模擬戦その五 剣で伝わる想い
「それじゃ、改めて宜しくね、ケンイチ君」
「こちらこそ宜しくお願いします、アリシアさん」
世界最強の剣士はとても気になるが、とは言えそれで目の前の友人を蔑ろにするほど剣一は薄情ではない。剣を構えるアリシアに対し、剣一もまた腰から剣を抜き、まっすぐに構える。
「いくわよ……ハッ!」
「フッ!」
キィン!
まずは軽く挨拶とばかりに、互いの剣がぶつかり合う。いっそ心地よくすら感じられる高く澄んだ金属音が幾度か打ち鳴らされると、その間隔が徐々に狭まっていく。
「ハッ! ヤッ! ターッ!」
時に強く、時に速く、緩急のついたアリシアの斬り込みを、剣一は危なげなく受けていく。すると剣を振るいながら、アリシアが剣一に話しかけてきた。
「ねえ、ケンイチ君。貴方私のことどう思っていたの?」
「えっ!? ど、どうって……」
綺麗なお姉さんから「私のことをどう思う?」と問われたことで、剣一に動揺が走った。だがアリシアは戸惑う剣一の答えを待たず、そのまま話を続けていく。
「だって、ケンイチ君は今日いきなり強くなったわけじゃないんでしょ? 元々私よりずっと強かったはずなのに……なのに上級者ぶって指導する私を、どう感じていたのかなって。
弱いくせにって馬鹿にしてた? 本当は自分の方が強いのにって笑ってた? それとも子供が大人に何かを教えるときみたいに、微笑ましく思ってたのかしら?」
「違います!」
自虐的な物言いをするアリシアに、剣一は強い声でそれを否定する。
「俺はアリシアさんのこと、本当に凄いなって思ってました。だってアリシアさんの剣は、凄くまっすぐで、綺麗だったから」
「まっすぐで、綺麗……?」
「はい! この前みんなでダンジョンに潜った時、槍を使う祐二ってやつがいたでしょ? あいつは俺の親友なんですけど、あいつは俺と違って普通っていうか、ちゃんと弱いところから努力して強くなったやつなんです。
あいつがどれだけ努力して今の強さになったのか、俺はよく知ってます。だからこそアリシアさんがそれよりもっと沢山努力して今の強さになったんだろうなってこともわかります。
俺は最初から強かったから……いやまあ、強すぎる力をコントロールするのに努力はしましたけど、まあそれはそれとして、俺はそうやって強くなった祐二のこと、心から尊敬してるんです。
だからアリシアさんも同じです。俺は強いから、その剣にどれだけの努力が詰まってるかわかるからこそ、俺はアリシアさんのことも尊敬してますし、その剣には心から敬意を払います。アリシアさんらしい、まっすぐで綺麗な剣だって」
「そ、そう…………」
まっすぐに目を見てそう告げられ、アリシアが逆に怯む。心の中の曇り空を太陽の如き光で正面から斬り払われ……そうして残った賞賛が、何だかとてもくすぐったい。
「あの、俺も聞いていいですか?」
「ん? 何?」
と、そこで今度は剣一が複雑な表情を浮かべてアリシアに問う。
「俺達と仲良くしてくれたのって、やっぱり任務だったからなんですか?」
若干の不安や悲しみ。共に過ごした日々が虚像だったのではないかという想い。そんな剣一の心をぶつけられ、アリシアの表情が罪悪感で曇る。
だが、これを誤魔化したくない。アリシアは自分の心に従い、その思いを語っていく。
「そう、ね……任務だから、命令だからっていうのは当然あるわ。だって私は軍人だもの」
「ですよね……」
「でも……」
しょんぼりする剣一に、アリシアは言葉を続ける。
「凄い才能がある後輩に出会ってウキウキしたのも、その子と一緒に鍛錬するのが楽しみだったことも、そのお友達とダンジョンで暴れたことが本当に楽しかったことも、全部全部嘘じゃないわ。
だってそうでしょ? 任務だったからって、楽しんじゃいけないなんてことはないもの。アリシア・ミラー軍曹としてじゃなく、ただのアリシアとして……ケンイチ君と一緒に過ごした日々は、楽しかった。たとえ大統領にだって、その気持ちを取り上げさせたりはしないわ!」
「……そう、ですか」
ニッコリと笑うアリシアの顔に、剣一の顔にも笑顔が浮かぶ。カキン、カキンと剣を打ち合う度に心が触れ合い、理解が深まる。そうして少ししたところで、不意にアリシアが剣一から距離を取った。
「…………今から私は、全力でケンイチ君を攻撃するわ。寸止めなんか考えない、当たったら絶対に死ぬような、文字通り必殺の一撃よ。私の全部……受け止めてくれる?」
「ええ、勿論。アリシアさんの心には、かすり傷一つ負わせませんよ!」
「…………ありがとう」
心に傷を負わせない……自分を怪我させた、ましてや死なせたなんて負い目を、絶対に与えない。いっそ傲慢とすら言える剣一の言葉に、しかしアリシアは感謝を返して剣を構え直す。
するとそれに答えるように剣一は構えを解くと、剣を持ったままの腕をだらりと下に垂れ下がらせた。
「っ……」
瞬間、アリシアには剣一の姿が巨大な山のように感じられた。殺気などない、ただそこにあるだけの存在。だというのにその雄大さは遙かに天を突き、自分が如何にちっぽけな存在かを思い知らせてくるかのようだ。
(ここまで……そう、ケンイチ君はここまでなのね。なら私も…………)
長剣を右手一本で持ち、左手を内側に両腕を交差して剣を肩に担ぐような姿勢。その状態でアリシアは三度深呼吸すると、四度目を短く吐いた。
「Sonic Slash!」
コンマ一秒の遅れすら厭うように、アリシアは無意識に思考を英語に切り替える。そうして放ったのは最速の剣。
だがそれはただ速いだけ。吸い込まれるように剣一の首に辿り着いた切っ先は、しかし見えない何かにカキンと跳ね返される。
その手応えから、アリシアはそれが結界や防壁のような魔法ではなく、己の刀身を斬られたのだと判断。弾かれた剣を追い越す速度で体を回転させ、今度は右から剣一の胴を薙ぐように斬りつける。
「Power Slash!」
速度の遅さを遠心力で補いつつの剛撃。だがそれもまた、ガキンという固い手応えと共にはじき返される。
剣一の見えざる剣は最速の剣より速く、最重の剣より重い。故にアリシアは再び体を捻って最初の体勢に戻ると、三度目の剣撃を繰り出した。
「Sonic Slash!」
それは最初の一撃と同じ技。だがスキルの力で剣が最高速に至ったところで、アリシアは更に技を重ねる。
「Power Slash!」
最初の技が解除され、剣速が目に見えて落ちる。だがそれでも一度ついた速度がいきなりゼロになることはない。最速の八割ほどの速度を維持した剛撃。しかしそれでもまだ足りぬと、アリシアは技を重ねる。
「Critical Slash!」
ギラリと、剣に輝きが宿る。スキルの力にて速さを、力を、鋭さを増した剣は、今のアリシアが出せる最高にして最強の一撃。
「Mirror's Blade!」
その最強を、二つに増やす。必殺を超える必殺の刃は剣一の首を挟み込み……
シャキィィィィィィン!
鳴り響いた音と共に宙を舞ったのは、根元から斬り落とされたアリシアの剣だった。同時に鏡映しの刃もまた砕けた破片が溶けるように消えていき……
「Oh……」
「おっと」
勢い余って前のめりに倒れそうになったアリシアの体を、剣一が抱きしめるようにして支えた。
「大丈夫ですか、アリシアさん?」
「……ええ、平気よ。ケンイチ君は?」
「この通り、元気いっぱいですよ」
アリシアを立たせてから、剣一が自分の首をペシペシと叩いてみせる。するとアリシアは剣一の首に顔を寄せ、しげしげと見つめてくる。
「うーん、確かに……はぁ、本当にかすり傷一つつけられないとはね」
苦笑するアリシアの胸に、しかし不思議と嫌な感情はない。
(きっと私は、こうなるってわかってたのね。じゃなかったらあんなに思いっきり攻撃できるわけないもの)
「フフフ……ねえ、ケンイチ君?」
「何です……ふぁっ!?」
剣一の頬に、チュッと熱い感触が走った。それがなんであるかを悟って焦りまくる剣一に、アリシアが悪戯っぽく笑う。
「勝者にはご褒美が必要でしょ? どう? 嬉しい?」
「あっ、うっ、えっ…………」
蠱惑的な瞳に見つめられ、剣一が言葉を詰まらせる。なおその頃、遠く離れた日本の地にてドラゴンを引き連れアメリカを襲撃しようとする王女と、それを引き留める勇者達の戦いが巻き起こっていたのだが……それはまた別の話である。





