗られており、一つがかするだけでも致命傷、複数が刺されば相乗効果でドラゴンすら仕留められる猛毒となるが――
「種の割れている暗技など食らうわけないのじゃ!」
ディアは手にした槍を大きく薙ぎ、正面のみならず背後からも射出されていたナイフを全て撃ち落とす。初見殺しと名高い<暗殺技:七>の奥義だろうと、自分も使えるのだから対処できないはずがない。
刺さったナイフの毒の影響で半ば溶け落ちた槍をディアがポイッと投げ捨てると、デアボリックの体が三度黒い炎に包まれる。
「閉じろ、クリスタルイージス!」
「む!?」
現れたのは頑強な鎧に身を包んだ巨漢の男。聖騎士アイゼンの持つ最高の防御技が発動すると、ディアの体を正八面体の結界が覆う。
「これは……チッ!」
それは本来、あらゆる攻撃から仲間を守る無敵の盾。だが今はディアを閉じ込める不壊の壁。命の力を輝かせた拳でも、神の光を宿す盾は容易には壊せない。
「さあ、これで決めてくれる……我が手に集え、太陽の光!」
気づけば、デアボリックの姿がまた変わっていた。金色の長髪を流す優男が手をかざせば、天に煌々と輝く太陽の光が収束していく。
その者こそ、勇者ローズフェラート。ドラゴンとして覚醒した後のディアを死の淵まで追いやることのできた、最強の人間。
「光に光では対抗できない。それは貴様がその壁を破れないことで証明されている……そして他の力では、この技は防げない。貴様が我であればこそ、それはわかっているはずだ。
まあ、同じ技で相殺すればいいわけだが……わかっているぞ。貴様、他の姿になれぬな?」
「ぐっ……」
デアボリックの指摘に、ディアが悔しげに顔を歪める。ディアを閉じ込めていた封印は剣一によってかなり無理矢理破られたわけだが、それはつまり正規の手段で封印を解いていないということでもある。
なので今のディアには、まだ封印の影響が残っている。普通に活動する分には特に問題ないが、自分と同格かそれ以上の相手と戦うとなると、それは致命の要因となる。
「かつてこの技を食らった時、我は瀕死の重傷を負った。それでも我が勝てたのは、使い手が人間だったからだ。
だが今の我は姿こそ人間なれど、その身は強靱にして強大なるドラゴン。これを放ったからといって満身創痍になることもなく、その気になれば二発三発と連続発動することすらできる。故に……」
右手に太陽の剣を握ったデアボリックが、徐に左手もあげる。するとそこにも輝く刃が生じ、デアボリックは二本の剣を構える。
「ハァ、ハァ……二刀流だ。我もまた温いことは言わぬ。この全力を以て、貴様を消し飛ばす! その鬱陶しい輝きと共に、塵に還るがいい!
奥義、ツイン・サンライトブレード!」
それは勇者の力を<共感>で得た英雄が、かつてミノタウロスに放った技の完成形。借り物ではない真の勇者の二振りが、光の奔流となってディアの体を包み込む。
「カカカカカカカカカ! どうだ! これで……………………っ!?」
地上に生まれた太陽が消えた時、そこには何もない……はずだった。だがデアボリックが目にしたのは、かすり傷一つ負っていない理香の姿。
「ば、かな……どうして!? 耐えられるはずが…………」
「お主こそ、何を言っておるのじゃ」
力を使い果たし、息も絶え絶えとなったデアボリックが元のドラゴンの姿に戻る。そしてそんなデアボリックに、理香の姿のままのディアがゆっくりと近づいていく。
「勇者の剣は、悪しき魔を討つ剣。ただ生きたいと願った人間の娘が、悪しき者のはずないであろうが」
ディアの体が光に包まれ、元のドラゴンの姿に戻る。全く見た目の変わらぬ二体の竜が向き合い……ディアが拳を握る。
「あり得ぬ……そんなことあり得ぬ! 確かにその姿の元となったのはそういう人間だったのだろう! だが貴様が変じていることに違いはないはず! なのになぜ光の剣が、貴様を悪しき者と認めなかったのだ!?」
「さあのぅ。そんなこと、ワシにもわからぬ。じゃが結果は結果。故に……」
ディアの手が、デアボリックの胸を貫く。鷲づかみにして抜き出したのは、ドクドクと脈打つ心臓。
「我の約束は、ワシが引き継ごう」
あの封印の日々から、再び神を目指すのはどれほどの覚悟と決意が必要か? そこから次元を食い破るほどの力を得るには、どれほどの犠牲を払ったのか?
自分とは違う自分のことは、ディアにはわからない。だがそこに並々ならぬ想いがあることは明白で……ならばそれを受け継ぐのは、己自身しかあり得ない。
そうしてがぶりと心臓にかぶりつき飲み込むディアの姿を前に、デアボリックはニヤリと笑う。
「……ああ、それでいい。後は任せるぞ、我よ」
「ああ、任されようぞ、ワシよ」
ディアがそう言って頷くと、デアボリックの体が燃え尽きた炭のようにボロボロと崩れ始める。黒い体が白い塵となり、太陽の光をキラキラと反射しながら消えていく様は、まるで全てが最初から幻であったかのようだ。
(ああ、永かった。だが我はやり遂げたぞ。これで因果は繋がった。世界を救えるかどうかまでは知らぬが……)
目前に迫る死を、しかしデアボリックは怯えるでも抗うでもなく、ただ静かに受け入れる。すると崩れて消える白い霧が、不意にディアが変じていた理香とよく似た……それでいてわずかに幼い少女のような形をとった。その煙はふわりとディアの体に辿り着き、まるで抱擁するように空に溶けて消えていく。
「……フッ」
取り込んだ力に、知識はあっても意識はない。それにそもそも、この世界ではサヤカ……鞘香は生きている。ならばこんなものは単なる幻……自分が「そうあって欲しい」と願った、身勝手な妄想でしかあり得ない。
だがそれでも姉妹の再会にデアボリックは小さく笑うと、そっと目を閉じる。それが七つの次元を渡り歩き、神の座に一歩踏み込んだ握神竜デアボリックの「結末」であり……
「ぐぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!? この記憶は、意識は…………っ!?」
あまりに膨大なそれを取り込んだディアは、苦悶の表情を浮かべて悶えながら、まっすぐ海へと落ちていった。





