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夢見る少女は過労死寸前!

作者: たろたろ

 

異世界転生。それは今時の若者の多くがある意味あこがれていることだろう。私、柿峰野江もそのうちの一人である。

 

 高校二年。彼氏ナシ歴=年齢の普通の高校生。中学で恋した同級生が仲のいい友人と付き合ってからはもう三次元というものには期待してない。その経験から身の程というものは知るようになった。


 漫画のように何の特徴もない少女が社長の御曹司やらスポーツ勉強何でもござれの万能イケメンに告白されることなどありはしないのだ…


 だが、それでも…それでも思ってしまう。


 もし自分に彼らと遜色ないほど容姿があれば…

 もし自分に彼らを楽しませられるコミュ力があればと…

 もし自分が一国をかたむけてしまうほどの傾国の美女で俺様系ワイルドイケメンが「俺のモノになりな、一生な。お前に拒否権ねぇから」みたいなキザなセリフを言い強引だけど私の手を引く力は意外と優しい超絶イケメンに求められたり、白馬の似合う隣国のイケメン王子が私に一目ぼれして私に求婚するんだけどそのことに嫉妬した俺様系イケメンとけんかになり、「のえは俺のモンだ!てめぇなんぞに渡してたまるかよ!」」「それはこちらのセリフだ!彼女は僕がもらう!」みたいなセリフを言い続け、その後なんやかんやでどっちとも私と付き合うことになればと…

 もし…


 「なんてあるわけないか」


居間もソファに仰向けになりながらつぶやく。 

 

—瞬間、床が神々しいほどの光であふれかえる。何事かと思い、周りを見ようとしても眼も開けられない。すると体が宙に浮く感覚を覚える。


 (えっ⁉なになになに⁉)


状況の理解はできないのに状況はかってに進んでいく。


『異世界の人間よ。どうか我々の世界に安然をもたらしてください。』


突如脳内に神秘的な声が流れえてくる。


『その道のりは困難にあふれているでしょう。ですが、あなたには特別な力を授けました。その力は一騎当千、あらゆる猛者を薙ぎ払う力の極致。その力をもってどうか無辜(むこ)なる民を救いたまえ。』


 透き通るほど華麗な美声に感銘を受ける。きっとそのお顔も美しいことこの上ないだろ。


 同時にその美女(不明)のセリフから事の次第を理解する。


 (え?これってもしかしなくても異世界転生というものでは⁉)


 異世界転生。つまり、ここではないどこか別の世界に転生させられ、チート能力を授けられ、無双するというものでは⁉

 もし声の主の通り、世界の危機を救えば、褒美としてイケメンを侍らすことも夢ではない!


 

 『よっしゃー!今のめっちゃいい感じじゃない!今のセリフめちゃくちゃ神様っぽかったでしょ!いや、さすが私だわ。あんなこと言われたらもう涙流しちゃうでしょ!』


 唐突に歓喜の声が脳内に響く。まるで子供が玩具をもらったかの如くだ。驚くべきはその声が先ほどの声と全く同じということだ。

 

 

 (…え?)

 


 『…あれ、もしかして接続切れてなかった?…………………っあ、すいません。今のなしで。……勇者よ。あなたの未来に栄光あれ』


 唐突に声の主に対しての信頼が揺らぐ。この人(?)のこと本当に信じて大丈夫⁉変なことにならないよね⁉


 私の不安をよそに視界一面に野原が広がる。


 こうして私の異世界転生は幕を開けた。





 目の前には何一つ遮るものがないほど広がる野原。双眸(そうぼう)には雲一つない青の空が映る。これだけ見れば、なんてことのない田舎の話に思えるかもしれないが残念ながらそう甘い話ではない。


 (そら)には明らかに地球上には存在しないであろう生物が飛んでいたり、地上にはゲームでよくおなじみのスライムやゴブリンなどのモンスターらしきものが遠くで徘徊している。


 「私本当に来ちゃったんだ。」

 

 何となく予想はしていたが、それでもいざ現実になると驚きだ。

 

 だが何はともかく、いろいろと試してみなければ。先ほどの声の主が言うにはどうやら私にはチート能力が与えられているらしい。争いごとなんてムカデを触るのと同じぐらいいやだが、その力でイケメンハーレムを作れるというのならムカデの群れに全裸ダイブするのもためらわない。


 ハーレム!イケメンハーレム!


 私を駆り立たせるのはただそれだけである。


 「さてと世界救っちゃいますか」


 まずはそこら辺のモンスターにでも私のチート能力でも試し、いけそうならそのまま魔王やらなんやらを倒す。そして世界の危機を救い、世界中のイケメンから求婚される。

 

 ふふっ、我ながら完璧な計画である。


 ひとまず自分に与えられた力を試すために、重い腰を上げるとすr……


  腰が上がらない。というか本当に腰が重いな。


 もう一度足に力を入れる。


 ―だが、まったく腰が上がらない。というより、冷静に考えてみて異世界転生してからいろいろと違和感がある。

 

 座っているとはいえ視線はいつもより低く、全体的に体に力が入らない、重い、そして動かないの三拍子。 腰に関しては絶望的なまでに痛みがあった。


 ふと自分の手足が目に映る。それは枯れ木のように細く、しわだらけの腕がそこにはあった。


 「……え⁉」


 どう見てもそれは十代のそれではなかった。足にも目をやると腕と同じように乾燥によって荒れ果て色味のないモノだった。


 強烈な悪寒に襲われ、鏡を探す。が、そんなものがこんな平野にあるわけもない。しかたなく、不安をよそにおぼつかない動きで顔に手を当てる。その感触はハリがありなめらかできめ細やかなモノ………の正反対に位置するモノだった。


 ここまでくれば鏡など見ずとも自身の状況を理解することができた。というかまったく見たくない。


 「私おばあちゃんになってる⁉」


 なーにが一騎当千の力じゃ!ばばあのどこにそんなもんがあるんだよー!!!


 すると目の前に透明な(プレート)が映し出される。よく見るステータスというものであろう。そこには私の名前、そして無機質に私が与えられたであろう能力が記されていた。


 スキル『ぎっくり腰』


 「???」


 ぎっくり腰?思えば、先ほどから腰が抜けている感覚がある。つまりこのスキルは私をぎっくり腰にするという能力なのだろうか?


というか何?チートでもなんでもなくこんなのただの嫌がらせじゃねえか


 こんな状況になったのは絶対にあの声の主のせいだ。マジ許さん!怒りで拳を握りしめる。


が、残念過ぎるほどに力が入らない。


 「くそぉ…」


 ひとまずまずはこの状況を本当にどうにかしなければ。でないとハーレムがどうとか言う前に、普通に飢え死ぬ。


 「絶対、絶対に生き延びてやるっ!」


 虚空に向かって叫ぶ。生き延びるためにはとりあえず、立ち上がらなければ。


 足に力を入れようとすると視界に一匹のモンスターが映る。


 スライム。そうあのスライムだ。ゲームとかでよく見る序盤の雑魚モンスター。例にもれず、水玉色に真ん丸のボディといかにも弱そうである。


 そいつはいつの間にか目と鼻の先に来ていた。自分の状況を理解するのに精いっぱいで、こいつの襲来に気づかなかったのだろう。


 スライムはのそのそとなめくじのようなスピードでこちらに近づく。もし冒険者のようなものがこの世界にいればこいつなど瞬殺で終わるだろう。


 だが、そいつの目の前の少女(老婆ではない、絶対に!)は一切動けない。なめくじどころかただの石ころである。


 のそのそと動くスライム。相変わらず足に力が入らない私。この膠着がしばらく続く―


 「っむぐ!」


瞬間、スライムが私の顔に飛びつく。粘着性のあるボディが顔にまとわりつき、私から呼吸を奪う。


 当然、抵抗を試みるも悲しいほど力が出ない。

 

 その時、さっそうと現れた騎士が私を助けて—


 なんていう展開もなく、よぼよぼの老体に無呼吸で耐えられるはずもなく簡単に意識が薄れていく。


 こうして異世界にて私はあっけなく死亡したのだった。



 



 「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない。」


 目を開けると、そこは真っ白な空間だった。そこには透き通った金髪をたなびかせる一人の女性がいた。


 神様というものがいたらこういう存在なのだろう。

 

 ほっそりとしたあごにアイドル顔負けの美貌。こちらを見つめる双眸は慈愛に満ちている。たとえ同性でも思わず息を漏らしてしまったとしても不思議ではない。


 だが、私は知っている。今目の前にいる神様は先ほどの声の主、つまり私をババアにしたやつだということを。


 「ですが、心配ありません。私がまた生き返らしてあげましょう。勇者よ、どうか恐れずに突き進んでく—」

 「ちょい待てや」


 女神さまの言葉を遮る。


 「私、おばあちゃんになっているのですが?チート能力与えてくれるって言いましたよね?」


 すると女神さまがあからさまに目をそらす―

 

 かと思うと咳払いをして


 「勇者よ、どうか恐れずに進んでください。どうかあなたの道に祝福があらんことを」


 こちらのことなど気にもせずに先ほどの言葉を続ける。こいつごまかす気だ!そうはさせるかと女神さまにとびかかろうとした瞬間体が光り輝くのを感じる。


 「では勇者よ、行ってらしゃいませ」


 そこで最後に目にしたのは憎たらしいほどに笑みに満ちていた女神の顔だった。



 












 死亡2回目。

 原因:ゴブリンによる刺殺


 「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない。ですが—」


 死亡5回目

 原因:ゴブリンによる投石が頭にあたる。(クリーンヒット)


 「…お、おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない。ですが—」


 死亡26回目

 原因;ぎっくり腰


 「……………」


 どうやら死ぬたびに私はこの真っ白な空間に戻されるらしい。死んでも大丈夫なのはいいが、やはり何度やっても死ぬというのは嫌なものである。

 

 そして、目の前には眉間を寄せ親の仇でも見るような目でこちらを見てくる女神さまがいた。もう、ここまでくると神々しさというものは一切感じなかった。


 「…ぬの?」

 「ん?」

 「何回死ねば気が済むの!!」


 女神さまがこちらに飛びつき襟元を掴んで全力でゆすってくる。いや、あんたのせいなんだけどね!もうすでに女神さまには最初のような威厳はなく、子供のように駄々をこねていた。こっちが本当の姿ということだろう。


 そんなこと知ったことないとでも言うように女神さまは立て続けに文句を口から吐き出す。


 「なんでよ~!なんでそんなに死んじゃうのよ~!毎回蘇生させられるこっちの気持ちも考えてよ~!」

 「いや、あんたが私をババアにしたせいなんですけどね!」

 「…それとこれとは話が別」

 「全然別の話じゃないでしょ!このくそビッチ!」

 「誰がビッチよ!このおばさん!」 

 「あんたがこんな体にしたんでしょうが!」


  こちらも負けじと言い返し、女神さまの神を全力で引っ張る。あちらも負けじと応戦する。


 幸い、ここは現実とは隔離されたような空間なのか私の体も元の高校生であり自由に体を動かせた。若いって素晴らしい。


 しばらくするとお互いに疲れ果て、横になる。一度暴れまわったからか頭もいい感じに冷え、私は女神さまに聞きたかったことを尋ねる。


 「それであなたは誰なんですか。私はなんでこんな状況に陥っているのですか?」


 女神さまはゆっくりと立ち上がり、胸元に手を当てる。


 「そうですね。こちら側の事情を伝えなかったのはいささか無礼でしたね。」


 いやそのノリ続けるんかい


 「では改めまして紹介を。私はルビス。人間の上位存在、あなたたち風にいえば女神といったところでしょうか。」


 そこからの話は次のようになる。


 先ほどから私が転移させられている世界では魔王の出現により世界が危機に瀕している。だから異世界から勇者を召喚し、世界崩壊を止めてもらうため目の前にいる女神、ルビスが私を召喚したんだそう。

 

 まあ、ここまではよくある話である。だが、ルビスは肝心な部分に触れていない、というより明らかに避けている。そんなことを許すほど私は甘くない。


 「で、私の老化については…?」


 「…いや、それについては手違いというかなんというか…決してテレビ見ながら適当にスキル選んだからだとかそういうわけではないですよ」


「それが答えか」


もう何度かわからないため息を漏らす。今更だがこの女神(くそビッチ)が適当に私の能力を選んだせいで私はババアになったというわけだ。


 「今失礼なこと考えましたか?」

 「いや全然」



 ともかくこのままではらちが明かない。また生き返っても死ぬの繰り返しだ。


 「念のため聞きますけど私の体をもとに戻せないんですか?」


 「…いちよう戻せますけど…けど」

 

 「けど?」


 「魔王倒してもらわないとできないというかなんというか…」


 「…」


 もとから元の体にやすやすとは思っていなかったので、意外にも私の落胆は少なかった。簡単に元の体に戻れるならもうすでにこの女神も私をもとに戻しているのだろう。

 

 要はこの女神はこういっているわけだ。老体で何一つ力のない体を使って、魔王とやらを倒せと。


 …いや、むりじゃね。だが、そうしなければこの無間地獄から脱出することはできない。もう選択肢は二つに一つだ。


 「…ますよ。」


 「?」

 

 「やってやりますよ!その魔王とやらをぶっ飛ばして元の体に戻ってやりますよ!」


 「さすがです勇者様!!その言葉を待ってました!.....................これで私の降格も消えるはず…」

 

  

 最後に何か言われたようだが、もう気にしない。


 すると、もう何度目かもわからないが体が軽く感じる。そう、転移の前兆である。


 「では勇者よ。ひとまずあなたの転移した場所から南東3キロに小さな村があります。ひとまずそこへと向かてください。そこに行けば、たとえ死んでもそこで復活(リスポーン)することができますので。ではご武運を」


  南東3キロに町。老体ではつらくはあるが練習したおかげで普通に立って歩けるようにはなった。この分なら何とかなりそうではある。それ以上に人間が恋しかった。もうスライムやらゴブリンやらも人外は勘弁である。


 だがこの時は理解してなかった。魔物はこびる世界で老婆が一人いること。ぎっくり腰の恐怖。そして先ほど女神が少し触れた復活(リスポーン)システムについて。


 死亡27回目

原因:スライムに体当たりされる。


 死亡39回目

原因:コボルト襲来


 死亡56回目

原因:ぎっくり腰



 「もういやーーー!!!」


 はっきり言おう。めちゃくちゃなめてた。いや、わかってはいるのだ。老婆一人で魔物に太刀打ちできるわけではないと。


 だが、幾たび死んでもその死んだ場所からやり直せればいずれはたどり着けると思っていたのだ。


 だが、違うのだ。死んだら一番最初の場所、つまり異世界転生した時に最初にいた草原のど真ん中まで戻されるのだ。


 なぜこんなシステムなのか理由を女神に聞いたところ特に理由はないそう。しいていうなら「そういうものだから」らしい。いや、ドラクエでももうちょっと優しい気がする。


 そしてこの難関、かなり心に来る。


 まず第一に魔物に会う(エンカウント)する確率が異常に高い。スライムなんかそこらへんにごろごろいる。そして仮に遭遇すれば私の足で逃げることはできない。なぜならおばあちゃんだから。


 二つ目に、先ほど説明した復活(リスポーン)地点の問題。先ほどに関しては村なんて目と鼻の先に会ったのだ。だが、運悪くそこでスライムに会い、こうして死んだというわけだ。ようはどれだけ進んでも死ねば最初からやり直しである。…なんだこのクソゲー


 だが125回目


奇跡が起こる。魔物との遭遇ゼロ。そして目先には目的地の村、そして周りには魔物の気配なし。


やった、ついにやったんだ。


自然に目から涙がこぼれおちる。うれしい時にも人間が泣けることを私は初めて知った。私の人生でこれほど感動したことはあっただろうか。村に着いたら、ふかふかのベットに寝よう。今はただ、休みたい。


だが、村の入り口に目をやるとなんだか騒がしい。みると一人の大柄な男と村人たちが言い争っているようだ。


 ちらりと、男の横顔が見える。重厚な黒の鎧を身にまとい自身の身長にも及ぶだろうかと思われるほどの槍をなんと片手で携えている。だがそんなことが気にならないほど重要なことが私にはあった。


(うそ⁉超イケメン⁉)


褐色の肌に凛々しい相貌。黒髪を短くそろえており、少しイカつさも覚えるも猛々しさが勝る。


だが、その眉間にしわが寄っておりあまり機嫌はよくない、というよりかなりお怒りのように感じる。ひとまず、彼らの彼らの会話に耳を傾けてみることにした。


 

 「ですからここには勇者なんて来ていないんです。信じてください!」

 

 「ああ⁉魔王軍幹部のこのザイード様にくだらねぇうそをつくんじゃねえ!この付近に勇者が召喚される気配があったのは知ってるんだよ!さっさとはかねえとただじゃ置かねえぞ!」


 「で、ですから本当に何も知らないんです!」


 どうやらあのイケメンは勇者、つまり私を探しているらしい。


 「嘘つけ!10時間前に召喚の気配は感じたんだ!ここから3キロ先にな!この村から孫だけ近い場所に転移させられたらひとまずこの村にくるってんのが普通だろうが!どこの誰が十時間かけて3キロも移動できないってんだ?ああん!」


 あ、それ私です。十時間かけても3キロも移動できない人です。


 それとどうやら、あの村は私をかくまっていると思われているらしい。加えて、あの俺様系イケメンは魔王軍の幹部、つまり私の敵ということになるらしい。マジか。もしかして魔王軍ってイケメン集団なのか?


 だがそれはそれとして目の前の状況に困る。私のせいであの村の人たちが巻き込まれているというわけだ。だが、かといって勇者(私)が助けに行っても何の役には立たない。老人なんかじゃあんな男性ホルモンマシマシの筋肉ボディーには傷一つつけられない。


 女神さまのいうことが正しければ、魔王軍と勇者は対立関係、私がおめおめと出ればまた殺されかねない。


 

 そしていよいよ一触即発だと思われたまさにその時、村人と(イケメン)の間に一人の少年が入る。


 「おじいちゃんをいじめるな!」


 かなり小柄な少年で背丈に関しては今の私よりも低いだろう。目の前の大男と比べたらあまりにも頼りない。村人たちも今すぐ引けと叫ぶも少年は聞く耳を持たない。


 ザイードという男も目を細め少年を見つめる。まるで恐竜の前に小鳥が立っているような構図だ。


 だが、それとなく私は期待していた。このまま俺様系イケメンが引いてくれるのではないのかと。相手は子供だ。いくら何でも子供相手に大人気ないことはしないのではないかと。


 直後、そのたわごとは否定されることになる。


 ぱっんと頬を打つような音が耳に入る。少年は後方へと吹き飛ばされており、意識はすでに飛んでいた。


 「っち、ガキがしゃしゃってんじゃねえよ。」


 はき捨てるように、ただ冷淡に男は吐いた。


 何かが自分の中で切れた音がした。 気づけば地を蹴って男のもとへと駆け出していた。


 イケメンとは見た目だけの話ではない。他人への思いやり。やさしさ。それらがあってイケメン足りうるのだ。それに比べ目の前の男はどうだろうか。


 見た目こそ麗しいがあろうことか子供に暴力。俺様系イケメンは言動こそ荒々しいがその本質にはやさしさが込められているのだ。


 「お前は解釈違いだー‼」


 ザイードとやらの前にさっそうと…とはいかないが駆け付ける。


 「ああ?なんだてめぇ?」


 「正体を聞かれたからには名乗りましょう。私こそがあなたが探し求めていたもの、そう勇者です!」

 

 自分でも膝が震えているのがわかる。力の差は歴然。それでもこの村に迷惑をかけているのは自分の存在である。いくら何でもここで見捨てるのは私も本意ではない。


 「ぼけてんのか、このババア⁉」


 視界の隅から何かが近づく―


 察知する暇もないまま私は無様に吹き飛ばされる。ザイードの吹き飛ばされたと気付いたのは私の背が地面についてからだった。


 「っち、手間取らせやがって」


 あからさまな舌打ちをし、ザイードは身をひるがえす。もう私は死んだと思っているようだった。実際、私も幾度となく味わった『死にそうな感覚』を体が発している。


—だが、


 私はザイードの前に立っていた。体はガタガタだが、それでも何事もなかったようにふるまう。


 「?少し加減しすぎたか?」


 ザイードはいぶかしむ様子を見せるも、再び私に殴りかかる。だがそのたびに、私は立ち上がる。


 初めこそ余力を残していたザイードであったが、ゾンビ並みに死なない私を見てその眼には次第に影が宿る。


 「な、なんなんだてめえは⁉」


 普通ならばもうとっくの昔に死に果てているだろう。


だが、私を立ち上がらせているのはただ一つ、褐色イケメンに殴られている、褐色イケメンの肌に触れることができているということだ。


幾度とない攻防、というより一方的な暴力でも私を屈することができないと見てかザイードはいよいよその手に彼の獲物である槍を携える


「ずいぶんとてこずらせてもらったが、今度こそ終わりだ!このフナ虫が!」


光速にも迫ろうという槍が私の顔めがけ一直線に向かう


なんとかかわそうと必死の抵抗を試みた—


瞬間腰に強烈な痛みを覚える。


—ぎっくり腰!こんな時に!


この体になってから星の数ほど味わった災禍。


が、この時偶然にも体がくの字に曲がり、顔を穿つはずだった槍は頭一つ分上にそれる。


「っなに⁉」


 かわされると思ってもいなかったのかザイードはカウンタ―の警戒をしておらず完全に胴ががら空きになっていた。


 千載一遇の大チャンス!拳を握りしめ、渾身の一撃をザイードに叩き込む!


—ぽすん


 だが、努力のかいもなく私の拳は鎧によっていとも簡単に防がれる。


 ザイードは放った槍をもとに戻し、今度こそ私の命を消すべく再び構えを取る。先ほどのような奇跡はもう起こらないだろう。


(万事休すか)


 「終わりだこのくそばば―」


 己に迫る死を直視できずに、とっさに目をつぶってしまう。


 「っっ‼…………?」


だが、いくら待てども槍がやってくる気配を感じない。


 何かおかしいと思い様子を見ると、ザイードの様子がおかしい。槍をほおり出すような形で地面に下ろしており、体は先ほどの私のようにくの字に曲がっていた。そしてその顔は苦渋に満ちていた。


 「な、なんだこりゃ!か、体がいうことをきかねえ」


 そう、まるでぎっくり腰にでもなったかのような—


 ふいに先ほどの私のスキルを思い出す


 スキル『ぎっくり腰』


 最初見たときはただただ私がぎっくり腰になりやすくなるだけの能力だと思っていた。だが実際には触れた者を強制的にぎっくり腰にするスキルなのではないのだろうか。事実、目の前のザイードはあからさまにその症状になっている。


 「く、くそ…この俺様がこんな姿をさらすとは…」


「お、おい。あいつの様子おかしくないか?」


 「…今がチャンスだ!あいつを追っ払え!」


 村人たちは今が好機とみてか果敢にクワを手に持ち攻勢へと転じる。


 「っちょ、やめろてめえら!」


 だが攻撃の手は止まらない。


 「く、くそ!てめえら覚えとけよ!」


 さすがに耐えられなかったのかザイードは唇を噛みしめ、呪文のような文章を唱える。


 するとザイードの体から光が発せらる。目を開けると既にそこにはザイードの姿はなかった。


 ザイードの気配は完全に消えた。逃げたということだろう。


 しばらく呆然としていると—わっっ!と村人たちが盛り上がる


 「すげえよ!あんた!」

 「ありがとう!あなたのおかげで村が無事にすんだ!」


 いつの間にか辺り一面には人だかりができており嵐が過ぎ去ったのを喜び合っていた。


 「おばあちゃん!ありがとう!すげえかっこよかったよ!」


 先ほど村をかばおうとして吹き飛ばされていた少年も私のそばに駆け寄っていた。この少年、よくよく見るとなかなかかわいらしいお顔をしていらっしゃる。まるで純朴な若葉のような。


 こんなかわいらしい少年からお礼を言われるなら人助けというのも悪いことではないのかもしれないグへへへへ


 「見知らぬお人よ、本当にありがとうございます。よろしければお礼としてこの村でゆっくりしていきませんか。小さくて何の面白みのない場所ですか」


 「いいんですか!ではお言葉に甘えさせていただきます!」


 その言葉を待っていましたとばかりに食いつく。私に今必要なのはきちんとした休息。

もう何度も平原のど真ん中でモンスターに殺されかけるのなんかこりごりだ。


そして先ほどの少年に手を引かれていよいよ町に入ろうとする。


最初にこの世界に転移した時は体は老化し、何度もモンスターに殺され最悪でしかなかった。

だが、こうして村の人たちに感謝されそして美少年と触れ合えたのだ。


—こんな生活も悪くはないかな


 だが、この時私は完全に油断していた。この体というものはいとも簡単に生の橋から落ちるということを。


 村の入り口に足を踏み入れようとしたまさにその時、小石に足を取られる。なすすべもなくそのまま顔から地面にダイブ!ただでさえ先ほどの騒動で疲れ切っていたからだが耐えられるはずもなく…



 そして私がこの世界で再び目を覚ました場所は幾度となく見る羽目になった、草原のど真ん中、つまり村から3キロ離れた場所、スタート地点というわけだ。先ほどこけた際にあっけなく死んだということだ。


 空を見上げると、憎たらしいぐらい蒼く澄み渡っている。 


 「…っふ、ふふふふふ」

 

 虚空へと笑い声をあげる。


ああ、今日はなんて良い日だろうか!夢にまで見た異世界転生を果たし、体は老化し村を救ったと思えばこうしてまた振り出しに戻されている……………………


「早く元の体に戻してーーー!!!!」


 読んでくださりありがとうございます。

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