#03 激動の中の幸せ
頼んでいた、オムライスが来た。オレンジに近いたまご。美しい。白いお皿に映えている。私は、生まれたばかり。なのに、知らないはずのものを、美しいと思っている。何回も見てきたかのように。蝉人間本人でも、やや違和感を感じる。そんなときもあった。
ケチャップの香りがいい。たまごの優しい香りもする。鼻も、喜びを発していた。呼吸をする度に、心地のいい空気が入る。焦りという言葉は、無かった。息を吸った時点で、焦りは体内に入ってきていた。でも、吐いたときに、自然と出ていった感じだ。
初めて食べる。オムライスだけでなく、食事を。そっと、口に持ってゆく。スプーンをくわえ、小さなオムライスを口内に残す。それを、上と下の歯で、やさしく潰す。味も食感も、もうインプットされていた。初めて食べる気がしなかった。それは、未来に待ち受ける幸せを、予感させてくれた。
「どうですか?」
「おいしいです」
「よかった」
「運ぶのは、あなたひとりでやっているんですか?」
「はい。シェフと私の二人で、まわしています」
「そうですか」
「お客が多いわけではないので」
「そうですか」
「あの。蝉人間さんですよね?」
「はい」
「蝉人間さんには、以前助けられたので。いいイメージを持っています」
「そうでしたか」
「ありがとうございました」
「私は、何も」
半分ほど食べた。次々に、胃に消えてゆく。手の動きに、規則性が出てきた。オムライスのたまご部分の、オレンジが目に馴染む。一番好きな色になった。そんな気がした。オレンジ色のたまごの上。たまたま、ケチャップがハートの形に残っていた。恋を意識した。恋がしてみたいと感じた。他の人とは、恋の概念が違う。だから、難しい。でも、それが逆に、わくわくを呼んでいた。
肌がそわそわした。一般男性は、普通の時間感覚。でも、蝉人間の男性は、私には向かない。二人とも、二週間しか生きられない。そんな恋愛は、誰がどうしたって無理だ。私を分かってくれること。それはそれは、難しい。すぐに、結婚とはいかなそうだ。強く握りすぎたスプーンが、人差し指にめり込む。やや強い刺激を感じた。
カチャカチャと、皿にスプーンを打つ。体内では、ドクドクと脈打つ。カチャカチャと、ドクドクが重なる。それが、恋へと走り始める足音にも、聞こえてきた。すると突然、聞いたこともないラブソングが、脳内に流れてきた。爽快かつ、しっとりと流れゆく。お皿はキレイになっても、ラブソングは鳴り止まなかった。