フレイム
むかしむかし、ある魔法都市に魔法使いの少年が住んでいました。
少年は魔法学園の中等部に通う2年生でした。
ある日、少年は自分が使う炎魔法にオリジナルのかっこいい名前をつけたくなりました。
それは年頃の男子によく見られる衝動でした。
しかしいくら考えても納得のいく名前が思いつかずに困っていました。
「そうだ、大賢者様ならかっこいい言葉をたくさん知っているに違いない」
そう思った少年は、同じ魔法都市に住んでいる大賢者を訪ねました。
「未来ある若い魔法使いにふさわしい立派な魔法名を考えましょう」
心優しい大賢者は少年の頼みを快く引き受けました。
「炎魔法なら『フレイム』はどうでしょうか。燃え盛る炎の輝きを表す古の言葉です」
「フレイム……なんてかっこいい言葉なんだろう。フレイムフレイム、と。なるほど、とても言いやすい」
「お役に立てたようで何よりです」
「ありがとうございます大賢者様。よろしければ他のかっこいい言葉も教えてください」
「もちろん構いません。例えば同じく古の言葉に『イツモノテンプレ』があります。これは細かな違いはあれど人が辿る道筋は大抵の場合似たようなものになるという不変性を意味します」
「非常に安心感のある言葉ですね。もっと言葉について知りたくなってきました」
少年は教えてもらった言葉を書き記すためにノートを取り出しました。
「それではいくつかまとめて教えましょう。まずは『サイキョウケンジャ』。多くの魔法を習得した者に与えられる最上級の称号です」
「賢さは関係ないんですね」
「『イセカイムソウ』『ガクエンムソウ』『ムジカクムソウ』。どれも自由気ままでストレスフリーな勝ち組生活を意味します」
「単調になりそうですね」
「『ハズレスキルガジツハチート』。役立たずだと思われていた能力は必ず最強で万能になるという世界の法則を表しています」
「お約束ですね」
「『イマサラコウカイシテモモウオソイ』。ハズレスキルガジツハチートと組み合わせて使う修飾語です」
「気持ちがスカッとしますね」
「『ナデポ』。相手の頭を撫でることで感情を支配できる異能のことです」
「魅力的な人格者に宿る異能なのでしょうね」
「『カンテイガン』。あらゆる物質の情報を解析することができる能力を宿した特別な目のことです」
「こんな便利な能力は重宝されたのでしょうね」
「『キョムテンカイ』そこにあるのに何もないという矛盾と真理を同時に表現した神秘的な言葉です」
「内容が無いようですね」
「『ビショウジョドレイ』。身の回りに置くだけで優越感を得ることができる伝説の装飾品です」
「街で買えたり森で拾えそうですね」
「『ツイホウザマア』。世界を構築する因果の強制力を表した言葉です」
「切っても切り離せない関係ということですね」
「『チョウカイシャク』。飛躍した理論や都合の良い理屈によって万物の法則を書き換える神の荒業です」
「どこかでガバらないか心配ですね」
「『タロウ』。偉大な功績を残した人物に与えられた敬称です」
「とても名誉なことですね」
「さて、ひとまずこんなところでしょうか」
「ありがとうございました。大賢者様のおかげでたくさんの言葉を学ぺました」
「私も楽しい時間を過ごすことができました。知りたいことがあればまたいらしてください。いつでも歓迎します」
満足した少年は急いで家に帰りました。
そしてノートを開き、書き記したたくさんの言葉を振り返りました。
「さすがは大賢者様だ。どれも初めて聞いた言葉なのにとてつもないパワーを感じる。これなら最高にかっこいい名前になるぞ」
少年は魔法の名前決めに熱心に取り組みました。
しかし取り組めば取り組むほど、どの言葉もますます魅力的に感じるようになり、どれか1つに決めることができなくなっていきました。
やがて夜が明け朝日が昇り始めた時のことでした。
「そうだ!こうすればよかったんだ!」
少年はとても画期的な方法を閃きました。
数日後、魔法学園の中間試験の日がやってきました。
実技試験の内容は的当てでした。
的当てというのは、離れた位置にある的を狙って魔法を放つことで魔法の腕を測定する方法で、魔法学園や冒険者ギルドで採用されている一般的な試験方法です。
「頑張るぞ!」
自分の番がやってきた少年は、杖を構えて魔法の詠唱を始めました。
「フレイムフレイム
イツモノテンプレ
サイキョウケンジャノ
イセカイムソウ
ガクエンムソウ
ムジカクムソウ
ハズレスキルガジツハチート
イマサラコウカイシテモモウオソイ
ナデポナデポナデポノ
カンテイガン
カンテイガンノ
キョムテンカイ
キョムテンカイノ
ビショウジョドレイノ
ツイホウザマアノ
チョウカイシャクノ
タロウ」
どかーん!
杖から放たれた魔法は的に命中し、少年は実技試験に合格することができました。
試験が終わったので散歩をしていると、校舎裏に広がる森の境界で1匹のスライムを見つけました。
「よし、冒険者に向けて実戦の特訓だ」
少年の夢は冒険者になることでした。
冒険者を目指すことは、この世界ではありふれている一般的な発想でした。
「くらえ!」
少年はスライムに向けて杖を構えました。
「フレイムフレイム
イツモノテンプレ
サイキョウケンジャノ
イセカイムソウ
ガクエンムソウ
ムジカクムソウ
ハズレスキルガジツハチート
イマサラコウカイシテモモウオソイ
ナデポナデポナデポノ
カンテイガン
カンテイガンノ
キョムテンカイ
キョムテンカイノ
ビショウジョドレイノ
ツイホウザマアノ
チョウカイシャクノ……」
「何をしているの?」
「うわっ!?」
突然話しかけられて詠唱が途切れてしまい、魔法は不発になりました。
「あらごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの」
話しかけてきたのはクラスメイトの少女でした。
「これくらいで集中力を乱すなんて、僕がまだまだ未熟な証拠だよ。実はフレイムフレイムイツモノテンプレサイキョウケンジャノイセカイムソウガクエンムソウムジカクムソウハズレスキルガジツハチートイマサラコウカイシテモモウオソイナデポナデポナデポノカンテイガンカンテイガンノキョムテンカイキョムテンカイノビショウジョドレイノツイホウザマアノチョウカイシャクノタロウであそこにいるスライムを倒そうとしていたんだ」
「フレイムフレイムイツモノテンプレサイキョウケンジャノイセカイムソウガクエンムソウムジカクムソウハズレスキルガジツハチートイマサラコウカイシテモモウオソイナデポナデポナデポノカンテイガンカンテイガンノキョムテンカイキョムテンカイノビショウジョドレイノツイホウザマアノチョウカイシャクノタロウって、さっきの実技で使っていた炎魔法のこと?」
「そうだよ。フレイムフレイムイツモノテンプレサイキョウケンジャノイセカイムソウガクエンムソウムジカクムソウハズレスキルガジツハチートイマサラコウカイシテモモウオソイナデポナデポナデポノカンテイガンカンテイガンノキョムテンカイキョムテンカイノビショウジョドレイノツイホウザマアノチョウカイシャクノタロウは大賢者様に教えてもらったかっこいい言葉をたくさん使ったオリジナル魔法さ」
「大賢者様のおかげでフレイムフレイムイツモノテンプレサイキョウケンジャノイセカイムソウガクエンムソウムジカクムソウハズレスキルガジツハチートイマサラコウカイシテモモウオソイナデポナデポナデポノカンテイガンカンテイガンノキョムテンカイキョムテンカイノビショウジョドレイノツイホウザマアノチョウカイシャクノタロウが生まれたのね。それならスライム程度はフレイムフレイムイツモノテンプレサイキョウケンジャノイセカイムソウガクエンムソウムジカクムソウハズレスキルガジツハチートイマサラコウカイシテモモウオソイナデポナデポナデポノカンテイガンカンテイガンノキョムテンカイキョムテンカイノビショウジョドレイノツイホウザマアノチョウカイシャクノタロウで簡単に倒せないといけないわね」
「もちろん!だってフレイムフレイムイツモノテンプレサイキョウケンジャノイセカイムソウガクエンムソウムジカクムソウハズレスキルガジツハチートイマサラコウカイシテモモウオソイナデポナデポナデポノカンテイガンカンテイガンノキョムテンカイキョムテンカイノビショウジョドレイノツイホウザマアノチョウカイシャクノタロウは世界最強で最高にかっこいい魔法だからね!次こそはフレイムフレイムイツモノテンプレサイキョウケンジャノイセカイムソウガクエンムソウムジカクムソウハズレスキルガジツハチートイマサラコウカイシテモモウオソイナデポナデポナデポノカンテイガンカンテイガンノキョムテンカイキョムテンカイノビショウジョドレイノツイホウザマアノチョウカイシャクノタロウで倒してみせるぞ……ってあれ?」
少年は再び杖を構えようとしましたが、いつの間にかスライムがいなくなっていました。
「スライムはどこにいったんだ?」
「どうやら私たちが話している隙に逃げてしまったみたいね」




