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#16 激動と実感とリアル

 彼は、下を向いていた。二人でいる。二人で並んで、歩いている。それでも、人目を気にしているみたいだ。お腹の中にいたときに、蝉人間だともう分かるらしい。だから、こんなにスムーズに、生きられているんだ。私は、彼と違って恵まれている。ただ、すれ違う子供たちだけは、彼に優しい目線をくれた。


 歩を進める度に、空気が薄く感じてきた。彼の笑わない顔を見て、鼻からの息が、少しやりにくくなった。彼も室外だと、ツラそうだ。たぶん、原因は私だ。私が余計に、彼を苦しめている。そう感じた。彼は、私の100倍以上。1000倍以上、長く生きるだろう。だから、ツラさも私の何倍もあるに、違いない。


 親は、事前に準備をすることができた。だから、私は生まれた時から何不自由なく、生きられた。口の中の甘さは、彼の激動すぎる今に、スッと消えてゆく。デートなのに、デートの楽しさはない。デートなのに、目的地も何もない。ただ、散歩をしている。そんな感覚があった。


「もう結婚して、私たちは夫婦になったんだよ」

「そうですよね」

「実感ないよね」

「はい、よく分かりません」

「私でも、普通じゃないなと思うもん」

「ああ」

「楽しくないよね」

「複雑といいますか」

「えっ?」

「二人だけなら楽しいですけど、やはり視線が」

「そうだよね。家に戻ろうか」

「はい」


 灰色のリストバンドを、隠したがる彼。準人間の証は、誰だって隠したくなる。灰色で、目立つような色ではない。手首にあって、それほど目がいくものではない。なのに、みんなはすぐ見つける。見つけて、すぐに見下してくる。私は、ポジティブな方だ。でも、彼の元気ない顔に、ため息が出た。


 二人の住み処に、戻ることにした。裏道を行った。そこには、野良猫しかいない。肌にあった汗は、引いていった。お腹の子が、とても活発だ。私たち以外、誰もいない。それなのに、おどおどしている彼。そんな彼の全ての指の間に、私の指をねじ込んだ。彼にも、汗は感じなかった。ただ、彼の手からは、若干の乾きを感じた。


 ため息が聞こえる。私と過ごしてゆく上で、ため息が増えた気がする。プレッシャーは、私のせいで増えたのかもしれない。歩き疲れたときの、息遣いではない。ストレスを感じたときの、息遣いをしていた。私といる今と、私がいなかった昔。どちらが良かったのか。考えながら、家路に就いた。

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