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追憶と未来の恋模様〜記憶が戻ったら番外編〜  作者: 凛蓮月
公爵家へ行ったのは

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【閑話】死にゆく男の懺悔

 

「ルトガー!!」


 掴まれたアンリの手が、雨に濡れていたせいでずるりと滑り、男の身体は宙に舞った。


(ああ、俺は死ぬのかな……)


 スローモーションで落ちて行く感覚に身を委ね、ルトガーは悲痛に顔を歪めたアンリ──アーベルを見た。


(あいつが…アンネが言ってた男……。俺がいなくなれば、アンネは……)



 ルトガーはアンネリーゼを愛していた。

 婚約前に付き合っていた女性の事は愛では無かったと思うくらい、アンネリーゼを愛していた。

 だがアンネリーゼには愛する人がいるという、結婚当初に言われた事がずっと心の底で引っ掛かっていた。

 リーゼロッテというかわいい娘が産まれた。

 ではあと一人子をもうけたら離縁しないといけない。

 その事が常に付き纏っていた。



 彼女とは婚約のときの顔合わせで出会った。

 一目惚れだった。

 現辺境伯が王族の従兄弟にも関わらず嫁の来てが無い辺境伯領に二つ返事で了承されたのは、アンネリーゼに醜聞があったから。


 アンネリーゼの想い人は駆け落ちの際に亡くなっている。だが彼女だけは彼の死を信じていなかった。


『本当は彼を探しに行きたいのです』


 結婚初夜に彼女はそう言った。

 だから、契約した。


『二人、子をもうけたら離縁しよう。君の想い人を探す手伝いもしよう。

 大丈夫だ、俺も……愛する人がいるから』


 それは君の事だというのは必死に飲み込んだ。



 しばらくして、ようやく彼の死を受け入れたのか、アンネリーゼは愛を返してくれた。


 泣きながら「ごめんなさい……」とルトガーを受け入れた。

 それは愛する人への懺悔か、ルトガーへの謝罪か。


 それから義務のように閨を共にした。

「愛している」を言わないように唇を塞いだ。


 愛を返されたのに、ルトガーの胸は痛いままだった。




 そんなルトガーの元へアンリという男の話が持ち上がる。

 最初は剣の腕が良いと聞いていた為興味を持っただけだった。


「君がアンリか。私は辺境伯子息のルトガーだ。剣の腕が素晴らしいそうだな」

「初めまして、ルトガー様。お褒め頂きありがとうございます」

「どうだ、辺境騎士団に入らないか?」


 渋るアンリを無理矢理引き入れたのはルトガーだ。アンリも熱心な説得に絆され、辺境騎士団に入団した。

 背を預け合う関係になるのに時間はかからなかった。

 真面目で熱心な人柄の良い男はルトガーから見て好ましかったのだ。


 だから妻を紹介した。

 だが紹介した瞬間、アンネリーゼの表情が強張った。

 アンリも一瞬目を見開いた。

 その時、二人の間に誰も入り込めない壁を作られた気がした。


 それからルトガーはアンリの経歴を調べた。

 影を使い、周辺を探らせた結果見えてきたのは、べレント伯爵家の護衛が行方不明というもの。

 べレント伯爵家はアンネリーゼの生家。


 すとん、とルトガーの中で腑に落ちた。


(ああ、記憶が無くても、アンリ──アーベルはアンネリーゼを……)


 アンネリーゼに会わせてからずっと、アンリは彼女を見ていた。

 覚えていなくても、何かを感じ取っているのだろう。

 そもそも、『アンリ』という名も()()()ーゼが由来だろう。

 繰り返し、うなされる中で呟いた言葉。


『アン……リ……』



 全てを知ったルトガーは、悩み、苦しみ。



 当初の予定通り、子が二人産まれたら手放そうと決めたのだった。


 そして無事産まれたのは、愛しい妻に似たかわいい女の子。

 リーゼロッテと名付け目に入れても痛くないほどの溺愛ぶりと親ばかを発揮した。


 そろそろ閨を再開しても良いと言われ、再びアンネリーゼを手中にした時は決意が揺らいだ。


 子ができなければ、と一瞬でも願ってしまった自分を呪った。




 そんな折、昔の恋人が訪ねてきた。

 今は遠征にやった騎士と付き合っているのは知っていた。


「ルトガー様……あとどれくらい待てばよろしいの?」


 平民である彼女は人との距離が近い。


「それは……」


 普通に答えようとした所、アンリの姿が見えた。

 まずいとは思ったがふと、彼の心に『このまま勘違いさせておけばアンネリーゼと離縁した時に彼が心置きなく奪えるのでは』と悪魔が囁いた。


 その後アンリが立ち去り正気に返って押し寄せたのは後悔だった。


 すぐさまアンネリーゼに頭を下げた。

 他から噂などで耳に入る前に誤解されたくなかった。


「話して下さりありがとうございます」


 微笑んだ妻に、ルトガーは堪らず


「愛している、君を、アンネリーゼ、君だけを、愛している……」


 想いは(あふ)れ、こぼれ、言葉になった。


「ルトガー様……私、私、も、あなたを、愛しています……」


 二人して涙し、きつく抱き締めあった。



 一番、幸せな時だったのだ。




 だが、アンリは徐々に記憶を取り戻していった。


 迷い無く愛を返されたと思っていたルトガーは再び揺れた。



 そして。



 ルトガーは知ってしまった。

 記憶を取り戻したアンリ──アーベルは、未だアンネリーゼを愛していると言う事を。


『喉から手が出る程欲しい女性』


 その深い想いを。



 だからあの時の事を詰め寄られ




 嘘を付いた。


 愛するアンネリーゼを傷付ける……

 いや、侮辱するような、嘘を。



 これはきっと天罰だ。



 契約を破った


 恋人を引き裂いた


 愛してしまった


 愛する人を傷付けた




「アーベル……すまない……」




 ルトガーの身体は崖下に叩き付けられ、意識を手放した。







「リーゼ……幸せ、に──」






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