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決死の変化


「よしっ」


 茶色い髪はいつもなら邪魔にならないようにきっちり纏めているが、今日はおろしてみる。

 同僚のソニアに手伝って貰い、エリンは髪型を整えた。


「ありがとう、ソニア」

「いいのよ、これくらい。……頑張ってね~」

「べ、別にそんなんじゃ……」


 意味有りげな笑みを返され、エリンは戸惑う。そんな彼女をソニアはにまにまと送り出した。



 街の広場に建つ市へは伯爵邸から馬車で行く。

 使用人の寮に住む二人が出ようとした所へ御者が「乗りな」と誘ったのだ。


 これは二人が出掛ける事を知ったカトリーナの気配りだった。


「ね、ね、ソニア、今日は暇よね?暇でしょ?エリンたちのあとを」

「奥様、今日は領民から意見書が届いております。家令と相談して急を要するものから順に対処なさいませ」

「ソニアのおにー!!」

「奥様。エリンたちのあとをつけてどうするんですか?二人のことは二人にお任せ下さい」

「むぅ……。分かりました。……帰って来たら話くらい聞けるかしら」


 昔から淑女として慎ましい態度でいたカトリーナは、初々しい恋の話にきらきらと瞳を輝かせる。

 誰かが幸せになるのが嬉しくてたまらないらしい。

 その為身近に恋の話が咲くと、つい出歯亀してしまいたくなるのだ。

 だが「人の恋路を邪魔する者はなんとやら」と言われるように、二人の事は二人に任せたほうが良い。

 周りがお節介やくと、纏まる話も拗れる場合があるのだ。だからしばらくは様子見に限る。


 特に親しくなって数年経過しても、ベルトルトはエリンに何も言えてない。エリン以外の誰もが彼の気持ちに気付きながらも、何もできないのだ。

 伯爵邸に仕える二人、環境が良すぎるのも要因だ。

 気持ちを伝え、振られでもしたら気まずい思いをする事になるだろう。

 居心地の良い職場を手放せない。だから職場恋愛は慎重になるのだ。


 それゆえソニアはカトリーナをたしなめる。

 二人に良い変化が訪れるように、二人のペースで進めて欲しいから。

 おそらくエリンも憎からず想っているはず。

 二人の春もそう遠くない。


 ソニアは浮き立って出掛けていった同僚を思うのだった。





 御者から「帰りは遅くなってもいいからな」と伝言され、ベルトルトとエリンは馬車から降りた。

 ベルトルトがひょいっと降りると、「ん」とぶっきらぼうに手を差し出した。

 奥様がされているのを何度も見た事があるエリンは、少しばかり不満に思いながらも手を重ねた。


「あなたにそうされると貴族夫人になったみたいだわ」


 照れから出た言葉はベルトルトを刺激した。

 そのせいか彼の耳は赤い。


「お、俺だってエスコートくらいできる」


 伯爵家の三男であるベルトルトは、跡継ぎの長男、補佐の次男に比べて存在価値は低く、幼い頃から将来は自活するようにと教育されてきた。

 勉学はあまり得意では無い為、身体を動かす職に就きたいと思った時、必然と騎士になる道を選んだ。

 彼の努力は実を結び、王国騎士団に20歳で入団してからは順調だった。


 だが、隣国との最初の戦争で重傷を負い、リハビリしても騎士としてやって行くには辛いだろうと宣告された。

 訓練して体力を付けていく仲間たちについていけなくなるだろうと言われたのだ。


 ベルトルトは身を立てる為に騎士になった。その道を絶たれ、絶望しかかっていた時。

 ディートリヒから伯爵家の護衛を打診されたのだ。


「剣だけがお前の武器ではないだろう?身体が治ったらランゲ家の護衛を頼む」


 騎士団の先輩だったディートリヒに一生着いて行くと決めた瞬間だった。


 そんな理由でランゲ伯爵邸の護衛についた彼は、一通りの貴族教育は受けている。

 だから馬車から降りる女性に手を貸すなど、当然の事である。


「ありがとう」


 エリンの言葉に満足そうに頷き、二人は馬車をあとにした。




 その日、王都の広場では様々な市が建っていた。

 目を引くアクセサリ、香ばしい匂い、甘い香り。

 お使いや奥様のお供以外であまり外に出る機会の無いエリンは目新しさに心が踊る。

 必然的に目移りしながら歩く為、フラフラとなっていた。

 とすれば、当然……


「あっ、すみません」


 見知らぬ人にぶつかりよろけてしまうエリンをベルトルトが支えた。


「お前ね……。浮き立つのはいいけど前見て歩け、前見て!」

「ごっ、ごめん、中々出歩いたりしないから何か楽しくて」


 20も過ぎた自分が子どものようにはしゃいでしまった感は否めない。

 エリンは自分の行動を反省した。


 すると、ベルトルトが手を差し出す。


「迷子になるといけねぇからな」


 そっぽ向いて言われ、エリンは苦笑いしながらもその手を取った。


「仕方ありません。今日は一日迷子防止で手を繋いであげましょう」


「お前が迷子にならないようにだろうが」

「はいはい、ではよろしくお願いしますね~」


 そんな軽口を叩きながら、二人の内心はどっきどきだ。

 早まる鼓動、手に滲む汗、赤くなる頬。


 手がじんわりと滲むのは恥ずかしい。


 だけど、どちらとも離せない。



 どちらかが少し手を握る力を緩めると、一方がしっかり握り返す。


『迷子にならないように』なんて、言い訳をしながら、二人は市を見て回るのだった。


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