#08 激動の中の恋心
病院の向かいにある、ゲームセンター。そこの前まで来た。外の空気に、初めて触れた。そんな感覚があった。台風は、まだ大丈夫そうだ。意外に、眩しさがある。病院内は白くて、光が多く思えた。でも、それほどでもなかったらしい。自動に開閉するドア。その前に立つと、勢いよく開いた。目がチカチカする。こんなにゴチャゴチャしている場所は、初めてだ。
彼が、隣にいる。言葉数は少なく。私は、人生も早ければ、好きになるスピードも早い。もう、べったりだ。私は、彼にくっつくのが好き。彼は、やさしい香りがするから。もう、この雨のような香りなしでは、歩けない。ずっとずっと、鼻で息をすることに、重きを置いていた。
苦さも酸っぱさもない。ただただ、甘さがある。それが、幸せということだろう。何も口に、入れていない状態の舌が、幸せのバロメーター。そういうことだ。ゲームセンター内は、豪華なUFOキャッチャーばかりだった。口は、常に半開きになっていた。でも、ほとんど乾くことはなかった。
「僕は、ゲームセンター初めてで」
「そうなんですか。私だけかと、思ってました」
「こういうお金は、生きるために使いますから」
「そうでしたか。やりましょうよ。私が出しますんで」
「いいんですか?」
「はい、どうぞ。100円玉たちです」
「ありがとうございます」
「何にしますか?」
「この、駄菓子の詰め合わせにします」
「ぬいぐるみより、お菓子ですか」
「はい。やっぱり食べ物の方が」
彼の瞳は、キラキラしていた。彼の右手は、震えていなかった。ゆっくりと、ボタンを押してゆく。指先に、やさしさが見えた。彼は、狙いを定めた。駄菓子詰め合わせの、袋に付いている輪っかに。輪っかにキレイに、アームを入れた。そして、宙に持ち上げていった。美しく移動し、ドスンと音がした。
取り出し口に、商品が落ちてきた。それを拾うと、パリパリの袋だった。全身の肌が喜んでいた。そこに、彼から抱き締めてきた。抱きついてきた。きっと彼は、自分からは誰にも抱きつけない。そんな運命だっただろう。でも、してくれた。心を許してくれたようで、とても嬉しかった。私の気持ちが、きっと伝わったんだ。
耳は、正常を失っていた。蝉人間は、だいたいインプットされている。世の中のことは、だいたい。自然と、インプットされているみたいだ。でも、このゲームセンターの煩さは知らなかった。耳を爆音が突く。他の音を、ほぼほぼカットするほどの音。私の場合は、10分でも耐えられず、飲み込まれてしまう域だ。でも、あんなに体調が悪かった彼が、雑音世界では違った。幸せな笑みでいる。それはそれで、良かった。