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追憶と未来の恋模様〜記憶が戻ったら番外編〜  作者: 凛蓮月
オスヴァルト

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3.辺境に来た理由


 辺境に来て一ヶ月が経過した。


 あれから盗賊団は行方をくらまし、捜査は難航していた。


「英雄が来たから怖じ気づいたんでしょう」

「面目ない。肩書が仇になるとは……」

「なに、気になさらず。こちらこそ奥方の元へすぐに帰せずすまない」

「いや……すまない。気になさらずに……」


 頬を染めて戸惑うディートリヒを、辺境伯は豪快に笑う。


 ソファに腰掛ける二人の後ろに立つオスヴァルトら平隊員は、表情を崩さないように引き締めていた。


(こんな辺境にまで兄上夫婦の仲は知れ渡っている)


 二人の仲の良さは伯爵邸はおろか、王都にまで知られている。

 英雄と美女の組み合わせは民衆にとってロマンチックな恋物語の主役としてうってつけなのだ。


 最近では美容商品を売る『マダムリグレット』のハンドクリームの宣伝にも起用された。

 謳い文句は『ハンドクリームを使うと手を繋ぎたくなる』だ。

 ランゲ伯爵邸で定期購入している縁での起用らしい。


 そんな二人の噂は、辺境伯領にまで及んでいる。


 二人の間に入るなどと……、とオスヴァルトは小さく溜息を吐いた。



「しかし奴らはどこに潜んだか

「ある程度目安はあるのですが、中々擬態が上手いようで引っ張り出せないのが難点ですな」


 地図を拡げながらアジトの目星をつけている箇所を見ながら考える。


 毎日丸を付けた場所に✗が付いていく。

 古砦、酒場、洞穴。

 めぼしいところは粗方捜査済だ。

 それでもアジトは見つかっていない。


「早く見つけて処罰せねば、領民に被害がいく。それだけは食い止めねば」


 顎に手をやり思案顔の辺境伯に、ディートリヒも頷いた。




 騎士副団長と辺境伯の会議が終わる頃には太陽は高く昇っていた。

 昼休憩を、と辺境伯に促され、会議に出ていた 騎士たちは食堂へと急ぐ。


「ほら唐揚げ揚がったよ!」

「水は自分で持って行け!」


 そこはまるで戦場のように怒号が行き交う。


 辺境伯別邸の食堂は、騎士たちの住まいでもある為訓練を終えた彼らのむせ返るような空気でごった返していた。


 オスヴァルトたち団員も席を確保し、バイキング形式の食事を選んで行く。

 今日のおすすめは唐揚げらしい。


「はー、今日も威勢がいいねぇ。早く終わらせて妻に会いたいよ」

「フランツさんも愛妻家なんですね」

「おう!騎士団は副団長の影響か愛妻家が多いな」


 皿に山盛りの唐揚げをよそいながら、フランツはニカッと笑った。


「上が緩むと下にも影響するからな。副団長が真面目だから妻帯者で遊ぶ奴はいねぇな」


 騎士団長と副団長は共に愛妻家だ。

 浮気するより妻との時間を大事にする二人。

 その影響か、団員たちも羽目を外すような真似をする者は少ない。

 独身者はある程度自由だが、規律を乱す真似をする者はいない。


「浮気だの不倫だの、騎士として恥ずべき事だしなぁ。まぁ遠征中の娼館は大目に見てほしい気持ちはあるがな」


 次々と無くなるフランツの唐揚げに呆れながら、オスヴァルトも口にする。


 そこへ先日から耳に入る声が聞こえ、オスヴァルトの注意はそちらに向いた。


「おっ、テレーゼ様も昼食ですか?」

「ええ、ジルヴィアの唐揚げが食べれるって聞いたから」

「テレーゼ様はアタシの唐揚げ好きだからねぇ!光栄なことだよ」


 気安い辺境伯領の者達の会話。

 だがオスヴァルトの耳には、テレーゼの声だけ鮮明に聞こえる。


「……おめぇ、そんな、顔できんだなぁ」

「えっ?」


 呆気にとられたフランツの言葉に、オスヴァルトは目を見開いた。


 自分がどんな顔をしていたのかなんて全く自覚が無い。


「何か、柔らか~い表情だったぞ。副団長が嫁さん見るときみたいな」


 ニシッと笑うフランツに、目を瞬かせる。

 兄上が義姉上を見るときの顔なんて見慣れすぎている。

 愛しくて仕方ないという顔だ。

 自分がそんな顔をしていた……?

 なぜ、誰に対して。



 一つ、思い当たり、オスヴァルトは頭を振った。



 そんなはずはない。


 自分がここに来たのは。



 どこにも向けられない想いを消化する為だ。



 がむしゃらになって敵と対峙すれば、想いと共に葬れるんじゃないかと。


 振り切る為に。


 断ち切る為に。





 その為





 自分を





 無に返す事になるとしても。


 だから





 誰かに惹かれるなんて、ありえないと。


 この時のオスヴァルトは真っ暗な闇の中にいたのだった。


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