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追憶と未来の恋模様〜記憶が戻ったら番外編〜  作者: 凛蓮月
アドルフとマリアンヌ

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二人の婚約

 

 マリアンヌに求婚し、強引に返事を貰ったアドルフはその夜父であるグスタフに進言した。


「婚約者を自分で見つけました。その女性以外は受け付けませんので」

「ほう、して、どの家の女性だ」

「ソレール家のマリアンヌ嬢です」


 名を告げるとグスタフはぴくりと眉を釣り上げた。


「正気か?」

「至って正気です」

「はっ、お前も現を抜かす奴であったか。母親に似たのか」


 己も似たようなものであろうに、という言葉を寸でで飲み込み、アドルフは嘆息する。


「……妾は取りませんよ」

「何?では後継はどうするのだ。あれでは子は望めんだろう。命を縮めるのか?

 悪い事は言わん、それを正妻に据えるなら妾を取れ。公爵家に来たがる令嬢は山程いるだろうし、未亡人でも良いだろう」


 アドルフは父親の言葉に再度溜息を吐いた。


「生憎、両親を反面教師としておりますので。後継は親戚筋より養子を取ります。

 ああ、なんなら、互いに連れて来て下さって構いませんよ。

 沢山いるでしょう?見た事も無い弟妹たちが。

 ……まさか兄姉はいないでしょうが」


 冷たく見据えるアドルフに、グスタフはゾッと背中を凍らせた。

 アドルフの両親は政略結婚である。

 親戚筋から迎えたアドルフの母は薄くはあるがオールディス公爵家の血を引いている。


 義務を終えた後は互いに好きに過ごし、互いに別宅を構えているのだ。

 その家にアドルフが見た事も興味も無い弟妹がいる事も知っている。

 後継教育で一部、公爵家の影を譲渡された時、まっさきに調べたのは両親の事だった。


 互いに上手く隠してはいるが、アドルフには筒抜けであった。


 互いに優位に立ちたがるアドルフの両親は、相性が悪かった。

 それぞれが選んだ相手は、見るからに考え無しのような、ただ快楽の為だけの要員でしかないような人間だった。──おそらくそこに愛だのは無い。


 アドルフの父グスタフにとって、妻のもとにいる子らに公爵家を取られるのは許し難い屈辱である。

 だが自身の愛人の子に譲る気も無い。公爵として、そこまでする程愚か者では無かった。


 重苦しい空気の中、グスタフは長い溜息を吐いた。


「分かった。だが子が出来ぬ時はアレの血筋以外から迎えろ」


 アレとはアドルフの母の事である。

 アドルフは冷笑した。


(愚鈍な父は私も母の血を引いている事を忘れておいでか)


 それとも、子が為せぬような者を愛した息子にその血を途絶えさせようという運命の皮肉だろうか。


「父上の筋から迎え入れます。但し、優秀な者を選ぶ事に致します」


 一礼して、アドルフは部屋を出た。


 あとに残されたグスタフは肌見離さず身に付けたペンダントロケットを取り出し苦い顔をする。


 引き返せぬ過ちを、己の愚行を呪いながらも尚止める事が出来ぬ程の妄執を憂いた。




 次の虹の日。


「マリアンヌ、待たせてすまない」


 マリアンヌの両親に挨拶しようと、アドルフはソレール侯爵家へとやって来た。馬車から降りてマリアンヌの手に口付ける。


「アドルフ様……。本当によろしいのですか?」

「問題無い。父には話をつけてある」


 決意をしたとはいえ、マリアンヌの不安は拭えない。ちらりと彼の後ろに立つオールディス公爵を見たが、その表情からは何の情報も得られなかった。


 俯いた彼女の手をアドルフはそっと握る。


「子ができずとも、君と一緒にいたいんだ。

 後継に関しては親戚筋から養子を取ることで納得している」

「それではアドルフ様の御子が……」

「マリアンヌ」


 静かに放つ怒気に、マリアンヌはたじろいだ。真剣な表情なのに、瞳に悲しみが浮かぶ。


「私はまだ見ぬ子よりも、君と生きていきたい。例え他人より短い時間でも、君がいれば良いんだ」


 マリアンヌはそれでもと望んでしまう。

 それはアドルフとの未来を考えた時、自身の中に自然と芽生えた願いでもあった。


「分かりました。すみません、私もいずれは覚悟をせねばなりませんね」


 そう言ったマリアンヌは、淑女の顔をしていた。



「私はお嬢様を愛しています。どうか、婚約を結ばせて下さい」


 ソレール侯爵夫妻は戸惑っていた。

 格上の公爵家嫡男が、当主を伴いやって来たのだ。先触れはあったとはいえまさか病弱の娘との結婚を乞われるとは思いもしなかった。

 有無を言わさぬ政略結婚でもないような態度が余計に怖かった。

 目の前で頭を下げられては何かあるのでは、と疑いたくもなるものだ。


「オールディス公爵子息殿。……その、大変有り難い話なのですが娘は病を得ておりまして……」


 それでも何とかソレール侯爵テオバルトは妻の刺した刺繍入りのハンカチで汗を拭いつつ答える。

 息子の隣で黙して座るオールディス公爵の存在も不気味だった。


「それは承知の上です。後継の件ならば問題ありません。

 マリアンヌ嬢を大切にします。ですから、どうかお願い致します」


 侯爵夫妻は戸惑いの顔を見合わせた。

 格上の、しかもアーレンス王国の中でも歴史ある公爵家から頭を下げられて何度も断る事もできない。

 侯爵夫人イルザは隣に座る娘を見やる。


「マリアンヌは、どうなの?その、貴女の覚悟は決まっていて?」


 母に問われ、ピクリと身体が反応する。

 ドレスをぎゅっと握り締めたマリアンヌは、俯けていた顔を上げると母に向き合った。


「わた、私……、アドルフ様と、生きたい、です。私にあとどれくらい時間があるかはわかりません。短いかもしれないし、もしかしたらおばあさんになるまで生きれるかも。

 だから……悔い無く、生きたい……です」


 緊張からか声は震えたが、マリアンヌはしっかりと自分の気持ちを伝えた。


 やがてイルザはアドルフに向き直り、まず頭を上げるよう言葉を発する。

 その言葉に促されアドルフが顔を上げると、まず目線はマリアンヌを捉えた。


 そのまま見つめ合う二人を見た親たちは、何とも言えなくなった。


「オールディス公爵子息様」


 少し遠慮しがちなイルザの声に、ハッと我に返る二人。双方パッと顔を赤らめ、視線を外した。アドルフは表情にこそ出ていないものの、その瞳は想いを雄弁に語っている。

 何とも初々しい反応にイルザは「この方なら大事にしてくれるだろう」と娘を託す事にしたのだ。


「ご存知の通り、マリアンヌは身体が弱く、長を生きる保証もありません。ですが、娘が貴方と生きたいと願うなら、私共は反対する事はありません。この話、お受けします。

 ただ、娘を大切にしてあげて下さい。

 私達の願いは、この子の幸せです」


 母として娘を一心に思う様は例え格上にも屈しない強さを物語っていた。


 アドルフはその思いを受け止める。


「お嬢様を愛し、大切に致します」



 こうしてアドルフとマリアンヌの婚約は整えられ、学園を卒業後に結婚する事が決まったのだった。


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