あり得ない出会い
八月一八日。当初の予定通り一週間の滞在を終えた剣一達は、空港へとやってきていた。来た時と違って帰り……ではなくロシア行きの飛行機は民間のジャンボジェットだが、特に不満を覚えたりはしない。
というか、剣一的にはそっちの方が落ち着くくらいだ。
「はー、これで中国ともお別れか。何かこう……何しに来たんだろうって感じだったな」
「何その感想? まあ正直アタシも似たようなもんだけど」
ロビーにてこの一週間を振り返った剣一の言葉に、エルが思わず苦笑しながら同意する。するとその会話に、相変わらずクサナにしがみつかれたアリシアが入ってくる。
「そうねぇ。初日は豪華な感じでもてなされたけど、その後すぐに襲われて……それが終わってからも後始末があるからってホテルに軟禁されて、結局最後はちょこっと観光して終わりだものね」
「でも、昨日のカニ……美味しかった、です」
「「「それは確かに」」」
ぼそっと呟いたクサナの言葉に、剣一達がしみじみと頷く。昨夜のカニはとても美味しかった。特に支払いが中国政府だったのが最高だった。他人の金で食べるカニ……しかも剣一のスキルによって殻と身が綺麗に分けられ簡単に食べられる状態になったカニは、それはもう最高だった。
「くぅぅー! 何でワタシだけカニを食べてないネ!? 仲間はずれは良くないヨ!」
「別に私達がミンミンをのけ者にしたわけじゃないでしょ? それで、そっちはどうだったの?」
「……とりあえず元の職場に戻れそうネ。でも上司も同僚も、ワタシのことをどう扱っていいのか迷ってる感じが凄いヨ」
アリシアの問いに、ミンミンが微妙に顔をしかめて言う。昨夜別行動だったのは、ミンミンが職場から呼び出されていたからだ。それが具体的にどういう場所なのかはあえて誰も聞いていないが、わざわざレストランの予約時間に被せているあたり、「お前に食わせるカニはねぇ!」という強い意志を感じさせる。
「そうなの。まあ確かに、軍のトップと事を構えた人員なんて扱いづらいわよね。どんな機密を知っちゃってるかわかったものじゃないし」
「ワタシ機密なんて何も知らないし、そもそもワタシ自身は拘束されてただけで特に何もしてないヨ!? ボーナスも大幅カットされて、アメリカがホテルのお金払ってくれなかったら、本気で詰んでたネ」
「あはは…………いや、あれは私も大分痛かったから…………」
しみじみと言うミンミンに、アリシアの目が遠くを映す。流石にミンミンを助ける分は経費で落ちなかったため、支払いはアリシアの自腹である。割と冗談ではすまない金額で頭を抱えるアリシアだったが、約束は約束と払った辺り、律儀な性格であった。
「まあでも、とりあえず職場に復帰できそうなんだったら、よかったんじゃない?」
「そうだぜ。俺なんてぜんっぜん仕事が見つからなくて……日本に帰ったらどうすっかな」
「だ、大丈夫よケンイチ! いざとなったらアタシが養ってあげるから!」
「お姫様、それは駄目な考えよ?」
「戦うことしかできない最強のヒモ男……追加で四体ドラゴンを集めたら、どんな願いでも叶いそうな感じネ」
「やめろよマジで! 色んな意味でやめてくれよ!」
呆れたミンミンの言葉を、剣一が全力で否定する。そんな感じでワチャワチャと最後の時を過ごすと、程なくして搭乗を促すアナウンスが流れてきた。
「っと、それじゃこれで本当にお別れか。世話に……なった気はしねーけど、まあ、あれだ。一応元気でな」
「そうね。アタシもケンイチも迷惑しかかけられてない気がするけど、元気でね」
「特に役に立ってくれたわけでもないし、いてもいなくても同じだったけど、それはそれとしてこれからも頑張ってね」
「ミンミン、ばいばい」
「くーっ! ワタシに優しいのはクサナだけネ! お前らなんかさっさと極北の地で雪に埋もれてしまえばいいネ!」
「はっはっは……ほれ」
地団駄を踏んで悔しがるミンミンに、剣一が小さな黒い何かを放り投げる。するとミンミンは上手にキャッチし、手の中のそれをまじまじと見つめた。
「? 少年、これ何ネ?」
「ちょっとしたお守りだよ。もう平気だとは思うけど、顔見知りが酷い目に遭うのは嫌だしな。そいつを持ってりゃ、何かって時は……タイミングが合えば助けに来てやれるからさ」
「うぉぉー! しょうねーん! やっぱり少年はワタシの魅力にメロメロだったカ!? ほらほら、思い切っておっぱいサービスするヨ!」
「だからちげーから! 何回目だよこれ!」
「ちょっとアンタ、何やってんのよ! 離れなさいよ! この!」
剣一に胸を揉ませようとするミンミンにエルのキックが炸裂するが、意外に強いミンミンがヒョイヒョイとそれをかわして剣一に纏わりつく。また剣一としても同い年の女の子を乱暴に引き剥がすのは気が引けるし、あと触れそうで触れないそれが気にならないと言えば嘘になる。
しかしもし本当に触れてしまったら、その先に待っているのが天国か地獄かはわからない。結果悟ったような無表情で動かない剣一を二人の少女が取り合い、そこに苦笑するアリシアが割って入る。
「はいはい、そこまで。そろそろ行かないと飛行機が飛んじゃうわよ?」
「おっと、そうですね。じゃあもう、今すぐ行きましょう! 色々あれな感じがあれする前に!」
「まったくもー! ケンイチはまったく!」
「俺かよ!? ったく……」
ブツブツ言いながらも、一行が先に進んでいく。だがその途中で一度だけ振り返ると……
「次来る時は、ちゃんと中国を案内するヨー!」
「ああ、またな」
「今度は友達も連れてくるわねー!」
「私もロイとジミーを連れてこようかしら? 今回の出費分、兄弟にご馳走になるのも悪くなさそうね……フフッ」
「きっとまた来る、です!」
大きく手を振るミンミンに、剣一達も笑顔で返す。そうして剣一達は、ミンミンを残してロシアへと旅立っていくのだった。
「ふむ、ここにおったか」
剣一達が空の旅を楽しんでいる頃。ニオブ達に「ちょっと散歩に行ってくる」と告げてからこっそり太平洋を飛び回っていたディアの動きが、不意に止まる。
といっても、そこには何もない。周囲には空の青が、足下には海の蒼があるだけで、人も物も何も存在しない場所だ。
だが、ディアは確信を持ってその言葉を口にする。すると程なくして、ディアのすぐ目の前にジワリと黒い影が滲み出てきた。
「……ほう? よく我の存在を探知できたな?」
「できるに決まっておるのじゃ。いや、できねばできない方がよかったのかも知れぬが……できてしまった以上、ワシの予想は当たったということじゃな」
現れたのは、軽い光沢のある高級そうな黒スーツに身を包んだ男。宙に浮かびながらまるで大地に立っているような安定感を見せつけるそれは、ディアに向かって優雅に一礼する。
「ならば名乗ろう。今の我は――」
「その姿ならばイルムであろう? 理屈はさっぱりわからぬが、やはりお主は……」
「そうとも。我は汝、だが汝は我に非ず。我は汝の遙か先……汝が至れなかった我である」
言うと、男の姿が黒い炎の包まれる。それに合わせるようにディアの体もまた眩しい光に包まれ……現れたのは全く同じ姿をした二体のドラゴン。
「我こそは七つの世界を染め上げた悪心竜デアボリック・アリタリカ・ローズフェラート・アイゼン・イルム・ストラダ・イニシエート! この世に在る真の我なり!」
「我こそは七つの次元を食い破った握神竜デアボリック・アリタサヤカ・ローズフェラート・アイゼン・イルム・ストラダ・イニシエート! この次元もまた食い破り、我の新たな糧としてくれよう!」
閉じられた結界のなかで、世界を揺らすほどの咆哮がぶつかり合う。悪心竜対握神竜。同じでありながら違う二体のドラゴンが、人知れずここに激突した。





