#23 激動のその後
私の父らしい。玄関にいたのは、父みたいだ。母が、なかなか戻ってこなかった。それは、父がいたからだった。私に向けての第一声は、すみませんだった。弱々しいが、イケメンだった。顔が整いすぎていて、私の肩は、やや上がっていた。
長く生きさせられてしまう、準人間。そこに属する彼。長く生きられない蝉人間。そこに属する私。その関係性に、怯えているみたいな父がいた。私の鼻息は、荒くなっていた。鼻で空気を吸わず、出す一方。だから、ここにニオイは、ほぼ無かった。
みそちゃんこ鍋を前にしても、よだれはない。今になって、引っ込んでいった。見ると、父の姉が、口を開けて止まっていた。炊飯器の前で、しばらく。どうやら、ご飯を炊き忘れたみたいだ。今は、ここから逃げたかった。ごちゃごちゃとしている空間に、いたくなかった。だから、自然と唇は動き出していた。
「私が買ってきます」
「ありがとう」
「隣がコンビニなんで、すぐですから」
「お願いね」
「僕も行きます」
「ありがとうね。あっ、飲み物とかも買ってきてくれる?」
「はい、では行ってきます」
「いってらっしゃい」
父は無言で、娘を抱いていた。じっと、私の娘と向き合っていた。笑みに近い顔。もう少しで、微笑みに変わる位置。そこには、いる気がした。それを、最後の印象として、家を出た。私の目には、何の違和感もない。薄いカーテンのような、障害はない。未来がすべて見えているような、感じを覚えた。
建物から出たら、肌は縮んだ。やや冷たい風が、パーカーを通る。彼は、外に出ても、顔が生き生きしていた。今まで握った彼の手のなかで、一番張りがあった。彼は、私の父と会えて、嬉しかった。それを、彼の手が証明してくれた。そんな気がした。夜の暗さは、なんだかドキドキする。通行人に、夫婦と認識されたい。そんな気持ちが、溢れていた。
二人きりになった瞬間、愛の言葉を言ってくれた。彼の声は、やや小さかった。それは、蝉の鳴き終わりのごとく。でも、どこか甘い。甘さが、ふわっとやってくる。そんな声だった。愛の言葉は、満遍なく与えてくれていた。余命があまりないから、毎日言ってくれている。そう考えても、考えなくても幸せだった。耳はずっと、優しさで包まれていた。




