#06 激動に光が射す
入口から外を見た。体調不良みたいな、男性がいた。明らかに、具合が悪そう。それは、確信できた。壁に、もたれ掛かっていたから。総合病院と書かれた壁に、もたれている。ちょうど『病』の辺りだ。蝉人間の本能なのか、全人類の本能なのか分からない。なぜか、カラダが勝手に動いた。男性の元に、歩いていっていた。
男性からは、雨に似たニオイがする。カラッカラに、晴れているのに。アスファルトにも、雨の足跡はなかった。男性から、後退りするようなニオイではない。どちらかというと、好きなニオイかもしれない。
私は、喋れなそうな男性を、とりあえず病院の中に引っ張った。私の力は、それなりにあるらしい。隅まで、引っ張ってきた。うずくまる男性を残して、右往左往した。看護師みたいな人が、男性の近くを通る。しかし、素通りした。話し掛ける、気力も薄れる。まわりにいる誰も、助けようとしなかった。口に苦い味がした。口のカタチは、安定できなかった。
「話せますか? どうされたんですか?」
「はあはあ」
「失礼します。あっ、あっものすごい熱ですよ。受付しましょう」
「でも、お金も保険証もないので。僕は、準人間なんです。あなたは?」
「あっ、私は蝉人間です」
「準人間のこと、知ってますよね?」
「はい」
「他の人より、色んな物が高いんですよ。だから、病院は」
「私は、二週間しか生きられないです。けど、特別待遇があります」
「知ってますよ」
「私がいれば、あなたはタダで診察を受けられるんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。じゃあ、行きましょう」
「本当にいいんですか? ありがとうございます」
男性の会釈は、止まらなかった。笑顔も、やや滲んでいた。フラフラしながら、歩いていた。私の目には男性が、ずっと見守っていかないとイケない人に映った。男性は、いい人に分類されるだろう。白が多めの空間でも、存在感がかなりあった。
男性の手は、つるつるしていた。導くためとはいえ、私は女だ。慎重にはなった。蝉人間と準人間とか、私には関係ない。男性の軽さが、肌から伝わっていた。それ以上に、かなりの冷たさが伝わってきていた。なんだか、生きている実感があった。
受付に着いたとき、ありがとうと言ってくれた。感謝の言葉を、男性はずっと言ってくれた。入口から受付は、長かった。誰も助けてくれないのが現実。私は、嬉しさしかなかった。こんなに、耳に言葉が張り付くくらい感謝されたのが、初めてだったから。気持ちは男性に、かなり引き寄せられていた。