バイト試験:実技編
剣一がスポンジ剣を手にしたのを見た時、セルジオは遙か格下の新人に自分が侮られているのではないかと感じた。
だが憤りを露わにする前に、目の前の少年がスキルレベル一であることを思い出す。
(おっと、いけません。彼は未熟な子供……つまりこれは私を侮っているのではなく、仲間内でやる練習の延長だと勘違いしているだけですね。確かにレベル一の訓練なら、あの剣を使うのも納得です)
そう気づけば、むしろ微笑ましい光景ですらある。セルジオは穏やかに微笑みながら、剣一に確認をする。
「その剣で宜しいのですか?」
「ええ、まあ。多分これが一番いいと思ったんで」
「わかりました。では私の方は素手でお相手致しましょう」
「えっ!? いや、それは……」
「大丈夫ですよ。確かに年寄りではありますが、その分経験は積んでおりますから」
戸惑う剣一をそのままに、セルジオは軽く右足を前に出し、左の拳を引いて半身の構えを取る。その構えに感じるものがあったのか、剣一もまたスポンジ剣を右手一本で持ち、軽く斜めに構えた。
「では行きますよ……ハッ!」
あえて声を出しながら息を吐き、わかりやすい軌道でセルジオが拳を振るう。すると意外にも剣一はその拳に、スポンジ剣を当てて防ごうとしてきた。
「うおっ!?」
「ほう、反応は悪くないですね。なら今度は軽く左右で打ってみましょう。ハッ! ホッ!」
「くっ! このっ!」
よく言えばリズミカルに、悪く言えば極めて読みやすく一定速度で繰り出される拳を、剣一は必死の形相で防ぐ。もっともその内心は、セルジオが想像しているものとは真逆であった。
(うぉぉ、ヤベぇ!? スポンジ剣超使いづらいぞ!?)
当初、剣一は「流石にスポンジならちょっとくらい力を入れても斬れないだろ」と思っていた。だがスポンジというのは当然柔らかい。そんなフニャフニャなもので相手の攻撃を受け止めるのは至難の業だった。
(斬っていいなら簡単だけど、流石に試験で相手の腕を斬り跳ばしたら駄目だよな。くっそ、これならまだ木剣の方がよかったかも……)
「さあさあ、どんどんいきますよ! 次は三連撃です!」
「ぬぁぁぁぁ!?」
思いのほか剣一の筋がよかったせいで、セルジオも段々楽しくなってきていた。試験というよりは指導になっていたが、徐々にその攻撃が激しくなっていく。
そしてそれを、剣一は必死に受け止める。スポンジ剣ではくにゃっと曲がって攻撃の軌道に置いておくだけでは防げないため、大げさに体を動かしながらの回避。その必死さを勘違いし、その努力を違う意味で解釈するセルジオはどんどんいい笑顔になっていき……そうして五分ほどしたところで、ようやくセルジオの攻撃が止まった。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ…………お、終わりですか?」
「そうですね。思わず熱が入ってしまいましたが、このくらいにしておきましょうか」
気を抜いたら斬ってしまいそうという意味で疲れている剣一に、セルジオは笑顔でそう告げる。
(試験としては当然不合格ですが、戦闘勘のよさには将来性を感じさせますね。これは思わぬ拾いものだったかも知れません)
今すぐどうこうということはないが、自分が数年鍛えれば素晴らしい剣士に育つかも知れない。そんな予感に胸を躍らせると、そこでセルジオは自分の失敗に気づいた。
「おっと、私とした事が。つい指導……いえ、試験に熱が入ってしまって、蔓木さんから攻撃をしていただくのを忘れておりました。では最後に、私を攻撃してみてください」
「わかりました。えっと……どのくらいの感じでやったらいいですかね?」
「ははは。試験ですから、勿論全力を出してください。寸止めを意識せず、当てるつもりで……いえ、それこそ本気で斬るつもりでやってください」
「本気で…………わかりました」
微笑むセルジオの言葉に、剣一は頷いて剣を構えた。スポンジ剣を両手で握り……「斬る」という意思を具現化する。
「――っ!」
瞬間、セルジオは全力で床を蹴っていた。頑丈に作られた板張りの床が砕け散り、弾丸のようにセルジオの体が剣一に向かって跳ぶ。
不意に叩きつけられた、あまりにも強大な殺気。三〇×二〇メートルの室内何処に逃げても自分が助かるイメージが湧かず、選んだのは死中に活を求める前進。
素手の約束など頭から吹き飛び、手にしているのは万が一のために袖口に仕込んでいた魔法金属のナイフ。厚さ三センチのタングステン鋼板すら切り裂くそれをまっすぐに突き出し、狙うのは剣一の喉元一点。
(待て、私は何をっ!?)
動いた〇.三秒後に、セルジオはようやく自分が何をしているのかに気づいた。強すぎる気配に体が反射的に動いてしまったのだと悟るも、動き出してしまった体はもう止まらない。
極限の集中によりゆっくりと動く時のなか、セルジオに迫るのは才気溢れる一四歳の少年の姿。彼の人生は、あと一秒もせずに自分の手により終焉を迎える。
驚愕、混乱、疑問、絶望。様々な気持ちが駆け巡り……そして最後に残ったのは、ただただ純粋な贖罪の祈り。
(万の謝罪を重ねたところで、無辜の命を奪うことに釣り合うはずもない。姫様に事情を説明したならば暇をいただき、持ちうる全てで償いましょう)
悲劇を前に、瞼を閉じることすら間に合わない。鋭い切っ先が剣一の喉に届こうかという、まさにその時。
キィン!
「……………………」
「うわっ!?」
謎の硬質音と共に、セルジオの視線を銀色の何かが横切っていく。それが何なのか理解が及ばず、然れど漸く止めようとしていた意識に体が追いついたことでよろめくと、それを見た剣一が慌ててセルジオの体を抱き留めた。
「あービックリした! 大丈夫ですか?」
「え、ええ。私は大丈夫ですが…………?」
「ならよかった……いや、よくねー!? あ、あの、その剣……ナイフ? その、斬っちゃって……」
「……………………」
やっちまった、という表情を顔一杯に浮かべる剣一の言葉に、セルジオは己の手に視線を動かす。するとそこには根元から斬り跳ばされ、もはや使い物にならなくなった愛用の仕込みナイフの姿がある。
「…………べ、弁償ですかね?」
それを見て剣一は慄く。斬った手応えから普通の鉄とかではないことはわかっており、ただでさえお金がないのにそんなものを弁償するとなったら、最悪借金を背負う可能性すらある。
だが、突然凄い勢いで突っ込んできたセルジオに対し、まさか足や腕を斬り跳ばして無力化するわけにもいかなかったので、斬れるのは武器しかなかった。
後悔はしていない。だが反省はしているし、可能であれば分割払いにして欲しい。そんな願いを込めてモジモジしている剣一に、呆けたような顔をしていたセルジオが自分の足でしっかり立つと、ポンポンと服の埃をはらってから改めて話しかける。
「弁償は必要ありません。ですが一つお聞かせ下さい。私が攻めていた時、どうしてあのような反応をしていたのですか?」
「え? ああ、スポンジが思った以上に柔らかくて、相手を斬らずに防げるギリギリを見極めるのが難しかったんです。鉄製の模擬剣か、せめて木剣だったら攻撃の軌道上に置いておけば防げたと思うんですけど、スポンジだとそのまま抜けてきちゃいますから。
あーでも、木剣だと砕けてたかも知れねーから、やっぱり駄目だったのかな? セルジオさん強かったし」
「強かった……くっ、はっはっは…………っ!」
指導しているつもりが、逆に自分の方が気を遣われていた。小さな子供が父親に向かって得意げに剣を振るっている様を想像し、セルジオの口から笑い声が漏れる。
「なるほどなるほど……測られていた私の方でしたか。こんな気持ちになったのは何十年ぶりでしょうか。世界はまだまだ広い……」
「あの、セルジオさん。それでその……試験は…………?」
「勿論、合格です」
「やったー!」
大分やらかした自覚があるので駄目かなと思っていたところで、まさかの合格。高給バイトをゲットして、剣一は両手を天高くあげながら喜びの雄叫びをあげるのだった。





