13.怒らせてはいけない男
「王都騎士のくせにやるねぇ」
辺境騎士とオスヴァルトは鍔迫り合いながら両者一歩も引く事が無い。
「救国の英雄に稽古つけて貰ってるんでね。王都の騎士でもナマクラじゃ、ない!!」
その実力は拮抗し、辺りに剣撃が響く。
互いに隙を伺いながらも剣戟を繰り広げる。
オスヴァルトたちを見つつ、テレーゼは自身の剣を拾い上げた。
「お嬢様も来るなんてね」
気配が無かった。
ザッと飛び退きその正体を確認する。
赤い髪がサラリと滑る。
赤いスリットの入ったドレスを着、妖艶な空気を纏った女性は、手にナイフを持って遊ばせていた。
「あなたは……」
「一応自己紹介した方がいいのかしら?
初めましてお嬢様。
盗賊団の頭をしております、カルラと申します」
胸に手をあて、お辞儀をする。
たゆん、と揺れたものを見て、テレーゼはぐっと女性を睨んだ。
「あちらのボウヤはお嬢様のいい人なの?」
囁くような声に、ばかにしたような言葉。
だが先程から隙が無い。
「あなたには関係ない事です」
「……そ?まあ、私、ボウヤには興味無いの」
「あなたこそ、トラウト卿と……」
「それこそあなたには関係ないわよねっ!!」
腰を落とし、カルラはテレーゼに向かって来る。
ナイフを逆手に持ち、間合いを詰める。
テレーゼも持っていた剣を構え、攻撃に備えた。
カルラがナイフを振りかざす。
それをテレーゼは剣で薙ぎ払った。
カルラのナイフが宙に舞う。スローモーションのようにニヤリと口元を笑ませると、太もも辺りに忍ばせていた小刀を素早く取り、テレーゼに投げ付けた。
だがテレーゼも瞬時に察知し再び剣で小刀を叩き落とした。
「やるじゃない。そうこなくちゃ」
言うなりカルラは腰に差さっていた扇を取ると、持ち手の紐を解いた。
それらは1つ1つが武器になる。
再びテレーゼに向かって投げるが、やはり剣で叩かれた。
「アーベルの言う通り、ただのお嬢様じゃないようね」
「これでも辺境騎士ですので」
「ねえ、あなたは知ってるの?」
カルラは不意に寂しげな顔をした。
「アーベルがあんな風になった理由」
その言葉にテレーゼは目を細めた。
知っている、と言えば知っている。
だが、当人同士では無い為詳細は知らない。
ただ、当事者から聞いただけ。
「……ただの逆恨みでしょう」
「かわいそうじゃない?」
「義務ですから」
「そっ」
言うなりカルラはビュッと何かを投げた。
テレーゼは避けようとしたが、後ろにいる気配に気付き、一瞬遅れた。
だが後ろにいた人物は、投げられた物を掴みそのまま投げ返す。
まさかカルラは自分の武器が戻って来るとは思いもせずに、ただ目を見開いた。
それはカルラの肩を掠める。
「……ッ…やだ、迂闊……」
カルラはその場にしゃがみ込み、肩を押さえた。
テレーゼが後ろを振り返ると、そこにいたのは。
辺境騎士と対峙していたオスヴァルトと、一階を殲滅し終えたディートリヒだった。
先程までオスヴァルトと戦っていた騎士は別の騎士が捕縛する。
「盗賊団首領カルラ、あなたを捕縛します」
顔を歪めたカルラは、さほど抵抗する事無くテレーゼに捕縛された。
ずっと顔を俯けていたが、ある人物に気付き驚きで目を見開いた。
「救国の英雄……?『天上の楽園』を盛らせたのになぜ?」
その言葉にディートリヒはぴくりと反応した。
ゆっくりと、声のした方へ顔を向ける。
「ああ、女を抱いたのね。私がお相手したかったわ」
何がおかしいのか、カルラはくすくすと笑う。
「素敵な薬でしたでしょう?
ふふふ、妻一筋の英雄が妻以外を抱き潰したってあなたの奥さんにお知らせしたら……」
「何を勘違いしているのか知らんが、俺は妻以外を抱いてないぞ」
「え……」
カルラは訝しみながらディートリヒを見る。
その顔は無表情で、辺りは威圧感に包まれた。
「何の奇跡か、妻が辺境伯邸に来てくれた。
だから裏切らずに済んだ。…そうか、お前の指示か」
言うなりディートリヒはカルラの首筋に剣を当てた。あまりの速さにその場にいたみな凍り付いたように動けなかったが、いち早く気付いたテレーゼがディートリヒを止める。
「ラ、……ランゲ卿、お待ちください!その者は今回の件の重要参考人です!」
「辺境伯令嬢殿、俺は妻を悲しませるような真似をさせる奴を許さん。例え女性であろうと」
無表情に、己の敵と見定めた者をディートリヒは容赦しない。
カルラの首筋に当てられた剣は首筋の薄皮を切り、そこからつぅ、と赤い雫が溢れる。
恐怖に慄いたカルラは顔色を悪くしくちびるを震わせた。
「ごめ……ごめ、なさ……」
「ランゲ卿!」
「兄上!」
「げ、解毒薬作るからぁ!!」
カルラの発した言葉に、その場にいた全員が目を見開く。
「作れるの?……あるの?」
カルラは言葉にコクコクと頷く。
「開発者は、私だから……」
その言葉にテレーゼとオスヴァルトは目を合わせ頷いた。
「全てが終わったら、父に進言します。
ランゲ卿、彼女は生きて返さねばなりません。どうか剣を納めてください」
がたがたと震えるカルラを睨みつけていたディートリヒは、やがてするりと剣を降ろした。
「すまん。妻の事になると理性が保たん」
カチャリと剣を鞘に収めると、ディートリヒはカルラを一瞥し壁をガン!と殴り付けた。
「二度目は無い」
壁にめり込んだ拳に、周りの騎士たちも、戦意喪失してしまった。
この時、この場にいた全員、彼の弱点を責めると報復が何倍にもなって返ってくると悟ったのだった。




