お父様の本音は
「お父様は…浮気者では、無かった……?」
「リーゼ、親にその言葉は…」
「でもこれがアーベルが道を外すきっかけになったのだわ」
苦い顔をした義父に、リーゼロッテはきっと睨んだ。
「やけにトラウト卿の肩を持つね?」
「ええ、だって」
少し照れたような、もじもじとしたリーゼロッテ。その姿をかわいいと思いながら、ランドルフは嫌な予感にぞくりとした。
「私の初恋だもの」
ポッ、と顔を赤らめたリーゼロッテは恋する乙女のように愛らしく。
「「んなっ!?」」
驚愕の表情になったのは、オスヴァルトとランドルフ。
オスヴァルトはアーベルの人物像を知っているだけに複雑になった。
一方のランドルフは魂が抜けた。
それはあの時の約束は己の一方通行だったのだと思い知らされたから。
それでも彼は諦めない。
元々そんな軽い気持ちでは無い。
あの時の短い時間の会話が例え下らなくても、彼の中で色付き世界に色を添えた。
きっかけなんて覚えてない。
けれど自分が結婚するならと考えたら、リーゼロッテしかいないと思った。
「初恋は実らないからな!な、叔父さん」
「え、あ、そうだな、うん」
複雑な顔をした男二人は、気を取り直して他にも無いかを調べる事にした。
「叔父さん、ここ鍵がかかってる」
「ああ、それはえっと」
きょろきょろと見回し、目的の物を見付けると中から鍵を取り出した。
テレーゼから兄の考えはすぐ分かるから、と聞かされていた場所はルトガーだけの秘密の隠し場所だった。妹に筒抜けである。
引き出しに一礼し、鍵を開ける。
やはり中から手紙が出てきた。
中には書き損じた為かクシャクシャになったものまである。
それは封筒などで包まれていない為見ようとせずとも目に入った。
そして肝心の内容は、文字がぐるぐるとなぞったように消されていたが読もうと思えば読めた。読めてしまった…。
「こ……これは…」
オスヴァルトは思わず赤面した。
以下内容はこの様なものである。
『私のかわいい婚約者のアンネリーゼ
元気にしているだろうか。こちらは遠征に出向き恙無く過ごしている。君と初めて会ったあの日を思い出すと、俺は今にも天に昇る気持ちだ。あ、天に昇るとは言え召されるわけではないので安心して嫁いで来てほしい。いや、嫁いで来てください。とにかく君は俺にとって天使で女神で一輪の可憐な白い花で白い花といっても沢山あるが、その中でも野に咲く小さな花を見ると君を思い出して俺の顔は知らずにやけてしまって、でもそれを見る度俺は君を思い出すんだ。俺は君の事を初め』
それは、便箋全体がぐるぐると書き殴った線で消されていた。おそらく羞恥からぐしゃぐしゃと丸められたがなぜかそのまま保管されてしまったのだろう。
亡くなったルトガーからすれば『見るな』と叫びたくなるような手紙である。
しかも一通だけではなく、羞恥で顔を覆いたくなるような手紙が何通も出てきたのだ。
「これがもし、お母様に届いていたら……」
リーゼロッテの呟きに、オスヴァルトは俯いた。
テレーゼから聞いた話でしか推測できないが、成婚当初の二人はぎくしゃくしていたそうだ。とても彼の本心が伝わっていたとは思えない。実際義姉から見せてもらったという手紙は『元気だ』の一言くらいだと言っていた。
だがルトガーは妻を大事にしていた。
詳細は聞けなかったが、子が二人できたら離縁するつもりだと言われた時には兄を募った事もあるらしい。
だがルトガーは「アンネリーゼの望みだから」と寂しげに微笑むだけで。
もしかしたら、ルトガーは、アンネリーゼの本心はアーベルと結ばれたがっていると思い込んでいたのかもしれない。
──そして、アンネリーゼは、離縁の約束を気にして夫に心の底からの気持ちを言えなかったのかもしれない。
成婚当初のアンネリーゼの気持ちが後に変化した。それ故にすれ違ってしまったのだろう。オスヴァルトはそう結論付けた。
あの時ああしていれば。もしもを考えるとキリがない。
そう思うと、やるせなさが残る。人生とはままならぬものだと思った。
「義父様」
「なんだい?」
「私、アーベルに会いたいわ」
「……理由を聞いても?」
「お父様の誤解を解きたい」
その言葉にオスヴァルトは溜息を吐いた。
「ちょっと難しいかなぁ。アーベルは激戦の地にいる」
「でも!お父様は、本当はお母様を愛していた……恥ずかしい手紙を書くくらいには。…それだけは、言いたい」
ぐすっ、とリーゼロッテは涙を拭った。
「言うだけにする。文句は言わないようにするから、お願い」
オスヴァルトは唸った。
うーん、と何度も頭を捻らせ。
やがて「分かった」と小さく答えた。
ぐずるリーゼロッテに、ランドルフはそっとハンカチを取り出し涙を拭った。
(お前も立派なランゲの息子だよ)
心の内で突っ込むオスヴァルトだった。
アーベルのいる激戦地までは馬車で2日程かかる為、オールディス公爵の許可を得る為応接間に戻った。
「おや、目的の物は見付かったかい?」
「はい、それで、調査にあと数日欲しいのです。できれば5日間くらいは」
「お、いいぞ。私の休みは気にするな。婿殿、王都に手紙を書くから届けてくれるな?」
「承知しました。公爵様はどうされますか?」
「ちょうどいい機会だからこの辺りを観光するよ。ああ、案内は暇そうな奴にアテがあるが、護衛は何人か借りれるかい?」
オスヴァルトはアドルフの言う『暇そうな奴』に察しがついていた。テレーゼの父だ。
最近は孫の可愛さについて延々と喋る義父をそういう風に言える公爵に内心驚いた。
「承知しました。信頼できる者を付けるように言っておきます。
では、ご子息様はお預かりします」
「頼んだよ。婚約の話は帰ってきてからまたしよう」
そうしてオスヴァルトたちは準備をした後、アーベルのいる激戦の砦に向かった。
「本当は子どもを連れて行きたく無いんだ。だから砦の手前で合流するよう先触れを出した。
アーベルと話したらすぐに帰る。いいな」
ランドルフとリーゼロッテは頷いた。
ランドルフはリーゼロッテの初恋の人に会うという事で気が気では無かったが、繋いだ手は絶対に離さないぞと心に誓ったのだった。




