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追憶と未来の恋模様〜記憶が戻ったら番外編〜  作者: 凛蓮月
公爵家へ行ったのは

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再会【辺境編/了】

 

 激戦の砦シュラフトと、辺境伯邸のある中心街ハウシュタットの中継地点であるレリーズで、アーベルと落ち合う事になっている。

 子どもが二人いるという事で警備は強化され、行程は余裕を持って組まれた。


 レリーズの大衆食堂で食事を取り、レリーズ領主の館へ行く。そこにアーベルも来る予定らしい。


「ここの唐揚げは塩味か」


 リーデルシュタイン名物唐揚げは、ランドルフのお気に入りである。

 塩や調味料で味付けされ、小麦粉を付けて揚げただけのシンプルさは平民たちの間で重宝され出店は勿論定食屋などでは定番メニューの一つだ。

 最近では亜種の衣揚げなども出てきて進化は留まるところを知らない。

 ただ、ある程度年を重ねた大人たちは数を食べれないのが難点か。


 レリーズで一泊した後、伝令に伝えられて領主邸へ向かう。

 緊張した面持ちのランドルフとリーゼロッテは、どちらからともなく手を繋いだ。



 領主邸に到着した一行は、先にオスヴァルトが馬車から降りた。次いでランドルフ。

 どちらがリーゼロッテに手を差し伸べるか一瞬牽制し合い、この度の勝者は義父だった。

 まだ婚約者にもなっていない為一歩引かざるをえなかった。


 領主邸の応接間に通されると、目的の人物は既に待っていたようで。


「よお拗ね男、いきなり呼び出して悪かったな」

「辺境伯婿殿におかれましては……」

「やめろお前らしくない。砦の状況はどうだ」

「充分に支援して頂いておりますので今の所は問題ありません」

「なら良い。では本題に入るか」


 オスヴァルトの合図でそれぞれソファに座った。


 ちらりと、アーベルを見やる。

 ゆっくりと紅茶を飲む姿はいつかの彼よりは落ち着いて見えた。


「ア……アーベル…トラウト…」


 彼の名を呼びごくりと喉を鳴らしたのはリーゼロッテ。

 名を呼ばれ、カップから目線を上向けると、静かにソーサーに戻した。


「リーゼロッテお嬢様……」


 落ち着いてはいるが、どこかぼんやりとした視線。虚ろな目にリーゼロッテの手は思わず拳を作った。

 名前を呼んだはいいが何を言えばいいか分からない。

 アーベルの傷をイタズラに抉るかもしれない。でも、父の誤解は解きたい。


 気付けばアーベルから恨まれているような目線を向けられた。

 幼心に怖かった。でも、目が合うと悲しそうに顔を歪ませるのだ。リーゼロッテはそれが気になった。

 慰めたかった。頭を撫でてあげたかった。

 小さな手はアーベルを癒やしてあげたかったのだ。


 アーベルが事件を起こしたと聞いたとき、ショックだった。

 自分の父母が関わっていると知って、悲しかった。

 でもそれ以上に、死にそうな顔をしたアーベルが悲しかった。


「あ、アーベル。私の両親がごめんなさい」


 その言葉に三者はぎょっとリーゼロッテを見た。


「わ、私の両親が、それぞれ勝手にして、あなたを、多分傷付けた……のよね。だから、あなたは、一人悪者に」

「……いや、二人は関係ない。俺の弱さが招いた結果だ」

「うううん、両親が、ちゃんと、絶対譲らないくらいの強い気持ちなら、あなたは止まれたの。お父様が……お母様が中途半端じゃなければ、あなたは……引いたでしょう……?」


 アーベルは俯き目を伏せた。


「アーベル、お父様は、多分あまり考え無しなの。でも、お母様を想う気持ちは、本当だったの」

「だが……」

「これを見て。これがお父様の本音」


 リーゼロッテは封筒を取り出した。

 そして中から便箋を取り出す。

 少し皺の寄った、先程の。


 訝しみながらアーベルは受け取り、読み出して。



「……ブフッ…」

「アーベル、まだあるの」


 リーゼロッテはまた別の封筒を取り出す。

 再び便箋が出てきて、アーベルがそれを読むと。


「……ふくっ…」

「アーベル、こっちも」

「「リーゼロッテ、もう止めてあげて!」」


 オスヴァルトとランドルフは悲痛な声を上げて懐から封筒を取り出そうとするリーゼロッテの手を止めた。

 これ以上はルトガーの名誉の為に暴露されるのを止めてあげたかったのだ。


 だが、手紙を読んだアーベルは、少しすっきりした顔をしていた。


「ルトガーは……バカヤロウだな……」


 アーベルの瞳から、つぅ、と一筋こぼれた。


「あいつは、ホント……大…馬鹿、野郎だ……」


 両手で顔を覆い、肩を震わせる。

 彼の顎から雫が落ちる。


 ずっと、心に残っていた。

 あの日掴めなかった手の事を。


 辺境騎士最強と言われた彼の剣筋には迷いがあった。

 ルトガーがどんな想いで剣を交えていたか。

 どんな気持ちで自分を見ていたか。

 冷静になれば妻に子ができたと周りに喜びを撒き散らしていた彼が、裏切るなどするはずが無かったのだ。


「リーゼ…ロッテ……おじょ…さま」


 アーベルは震える声を絞り出す。

 だが己を叱責し、深く息を吸った。

 彼の濃い碧の瞳は澄み渡るかのようだった。


「自分の過ちで、あなたから両親を奪ってしまいました。この場を借りて、謝罪致します。

 申し訳ございません」


 アーベルは深く頭を下げた。


「……アーベルは、お母様を好きだった?」


 リーゼロッテの言葉に、アーベルは目を細めた。


「……最初から、叶わぬと分かっていても、想いを止められなかった。 

 私は彼女の幸せを願えませんでした……」

「そっか。……いいよ、私はあなたを許します。それだけお母様を愛していたんだよね。苦しんだのよね。でも、もう、亡くなった二人に囚われず生きてください。

 もう、自分を、解放してあげて」


 アーベルは目を見開き、そして、再び涙を流す。

 その時にはもう、濁りきった眼差しではなく、光宿る生きる者の瞳だった。





「私は不義の子では無かったのだわ」


 帰りの馬車の中で、リーゼロッテは呟いた。


「最初からそう言ってるだろう」


 義父となったオスヴァルトは半ば呆れた声を出した。


「もしそうなら、ちょっと影がある魅力的なオンナになるかなって」

「ならない」


 真剣な目をしたリーゼロッテに、オスヴァルトは被せるように言った。


「でも。庶子だと、公爵家へは、行けなかったわよね…」


 その言葉はリーゼロッテの隣に座っていたランドルフに届く。


「どっちでもいいよ。リーゼロッテ・リーデルシュタインが婚約してくれるなら」


 ランドルフは言ったあとで、ぷい、とそっぽを向いた。

 リーゼロッテはふふ、と微笑んだ。


「義父さま、帰ったら婚約の書類を書くわ」

「「えっ」」

「また、あなたと手を繋ぎたいもの」


 リーゼロッテはきゅ、と隣に座るランドルフの手を握った。


「手紙、書いてね」

「いっぱい書く」

「目移りしないでね」

「ランゲもオールディスも一途家系だ」

「たまには会いに来て」

「可能な限り来る」


 リーゼロッテは笑みを深めた。


「よろしくね、婚約者くん」

「……ランドルフ・オールディスだ。名前で呼べ」

「ランドルフ。私もリーゼロッテって呼んで」


「……そのうちな」


 再びぷい、とそっぽを向いたランドルフの顔は、馬車の窓から入ってきた夕陽に照らされたせいか耳まで真っ赤になっていた。





(俺もテレーゼに会いたいな……早く着かないかな…)


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