#14 激動と家の中
部屋は狭い。彼の部屋は窮屈だ。だけど、それでいい。それがいい。彼がいつでも近くなるから。どこにいても、ほぼ隣だ。焦る気持ちはなかった。自然体に、生きていた。そこで、彼にナチュラルに恋した。天に吊るされた照明の輪っかが、チカチカしている。なぜか、うんと落ち着く。
部屋は、彼の香りでいっぱいだった。優しいとしか、表現できない香りだ。ここにだったら、ずっといられそうだ。でも、この香りもあと少し。鼻で息を吸い、そして吐く。その行為を目をつむりながら、繰り返した。流し台の前にいる彼の、丸まった背中が愛おしい。
水を運んできてくれた。彼が忍者のように向かって来た。水道のお水だ。ひったひたに注がれていた。常温の水でも、私にはごちそうだ。刺激が少ない。だからいい。特に、贅沢好きの舌は、持ち合わせていない。だから、これでいい。一気に飲み干した。
「こんな部屋で、一緒に寝られますか?」
「うん。新鮮だし、特に嫌なことはないけど」
「ありがとうございます」
「新居は、私が探しているから。大丈夫だよ」
「助かります。ここは、かなり古くて。今は、虫と共存している感じなので」
「ちなみに、私も蝉人間だから。虫だよ」
「ああ。そうですよね」
見つめ合った。結構な静寂ができた。彼が目を閉じて、まぶたを見せる。たぶん、こんなに誰かの瞼を見つめたのは、初めてだ。まだ私は、一日目の蝉だから。私は、顔を近づけてゆく。どんどん、彼の顔が近づいてゆく。可愛さと、少し大人っぽさが入ってきた。
押し付けた。柔らかかった。少し、あたたかかった。彼の唇が、おどおどと押し返してくる。頬もすべすべだった。口のまわりから、幸せが全身に広がっていく。そんな感じだった。肌からの興奮が、一般の人よりも多く、あるかもしれない。
彼の感謝の言葉が、止まらない。声は、いつもの倍、力強かった。今までに、どれだけ底の生活をしていたか。想像して、苦しくなった。甘さが、耳を通過した。その一方で、彼の溜め息の音も、止まらない。私には、理由が分かる。私に、なんの苦手意識も持っていないだろう。ただ、私がいなくなったあとの不安が、すごいのだと思う。愛しさが止まらず、私は彼にやさしく覆い被さった。




