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#20 激動はあっという間

 真っ白な紙の箱だ。きっと、誕生時間ケーキだ。自宅の三軒隣に、昔ながらのケーキ屋さんがあった。そこに行ってくれたんだ。突然走り出したのは、それか。みんなに、ぶつぶつ嫌味を言われる。それを覚悟で、ひとりで買ってきてくれたんだ。開けると、三角のショートケーキがひとつあった。赤いいちごが、キラキラしていた。


 いちごの甘い香りがする。優しい香りだ。いちごの香りと、初めて対峙したと思う。それでも、どこか懐かしい感じだった。母が知っていることは、私も知っている。そう思うようにしている。だから、いいと思ったということは、母にいい思い出がある。そういうことだろう。


 テーブルに置かれたケーキを、細いフォークでえぐる。波打った断面が、きれいに残った。口に運ぶと、それはすぐに果てた。細かく切ったいちごの酸味と、クリームの甘味が口全体に広がった。私がお腹にいるとき、何度も口にしたのだろうか。


「おいしいよ。食べる?」

「いいです。甘いものを、受け入れられない身体なんです」

「そうだったね。ごめん」

「はい」

「なんか、もう食べそうじゃない? この子」

「朱音ちゃんが、ケーキをですか?」

「そう」

「うんまあ、確かにそうですね」

「そうでしょ?」

「もう食べそうですし、喋りそうですね」

「普通に成長が、はやいのかもね」


 もう半分になっていた。喋る口も進んでいたが、食べる口も進んでいた。ケーキは、上辺が長い台形になっていた。少しずつ、いちごを後ろに動かしていた。そして、とうとう最後列になった。無意識にしていた行動。これも、母ゆずりなのだろうか。


 肌が、生き生きしてる。たぶんケーキ効果だ。それと、彼の優しさのおかげだ。彼の手を握って、ありがとうと言った。娘に負けないくらいの、柔らかい肌をしていた。彼は、うなずいていた。顔がブレるくらい、縦に振って。そして、強く手を握り返してくれた。


 彼が抱いていた娘が、突然喋った気がした。ママという言葉に聞こえた。だけど、違うかもしれない。空耳というのは、こうやって生まれるのだ。泣き声のギャーと、ママと呼ぶ声の、ハーフみたいな声だった。パパという言葉に、近いものはなかった。でも、娘は彼をまじまじと見つめていた。彼のことを、絶対好きだと感じた。彼は思い出したかのように、ハッピーバースデーの歌を小さく口ずさんだ。

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