囚われの剣一
「ん……ううん…………?」
若干の体の痛みと共に、剣一が目を覚ます。するとそこはさっきまでとは打って変わって、飾り気の一切無い石造りの小部屋であった。椅子に座らされた状態で後ろ手に拘束されており、左右の足もそれぞれの椅子の脚に手錠で拘束されているという徹底ぶりだ。
なお、冒険者特権で身につけていた腰の剣も当然なくなっているし、何より首から提げていた小瓶もない。流石に服は着ていたが、それ以外は完全に武装解除されたと見ていいだろう。
「おーい、誰か! こりゃ一体どういうことだよ!?」
室内には誰もいなかったので、剣一は大声でそう叫ぶ。すると格子窓のついた頑丈そうな扉の向こうから誰かが中を覗き込み……一分後。壁の上部に取り付けられていた大きなモニターの電源が入ると、そこには余裕の笑みを浮かべるウー将軍の姿が映し出されていた。
「やあ客人。調子はどうだね?」
「アンタは……くそっ、何だってんだよ! 他の皆はどうしたんだ!?」
「心配しなくても、全員別々の場所で丁寧にオモテナシしているよ……今のところはね。ああ、一応言っておくが、この場にドラゴンを呼ぶのはお勧めしない。それをやられてしまうと、話し合いの余地がなくなってしまうのでな」
「……なら、この状況はまだ話し合えるつもりだってことか?」
「無論だ。現に客人は、かすり傷一つ負ってはいないだろう? 眠らせるのに使ったのも<調薬>のスキル持ちが作った特別製の薬だ。いい夢が見られたのではないかね?」
睨み付ける剣一に、将軍が悠然とした態度で告げる。もっともそれは剣一に気を遣ったからではなく、剣一がドラゴンの力で強制転移させられたことを知っていたからだ。
人間誰しも夜は寝るし、昼間であろうともウトウトすることはある。となれば自然な睡眠がそのトリガーになるとは考えづらいし、日常生活において他人にぶつかるとか、小さな怪我を負うことなど珍しくもなんともない。となれば睡眠、接触、小さな負傷くらいまでなら「強制転移」が発動しないのはほぼ確実。
だからこそ剣一は単純に眠らされ、丁寧に運ばれ、また拘束に関しても全く動けないようなものではなく、多少は手足が動くような形に留められているのだ。
(先のアメリカ軍との戦闘で得た情報からしても、やはり強制転移の条件は命に関わるような状況に限定されるようだな。ならばひとまずは問題ないだろう)
万が一を警戒して直接会うことはしなかったが、これなら自分が出向いて交渉してもよかった……そう考えはしたものの、自分のような立場の者が、迂闊に危険に身をさらすこともできない。直接現場の空気を味わえないことを若干残念に思いながらも、将軍は言葉を続けていく。
「ということで客人、交渉の続きだ。日本を出て、中国に引っ越してくる気はないかね? 先の約束はまだ有効だし、客人が望むなら家族や友人を一緒に連れてきても構わない。一〇人くらいまでなら国籍の変更やこちらでの仕事の斡旋など、生活基盤も含めて面倒をみようじゃないか。
先の物言いからすると、客人が大事なのはそういうものなのだろう? 日本から引っ越すだけで今より豊かで平穏な暮らしが約束されるのだから、特に迷う理由はないと思うのだが?」
「ハッ! 何言ってやがる! こんなことする奴の言葉を信じて外国に引っ越すなんてするわけねーじゃん! アンタだって同じ事されたら、絶対信じないだろーが!」
「『信じる』か……呵呵呵」
叫ぶ剣一に、ウー将軍が嗤う。
「なあ客人……龍使いの少年よ。この世に『信じる』なんて概念はない。あるのはただ『従う』か『従わない』かだけ。弱者は強者に『従う』ことが気に入らないから、『信じる』という言葉に置き換えているだけなのだよ。
今の客人がまさにそれだ。客人は私を『信じない』と言ったが、その結果がどうなるのか、ちゃんと理解しているのか? それとも子供らしい癇癪と短絡さで、ペットのドラゴンを呼んで暴れてみるか? 果たしてそうなった時、自分の居場所がこの世界にあるとでも?」
「それは…………」
「だが私は違う! 私の元で活躍するならば破壊と殺戮は英雄的行為となり、怨嗟の声は賞賛に、怯えの瞳は羨望の眼差しに変わる。その巨大な力を自由に振るい、それでなお認められるようになるのだ!
隠すだけの日本など窮屈だろう。飾っておくだけのアメリカなど滑稽だろう! だから客人よ! 私の手を取り、私と共に来るのだ! 地に伏せる龍を自由の空に解き放ち、その力を世界せ!
安心しろ。必要なことは全て私がやる、だから客人はただ従うだけでいい。相信者得救……強者が弱者に媚びへつらう歪な現代社会において、この私だけが客人の本当の理解者なのだ」
大きく両手を広げ、歌うように将軍が言う。その壮大な演説を受け……しかし剣一は小さく笑って首を横に振った。
「断る。俺を理解してくれるやつは、もう十分にいるんだよ」
「……ふむ、そうか。それは残念だ。では今この瞬間から、貴様はもう客人ではない。貴様にも貴様の仲間にも、友人にも、家族にも、相応の扱いをさせてもらうとしよう。すぐに後悔することになるだろうが……まあ、それは自分の短慮の結果だ。諦めて受け入れるんだな」
冷たくそう言い放つと、剣一の返事を待つことなくウーはモニターのスイッチを切った。その頭にはわずかな苛立ちが沸き立っていたが、それもすぐに収まっていく。
(どれだけ強い力を持っていても、所詮は子供ということか……ならば大人として、厳しい現実というのを教えてやらねばな)
ウーの指が、テーブルの上に置かれた機械のボタンを押す。するとさっきまで剣一を映していたモニターに、今度は自分の部下の姿が映る。
『お呼びですか、将軍』
『王女の状態はどうだ?』
『変化ありません。解析班の方にも、進展はないようです』
『そうか…………』
アトランディアの王女、エルピーゾ・プロタ・プリンギピッサ・アトランディア。眠り込んだ彼女を部下が抱き上げた瞬間、王女の体は薄く青い透明な何か……強いて言うなら氷か水晶のようなものに包まれてしまった。
それはこちらが用意した如何なる手段でも傷つけることができず、中の王女は眠ったように動かない。結果ウー達にできたのは、厳重に監視された小部屋に眠る王女をそのまま放置することだけであった。
『では無茶はせず、そのまま監視を続けるように指示しろ。それにはまだ使い道があるからな』
『了解しました、将軍』
ビシッと敬礼する部下を見て、ウーは通信を切る。次いで隣のボタンを押すと、現れたのは同じ制服を着た、しかし別の部下だ。
『お呼びですか、将軍』
『捕虜の様子はどうだ?』
『特に騒ぐこともなく、大人しくしております。あ、いえ……』
『ん? どうした?』
『その……厳密には捕虜ではないのですが、諜報員の女が若干騒いでおりまして……』
画面の向こうで、兵士の男が困った顔つきになる。軍人であるアリシアは現状を冷静に受け入れているし、幼い少女であるクサナは他の者から引き離そうとさえしなければ大人しい。
だがミンミンだけは『何で私まで一緒に捕まえるの!? 私はこの国の諜報員なのよ!?』と、己の待遇に不満を訴えていた。
『ああ、あれか。龍使いと王女はともかく、敵国の軍人や小間使いまで一緒に連れてくるような者など、信用に値しない。あまり騒ぐようなら始末しても構わんが……そういうパフォーマンスで敵の信頼を得ている、という可能性も否定できん。
度が過ぎるようなら警告してやれ。それでも収まらんなら……判断は任せる』
『了解しました、将軍』
明瞭簡潔な返答に満足げに頷くと、ウーが通信を切る。そうして最後に手を伸ばしたのは、彼の支配地たる基地内ではなく、海を隔てた隣の国へと繋がるボタン。
『お呼びですか、将軍』
『龍使いとの交渉が決裂した。プランBを実行する』
『了解しました。直ちに行動を開始します』
先ほどまでと違い音声だけのやりとりだが、それで十分。指示を出し終えたウーは、立派な革張りの椅子にぎしりと背中を預けてほくそ笑む。
「両親共に健在なら、片方くらいいなくなっても大丈夫だろう? そこで即座に頭を下げれば、もう片方は残るのだしな。
さあ愚かな少年よ、私を讃える絶望の歌を唄い、血の涙を流して頭を垂れろ。そうしたら……フフフフフ」
ウー将軍の目から、まるで炎のようにちろりと黒いナニカが吹き出して消える。それに合わせて剣一の両親に、黒い魔の手が迫ろうとしていた。





